春色
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桜色の思い出
桜色の思い出
柔らかな風に撫でられて、ランパスキャットは目を細めた。
優しい日差しの中に膨らみ始めた蕾が揺れている。
「何かついているのかい?」
背後から聞こえた声に振り向くと、
すっかり中身の消えたバスケットを持ったジェニエニドッツがいた。
「ああ、いや・・・そうなのかもな」
「なんだい、あんたらしくない歯切れの悪さだね。
その木に何か思い入れでもあるのかい?」
「この木ってわけじゃないさ」
ランパスキャットは再び木を見上げた。
「まだ、この花は咲かないなと思っていたところだ。
もっと若くて無謀だった頃に、多分俺は恋をしたんだ。
大切で愛しいと考える間もないくらい大切な存在だった」
言葉を紡ぎながら、なぜこんなことを話しているのだろうと
ランパスキャット自身が疑問を抱いている。
「花が咲いたら見に行きたいって言ってた。
でもな、そいつはいなくなった。多分、この世からいなくなった。
花が咲いたら時々思い出すんだ。昔、俺は多分恋をしてたんだって」
「そりゃあ大切にしなけりゃならない思い出だね。
その娘がどんなだかあたしにゃわからんけどね、
あんたはその娘に感謝しないといけないよ」
ランパスキャットは隣にやってきたジェニエニドッツを見下ろし、
どういうことかと言うように眉を顰めた。
「あんた、相当血生臭い生き方をしてきたんじゃないのかい?
それでも今のあんたは愛する優しさを持っている。
その娘はきっと命を掛けてあんたに愛を教えたのさ」
「そうか。俺は・・・優しいのだろうか」
「優しいさ。ほら、遊んでおやりよ。
さっきからずっと呼んでいるじゃないか」
ジェニエニドッツが振り返る。
ランパスキャットも振り返った。
仲間たちが呼んでいる。
「仕方ないな、行ってくるか。おばさん、ありがとな」
「あたしゃ何もしてないよ。ほら、行った行った」
一度伸びをして、ランパスキャットは走り出した。
そして、ふと脚を止めると振り向いて言った。
「この街に来て、初めて俺を抱きしめてくれたのも
初めて俺を叱ってくれたのもあなただった。
俺が優しくなれているのなら、あなたの存在はあまりに大きい」
そしてまた、白黒斑猫はくるりと前を向いて走っていった。
「まったく、よく平気な顔して言えるもんだね」
少し照れたように呟いて、ジェニエニドッツはまだ裸の木を仰いだ。
もう少し経てば淡いピンク色が花開くのだろう。
儚い命にたくさんの思い出を抱きながら。
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お題1:桜色の思い出
ジェニエニドッツ&ランパスキャット
まさかの恋バナ。そんなバカな。
我が家の雄猫どもはロマンチスト。
ジェニエニドッツはみんなのお母さん。
微睡みの中
微睡みの中
白い腹を上に向けて、あられもない格好でギルバートが眠っている。
すうすうと気持ちよさそうに、陽だまりの中で寝息を立てている。
「ふふ、可愛い」
隣で毛繕いをしながら、タントミールは呟いた。
こんなにもあどけない顔をしているのに。
目を開ければ、まっすぐで真面目で頑張り屋の青年になる。
「私の前では頑張らなくていいんだから」
折れそうなほど細い手でそっと頬に触れる。
柔らかくて温かい。
いつもいつも、彼は頑張っている。
うまく踊るために。、上手に歌うために。
華麗で力強い技を習得するために。
強くなるために。
舞踏会の夜が明けた朝、ギルバートがやって来て言った。
守れなくてすみませんと。
たった一度、その時にだけタントミールは彼の涙を見た。
悔しいのだと彼は言った。
「強くなんかなくていいのに。傍にいてくれればそれでいいの」
優しく毛並みをなおしてやりながら、タントミールは囁いた。
その手が不意にがしりと掴まれた。
小さな悲鳴を飲み込んで、タントミールは目を上げた。
眠そうな群青の瞳が彼女を見ている。
「ずっと傍にいたいから、僕は強くなりたい。
胸を張って貴女の傍にいられるように。
貴女が安心して僕の傍にいられるように」
「そんなに真面目に考えなくていいのに」
「何事にも一生懸命なのが唯一の取柄ですから」
ギルバートは春の日差しのように穏やかに微笑んだ。
「タント、一緒に昼寝しませんか?気持ちいいですよ」
「そうね。気持ちよさそう」
タントミールはするりとギルバートの隣に身体を置いた。
青年の体温と、日差しのぬくもり。
心地よいまどろみに任せ、タントミールは目を閉じた。
「ありがとうございます、タント。
貴女がいるから僕は頑張れる」
小さく小さく呟いて、ギルバートも再び目を閉じた。
春の優しい陽だまりに穏やかな時が流れる。
まどろみの中、また少し互いに大切な存在になってゆく。
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お題2:微睡みの中
ギルバート&タントミール
互いに大切なんだって、たぶんそう言いたかった。
夢うつつ
夢うつつ
暖かくなったと思えばまた寒くなって、
春の花々も小鳥たちも出番に戸惑っているのではないだろうか。
芽吹き始めた若草の上で、ボンバルリーナはそんなことを考えていた。
その腕の中にはクリーム色の仔猫が安らかに眠っていた。
「大きくなったわね。きっとあなたはとっても美しい女性になるわ」
今はまだ愛らしいばかりの仔猫。
年上の猫たちに可愛がられ、たくさんたくさん愛されている。
だからきっと、この仔猫は優しく美しく育つはずだとボンバルリーナは思っている。
優しい日差しに誘われて、ふらりと散歩に出た先。
教会の庭を横切ると、ころころと追いかけてきた可愛らしい少女。
足を止めて振り返ると、嬉しそうに笑顔を弾けさせるその姿に
思わず少女を抱き上げて微笑みかけていた。
あんたはきっと、すごく綺麗な娘になるよ
今となっては遠い昔にも思える、ある春の日に。
大好きな腕に抱かれて眠った幼い自分に囁かれた言葉。
夢うつつに聞いたその声が、くすぐったいほど嬉しくて、
でも、それは夢のお告げか現の声かはっきりとはわからないまま。
それでいい、とボンバルリーナは思う。
綺麗になる、その言葉が魔法なのだ。
「女の子はみんな綺麗になれるのよ。
優しく、美しく育って。それが私の願いよ、シラバブ」
そっと毛並みを整えてやりながら、ボンバルリーナは囁いた。
腕の中で、柔らかな仔猫が小さく身じろぎする。
夢うつつ。
夢のお告げか。
うつつの声か。
それはきっと、幼い日に聞いた暖かな願い。
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お題3:夢うつつ
ボンバルリーナ&シラバブ
シラバブ喋ってないとか言わないで。
花に思う
花に思う
「失敗しちゃったわ」
いつもの溜まり場で、ジェリーロラムは浮かない表情のまま言う。
「何事もなく舞台はすすんだけどね、たぶんお客さんは気づいてないわ。
だけどやっぱり、私は納得がいかないのよ」
「そうだろうね。終わりよければっていうもんじゃないし」
彼女の隣に腰掛けているのは、昨日戻ってきたスキンブルシャンクス。
疲れた様子など微塵も感じさせない明るい青年。
「こんなところでうじうじしたって仕方ないんだけど」
「いいよ、仕方ないことなんて無いさ。仕方ないって気付くのも収穫だよ」
「前向きね、スキンブルは。見習わなくっちゃ」
くすっと笑って、ジェリーロラムは言った。
僕らしいだろうとスキンブルシャンクスも笑う。
「スキンブルって春のお花みたい」
「そうかな。ヒマワリみたいだってよく言われるけど」
「それもそうなんだけど、ほら見て」
ジェリーロラムが指し示した先には、小さな黄色の花が咲いていた。
時折吹く風に儚げに揺れながら、暖かい春の日差しを受けている。
「可愛いね。前は見なかった気がするけど」
「ええ。春になったから花を咲かせたんだわ。
ね、こんな小さな花なのに私たちに歓びを与えてくれる。
厳しい冬はいつか終わる、負けちゃいけないって教えてくれる」
優しく微笑んで花を見つめていたジェリーロラムは、
その目を茶虎柄の青年に向けた。
「いつも、元気とか明るさとか勇気をくれるスキンブルみたい」
「ありがとう。そんなふうに言われたのは初めてだよ。
春の花は優しく儚いイメージが先行している気がするけど、
凍った地面を割って出てくる強さと、春を喜ぶ明るさに溢れている」
そういう意味では、とスキンブルシャンクスはにこりと笑った。
「強い心と明るい笑顔を持っている君とよく似ているよ、ジェリー」
「ありがと。なんだか復活したわ」
すたん、と軽やかに地に下りるとジェリーロラムは花が咲くようにふわりと微笑んだ。
「応援していてね、スキンブル。次は失敗なんて言わないわ」
「もちろんさ」
小さな花を飛び越えて、ジェリーロラムは駆け出した。
「見ているかい?スプリング・エフェメラル。君はとても小さな存在だけど
こんなにも誰かを元気付けることができるんだよ」
スキンブルシャンクスは、儚げに、しかし懸命に生きる命に話しかけた。
緩やかな風に揺られ、黄色い精霊がふわりふわりと頷いた。
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お題4:花に思う
ジェリーロラム&スキンブルシャンクス
春の花はスプリングエフェメラル(Spring Ephemeral)。
ジェリーもスキンブルも、明るくて強くて優しい。
いつまでも街に咲く花のようであれ。
朧月夜に・・・
朧月夜に・・・
それは多分、美しいという言葉で表すものではないと黒猫は思った。
ぼんやりとした月の光が街を包む夜。
立ち込める霞を晴らすかのように舞う小さな女神。
「素晴らしいね」
脚を止めた女神に、ミストフェリーズは声を掛けた。
驚きもせずに振り返った彼女は、可愛らしい笑顔を見せた。
「こんばんは、ミストフェリーズ」
少し低めの落ち着いた声。
凛とした立ち姿。
気品に溢れた立ち振る舞い。
どんなに小さくても、彼女は誰よりもおとななのだ。
「こんばんは、カッサ。こんなとこで会うなんて珍しいね」
「ええ、そうね。今夜は暖かいから外に出ても平気だし。
それに、見事なまでの朧月夜だから」
少し踊ってみたくなったの。
カッサンドラはそう呟いて、ゆったりと月に手を伸ばした。
「神秘的って言うのかな、こういうのは」
するりと彼女に歩み寄り、ミストフェリーズは手を差し出した。
「踊ってみたくなったよ、カッサと。どうかな?」
「喜んで」
カッサンドラの小さな手が、夜の使者の手に重なる。
「凄いね、カッサは。僕よりも小さいのに、多分僕よりもずっとしっかりここに存在してる。
月の光でさえ朧になっているのに、君はちっとも霞まない」
「素敵な口説き文句ね、嬉しいわ。今夜は饒舌ね」
「僕はいつだってよく喋るよ。だけどね、今日は少し月の力が弱いから」
メフィストフェレス。
光を愛さぬ者。
「明るいはずのものがこうしてぼんやり拡散してる。少しワクワクするんだ。
あ、別に僕は光は嫌いじゃないよ。星空を作るのが僕の夢だからね」
「星はあなた自身。暗い夜に輝く悪戯な貴公子さん、踊りましょう」
「よろしく」
闇に解ける黒を纏った夜の使者は、恭しく女神の手に唇を寄せた。
朧月夜に、二つの影がゆったりと舞う。
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お題5:朧月夜に・・・
ミストフェリーズ&カッサンドラ
なんて不可解な話!
二匹は不思議系なんだきっと。
シロツメクサの冠
シロツメクサの冠
一番最初にシロツメクサで花冠を編んだ。
その時初めて、彼女に贈り物をした。
大成功を収めた舞台の楽屋裏にシロツメクサの花冠が届いた。
その時初めて、彼女からの贈り物を受け取った。
久方ぶりにシロツメクサの花冠を編んだ。
その時ようやく、彼女はいないのだと感じた。
「お前は美しかったなあ」
その美しさと、深い歌声に引かれた数多の男たち。
自分もその大勢の一部だったのだ。
アスパラガスはそう思うことにしていた。
今までは。
徐々に美しさを失い。
強情を張って街の仲間たちを睨みつけ。
「でも、やはり寂しかったのだろう?」
老いた身体に優しい日差しが降り注ぐ。
思えば、グリザベラと共に昼の空の下にいたことはない。
いつも夜だった。
月の光よりもネオンが明るい場所で。
「傍にいることができればよかったのかもしれんな」
だが、それはできぬ。
あの頃、自分たちはそれぞれに人気者だった。
そして、素直に傍にいてほしいと願えぬ意地っ張りだった。
「お前は決して花に負けぬ美しさと強さを持っていた。
見つけたのか、お前の幸せの姿を」
そう、だから彼女は天上に上った。
「今更だが・・・お前は俺にちょっと惚れたんだろう?
俺はお前にとってほんの少し特別な存在だったんだ。
だから、シロツメクサの冠をくれたんだろう?」
私のことを考えて
シロツメクサの花言葉。
もっと早くに気づいていれば。
胸の奥の小さな痛み。
それは悲しみなのか、悔恨なのか。
アスパラガスはシロツメクサの冠を空に差し出した。
もう、受け取ってくれる相手はいない。
それでもいい。
この冠は約束のあかし。
「俺はお前を忘れやしない。ありがとうグリザベラ」
俺の幸せの姿も見つかるだろう。
アスパラガスは呟いた。
彼女はもういない。
寂寞の想いを掻き立てるように、優しい風が通り過ぎてゆく。
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お題6:シロツメクサの冠
グリザベラ&アスパラガス
アスパラガスの独白に近い。
シロツメクサの花言葉は「私のことを考えて」「約束」
甘い眠気
甘い眠気
春眠暁を覚えず。
心地よい気だるさに身を任せれば、とろとろといつまでも眠れそうだ。
「マンゴー!」
だけど、いつまでも眠ることを相方は許してくれない。
マンゴジェリーは片目だけ開けて声の主をちらりと見た。
「あんだ?」
「あのね、四葉のクローバー見つけたの!」
嬉しそうに差し出される四枚の葉をつけたクローバー。
「へえ、いいもん見つけたな」
重い身体を引き起こし、マンゴジェリーはニッと笑った。
ランペルティーザも同じようにニッと笑う。
「あげる」
「俺に?」
「うん」
だって、とランペルティーザは言った。
どきりとするくらい、美しい微笑みを浮かべて。
「あたし、マンゴが幸せになってくれたら嬉しいから」
春がめぐる度、少女だった相方は美しくなっていく。
知らず、マンゴジェリーの口元に苦笑が浮かんだ。
「何よぅ、笑うとこじゃないでしょ?」
「いや、笑ったわけじゃねえよ」
「笑ったじゃない。笑ったんじゃないなら何なの?」
一層に苦笑の色を濃くして、マンゴジェリーはランペルティーザの頭を
いつものようにくしゃりと撫でた。
「綺麗になったなと思ってさ」
「え?」
ランペルティーザの褐色の目がこれ以上ないくらい大きくなって
マンゴジェリーをじっと見つめる。
「ほんと?」
「嘘なもんか。俺はランペルにゃあ嘘つかんぞ」
「マンゴ大好き!」
がばりとランペルティーザはマンゴジェリーに飛びついた。
「おわっ!?」
「あたし、誰かに綺麗って言ってもらいたかったの」
女の子だから。
ランペルティーザは嬉しそうにそう言った。
「いっぱい遊んできたから眠くなっちゃった。
ねえマンゴ、一緒に寝ていい?」
「勿論」
小さくて柔らかな身体をすりよせて、ランペルティーザはお休みと言った。
すぐに寝息が聞こえ始める。
「いつまで俺の傍で寝てくれんのかね」
大きく、美しくなっていく相棒を見ながらマンゴジェリーはぽつりと呟いた。
そして彼もまた、瞼の重みを拒むことなく眠りに落ちてゆく。
「いつまでも傍にいるよ、マンゴ。
だから、あたしのことちゃんと見てて」
一度閉じたはずの目を薄く開き、ランペルティーザは小さく小さく囁いた。
そして今度は、本当の眠りに入っていった。
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お題7:甘い眠気
マンゴジェリー&ランペルティーザ
近くにいるから気づけないんじゃなく、
近くにいても気づくことができる存在。
花嵐
花嵐
「まさかだな」
「まったく」
予期しなかった展開だ。
タンブルブルータスは無表情のまま。
カーバケッティは苦り切った表情で。
それぞれに重い溜息を吐きだした。
外は暴風。
下手すりゃ風にあおられて怪我しかねない。
どんなに猫が身軽でも、自然の脅威に太刀打ちはできまい。
「花嵐、と言うのだそうだ」
ぼそりと呟いたのはタンブルブルータス。
「花の盛りの頃の嵐。それが花嵐と聞いた」
「ふうん。花吹雪の類なんだと思ったが」
「そういう意味もあるそうだが」
先ほどから、途切れ途切れにではあるが会話は成立している。
そもそもなぜこんな処にいるのかというと、やはり嵐の所為だ。
あくまで趣味の範囲で、カーバケッティは花を愛でていた。
しかし、あまりにも風が強くなってきたので
誂えられたかのようにぽっかりと空いた枯れ木の洞に飛び込んだ。
そこには先客がいて、それがタンブルブルータスだった。
ちなみに、なぜ彼がここにいたのかカーバケッティは知らない。
「ま、こんだけ風が吹いたら厭でも花は舞うしかない」
「花は綺麗だが」
タンブルブルータスは僅かに眉を顰めた。
「これだけ激しく舞っていれば、塵芥と変わりはない」
「風情の無い男だな」
「生まれつきだ」
そっけなく放たれる言葉に、カーバケッティはもう慣れている。
何だかんだで長い付き合いだ。
痩身長躯の男の強面の中に感情を読み取ることもできる。
「花なんて儚さの象徴のようなもんだ。
けど、それでいて花はけっこう長生きだし強いもんだよな」
「ああ。それなりに、したたかに生きている」
美しく儚い花や、燃えるような紅葉、甘い蜜も
みんな花々が生きていくために身につけたもの。
「変な感じだ」
ただでさえ怖い顔をさらに顰めて、タンブルブルータスは呟いた。
「何が」
「お前と、花の話など」
妙なシチュエーションだ。
指摘されてカーバケッティは気づいた。
「たまには楽しいだろう」
「いや、全然」
「つまらない男だな」
カーバケッティに軽く睨まれてもタンブルブルータスは涼しい顔だ。
そして一言。
生まれつきだ、と。
斑模様の紳士猫は諦めとも呆れともつかない溜息を一つ。
嵐はもう暫く止みそうにない。
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お題8:花嵐
タンブルブルータス&カーバケッティ
微妙に地味な取り合わせ。
この二匹が一緒にいたらどういう話をするのだろうか。
光の粒
光の粒
ふと、遠くに目を向けた。
パステル色の花、若葉の薄い緑色。
暖かな光を浴びて、若い命がきらきらと光る。
希望が大地に満ち満ちている。
土の匂いに、鳥のさえずりに、虫の羽音に誘われて
マンカストラップはいつもの道を外れた。
少年だった頃から春の訪れには心が躍る。
厳しく寒い冬が終わり、暖かく明るい時を迎えるのだ。
笑い声が満ちる春は、いつも心穏やかにいられる。
はずだった。
「よう、えらくご機嫌だな」
「ああ、ご機嫌だったさ。今の今までは」
背後からの声に振り向きもせず、マンカストラップは憮然として言った。
「つれねえの」
「よっぽど暇らしいな」
くるりと振り向けば、相変わらず派手な恰好の男が立っている。
「残念ながら俺はお前の相手をするほど暇じゃない」
「んだよ、ワーカホリックの縞野郎。ご挨拶じゃねえか」
ラム・タム・タガーはにやりと口元を歪めた。
「働きすぎて死んじまうんじゃねえの?
こんな日はなあんにも起きやしねえさ。お昼寝日和だもんな」
「好きでやっていることだ、放っておいてくれ」
見回りはマンカストラップにとって日課だ。
これをしなければ何となく不安になる。
「ちょっとくらい付き合えよ」
「何か用事か?」
「んなもんねえよ」
花見。酒。飯。ついでに踊る。
天の邪鬼はそんなことを言った。
「何で俺がお前とお花見をしなければならないんだ?」
「別に俺となんて言ってねえだろうが。いいから来いよ」
「ああもう、わかったわかった」
言いだしたら聞かない幼馴染の性格はよくわかっている。
マンカストラップはあっさり折れた。
「よっし。そんじゃあ行くぜ。お前はきっと俺様に感謝するぜ」
「頭痛なら起きそうだが」
「うるせえよ仕事馬鹿。こんな日に遊ばなくていつ遊ぶんだよ」
にいっと笑って、ラム・タム・タガーは駈け出した。
遅れることなくマンカストラップが付いてゆく。
「どこに行くんだ?」
「いいから付いてこい。みんな待ってんだぜ。
俺が誂えた花見の席だ、厭だとは言わせねえぞ」
随分走って、マンカストラップの目に飛び込んできたのは
手を振っている街の猫たちの姿。
「ここに皆いたのか。どうりで姿を見かけないわけだ」
「おっし、飲もうぜマンカス。そういやお前下戸だったっけ?」
たまにはいいさ、マンカストラップは言った。
「タガーからのプレゼントだと思ってありがたく受取ろう」
「ほう。寝ちまったら俺様が連れて帰ってやるぜ」
マンカストラップとラム・タム・タガーは揃って猫たちの輪の中に入っていく。
暖かな春の一日。
光が優しい雨粒のように降り注ぐ、そんな日の出来事。
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お題9:光の粒
マンカストラップ&ラム・タム・タガー
そろそろネタが尽きてきた。
お題無視もはなはだしい。
幸せの予感
幸せの予感
「怪我をしているの?」
思いがけず降ってきた声に、黄色い猫は驚いて顔を上げた。
「驚かしてごめんなさい。警戒しないといけなかったから」
「そうか」
「さっきマキャヴィティが現れたのよ、だから。
貴方マキャヴィティに襲われたんじゃない?匂いがする」
黄色い猫は下を向いた。
「平気だ。怪我はない」
「そう、それならいいけど」
鮮やかな橙色の毛並み。
整った美しい顔立ち。
剃刀猫と言われる鋭い感覚を持つ女性。
「お前は怪我をしていないのか」
「お陰様でね。貴方、私のこと覚えてる?舞踏会で踊ったのよ」
「覚えているさ」
街に帰り、年に一度の舞踏会に参加したあの日。
いろんな猫たちと踊ったその中にディミータという女性もいた。
「貴方ちょっと鈍そうだから心配しちゃったわ。
マキャヴィティに襲われたら逃げられないんじゃないかって」
「平気だ。こう見えて俺はそこそこ腕っ節に自信はある」
「そうなの。じゃあ安心した」
ディミータはふっと笑った。
そこいらの優男よりよっぽど男前だ。
それでいて、美しさも抜きんでている。
「私ね、他にも貴方を心配する理由があるのよ。
これは私の感想だから気を悪くしないでほしいんだけど。
貴方は静かすぎる。死を思わせる静寂が貴方を包んでいるように思えるの」
黄色い猫はゆるりと顔を上げた。
「俺も、そう思う」
目の前のディミータの表情が僅かに曇る。
不意に、伸びてきた手が黄色い猫の頬に触れた。
「ねえ、笑って。少しでいいから」
黄色い猫の緋色の目が、驚いたようにディミータを見る。
彼女は美しく微笑んでいた。
「笑顔は魔法よ。雪が解けるように、重い心がほどけていくの」
頬に触れた手はひんやりとしている。
それなのに、黄色い猫は暖かさを感じていた。
「次に会うときは貴方が笑っていられますように」
ディミータの囁きが耳朶に触れる。
あたたかさが胸の奥に満ちてゆく。
それはきっと、明日につながる幸せの予感。
マキャヴィティは、微かに、でも確かに、穏やかな笑みを浮かべた。
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お題10:幸せの予感
ディミータ&マキャヴィティ
まさかの二匹。
知らないというのも、たぶん幸せなんだと思う。
春色10題