おやつの時間
あまくておいしい そんな日常
ジェリーロラムが宿舎を訪ねて来たのは昼の鍛錬が終了した頃だった。
事務系の決済が必要な書類を持って来たのだと言う。
「久しいですね、ジェリー。着替えてきますので少し待っていてください」
ひょいと顔をのぞかせたギルバートがにこやかに言う。
汗まみれの上着は全て取り払われて、逞しい胸が晒されている。
「あ・・・はい」
目のやり場に困りながらもジェリーロラムが微笑むと、
ギルバートは鍛錬の疲れなど一切見せず軽い足取りで奥へと消えていった。
直後、洗い場の方からタントミールの声が響いてきた。
「隊長!仮にも総務の方の前で裸になるとはどういうことですか!
ああもう、服は全部洗濯しました!こまめに持ってきてくださいと
あれほど言っているじゃないですか!もう、これでも着ておいてください」
相変わらず女性は強いわねと楽しげに聞いていたジェリーロラムのところに、
着替え終わった隊員たちが集まり始めた。
ギルバートが就任してから半年間だけ乗船していたジェリーロラムとは
ほとんどのメンバーが顔見知りだった。
船を下りても何度か顔をのぞかせているので、後から入った面々も顔は知っている。
「ほらほら、パンケーキを焼いたからみんな座った座った。
ジェミマ、こないだ作ったジャムを持ってきておくれ」
ジェニエニドッツが、白い大きな皿にパンケーキを山と積んで運んでくると
隊員たちは目を輝かせて言われたとおり席に着き始めた。
普段穏やかなギルバートだが、鍛錬の時は容赦なく隊員たちをしごくのだ。
密度の濃い鍛錬をした後、夕飯までは隊員らの腹が持たない。
そこで、ジェニエニドッツはいつもこうしてお菓子を作って振るまうようになった。
「おいしそうね」
「ええ、もちろんよ。手作りのジャムもとてもおいしいのよ」
ジェリーロラムの隣に座ったヴィクトリアが嬉しそうに言った。
「いいわね、ジェニさんのおやつが食べられるなんて」
「特権ですよ」
向かいに座ったカッサンドラに向けたジェリーロラムの言葉は、
思いがけずやってきたギルバートに拾われた。
「先ほどはどうもスミマセン」
「いいえ、最近あんな風に上を脱いでいる方が周りにいないので」
「そうですね。さすがに総務の方はみんなきっちりと服を着ておられますから」
久しぶりに会うジェリーロラムとギルバートが談笑している間に
パンケーキと、白い皿、ジャムの入れ物、温かな紅茶が準備されてゆく。
「あら?マキャは?」
準備を手伝っていたジェミマがふと手を止めて辺りを見回す。
いつものっそりと座っている男の姿が見えない。
「まだ寝てるんじゃないか?今朝がたまで学生の海上訓練に付き合ってたからな」
マキャヴィティと相部屋のタンブルブルータスが眉ひとつ動かさずに言った。
「そろそろ起こしてあげた方がいいわ。夜眠れなくなるもの」
そう言って立ち上がったのはタントミール。
しかし、そこで彼女は固まった。
「やあ、ジェリーじゃないか。久しいな」
うっそりと部屋の入口に立っていた男が、うっそりと口をきいた。
寝起きだからかやや眠そうにしている。
しかし、この男の場合、常に眠たそうでもあるので本当のところはわからない。
「お、お久しぶりね。マキャ」
戸惑うように微笑んだジェリーロラムの目には、
ギルバートよりもなお一層厚くがっしりした立派な胸が映っている。
「マキャ!また裸で寝たの?ちゃんと着なさいって何度も言ったじゃないの!」
隊員たちの体調管理が仕事のタントミールは青筋を立てんばかりだが、
マキャヴィティは小さく首を傾げた。
「下は穿いてる」
「当たり前!とにかく、服を着ないならそっから先は立ち入り禁止だからね」
食堂への立ち入りを拒まれたマキャヴィティは、困ったように眉を寄せた。
「海上実習だったから全部まとめて洗ってしまったんだ。
ランパス、貸してくれないか?」
「生憎だな、俺もこれ以外は全部洗っている。コリコはあるだろう?」
「やだ。マキャが着たら破れるじゃん」
ランパスキャットとコリコパットがダメとなれば、
今度はマキャヴィティの目が入り口近くに居たカーバケッティに向いた。
「カーバ、余ってないか?」
「俺のは隊長が着てる」
本を読んでいるカーバケッティが目も上げずに言う。
それを聞いたジェリーロラムは思わずギルバートの方を見た。
「あ、カーバケッティになってる」
隊員たちのシャツは胸元に海軍のマークと名前が刺繍されているのだ。
海軍の司令部に併設される形でそれなりに広い刺繍工場があって、
そこで一枚一枚手縫いされるのだ。
そこで働くのは怪我で戦線に復帰できなくなった元海軍隊員や
近くに住んでいる一般の国民たちだ。
一つの雇用創出らしい。
「ちょっと大きいんですよね」
タントミールが渡したようだが、シャツに着られている感は否めない。
「マキャ、俺のがある。部屋にあるから着てこい」
やはり表情一つ変えず、タンブルブルータスが言う。
「そうか、すまんな。借りるぞ」
無事に服が見つかったマキャヴィティの足音が遠ざかってゆく。
すぐに服が足りなくなるのは男性隊員の常のようだ。
ジェリーロラムはギルバートに向き直った。
「シャツの支給を増やすように申請しておきますね」
「それは助かります!」
皆が揃った食堂でパンケーキを齧りながら、ジェリーロラムは
カッサンドラやヴィクトリアと近況を報告し合っていた。
通路を挟んだ隣のテーブルでパンケーキにジャムを塗りながら、
ボンバルリーナはその様子を見るともなしに見ていた。
「ジェリーって可愛いわよね。お菓子みたいじゃない?」
「そうね、あの笑顔だと男はたまんないでしょうね。
このジャムみたいに甘くって綺麗なお菓子ね」
相槌を打ったのはボンバルリーナの隣にいるディミータ。
カジイチゴのジャムが気に入ったらしく、その入れ物によく手が伸びている。
「ああいう可愛さって身につけようと思って身に付くものじゃないわ。
天性のものね。隊長だって結構ジェリーの方ちらちら見てるし。
ねえ、貴方たちもそう思うでしょう?」
ボンバルリーナは、目の前で黙々とパンケーキを口に運んでいるランパスキャットと、
次はどの味にしようか吟味するのに忙しそうなコリコパットに声を掛けた。
すると、ランパスキャットは口の中に残っていたものをごくりと飲み込んで
しげしげとジェリーロラムの横顔を見つめた。
そして、正面に座っているディミータの方を見た。
「俺はディミータの方が可愛いと思うが」
おもむろに口を開いてそんなことを言った。
隣のコリコパットが盛大に噎せている。
「そ、そんな、そんなこと言ったって、わた、私はちっとも嬉しくないんだから!」
真っ赤になったディミータが声を上げる。
ものすごく嬉しいんじゃないかとボンバルリーナは思っているのだが、
それを指摘すると色々ややこしくなりそうなので口を噤むことにした。
「どうしたのかしら」
突然のディミータの大きな声に驚いたジェリーロラムに、
いつものことよとカッサンドラが微笑みながら言った。
「仲がいいのね。彼らだけじゃなくて、この船はみんな仲が良くていいわ」
「そうですか。あれだけしごいていたらいつか嫌われるかもしれませんが」
厳しい鍛錬を課しているというのはギルバートにも自覚があったらしい。
ジェリーロラムはくすくすと笑った。
「隊長は優しい顔してものすごくシビアな要求をしてくるって噂があるんです。
どうやら本当のようですね」
「でも、戦って手柄を立ててほしいとかそういうのじゃないんですよ。
最悪の場合、自分で自分を守れる程度にはなってほしいだけですから。
この部隊には相変わらず戦闘専門の兵はいませんし」
「優しい顔して、鬼教官で、鬼の根っこはやっぱりすごく優しいのですね。
きっとこの部隊の皆さんはそんな隊長のことが大好きなんでしょうね」
照れたように俯いたギルバートは、頬を掻きながら躊躇いがちに上目遣いで
ジェリーロラムの愛らしい笑顔に視線を向けた。
「あの」
「どうかしましたか?」
「ジェリーは、どうなんです?」
カッサンドラが驚いたようにギルバートを見ている。
ジェリーロラムは訊かれたことの意味がわからずにきょとんとしていた。
「どうって、何がどうなのでしょう?」
「だから、ジェリーも元は僕らと一緒に船にいたわけですし、
その、貴女も僕のことを大好きでいてくれるのかってことです」
そこまで言って、さすがにいたたまれなくなったのか、
ギルバートは慌ててパンケーキに齧りついた。
その様子を唖然として眺めていたジェリーロラムは、
何だかおかしくなって肩を震わせて笑い始めた。
「すみません、隊長。なんだか貴方が無性に可愛らしく見えてしまって。
ええ、勿論ですよギルバート隊長。私も貴方のこと大好きです」
「そ、そうですか。それはよかった」
嬉しいのに何だか複雑な気持ちになったギルバートは、
そのまま黙々とパンケーキを齧り続けた。
「それでは、これで失礼いたします。ご馳走様でした」
「また来てくださいね」
ギルバートらが揃って敬礼でジェリーロラムを見送る。
同じように敬礼を返し、ジェリーロラムは仕事場に戻ってゆく。
「ほんと、変わった部隊ね。あの隊長の影響かしら、ね」
くるくると変わるギルバートの表情を思い浮かべながら
ジェリーロラムは次にあの部隊を訪ねる口実を考え始めた。
海の日記念。
こんな外伝を書きながら、細かい設定とかしていくんですね。
だから無駄な設定が増えるわけです。
文章のレベルを随分下げちゃったのですが、
のほほんとした話しだしまあいいか(あ、逃げた)。