月の引力
(ミストフェリーズ&ヴィクトリア)
月の引力
「君は僕にとって月のような存在だね」
「太陽でない理由を聞いていいかしら?」
まったく表情を変えずに、ただほんの少し目に興味の光を宿して
ヴィクトリアは僅かに首を傾げた。
「君は僕にとっては女神だからね」
「そう。悪くない答えね」
ヴィクトリアはうっすらと笑みを浮かべた。
冴えた月明かりの夜に、それは甚だ美しい。
「だったら、ねえミスト」
「なんだい?」
「私が月である理由を聞いていいかしら?」
ミストフェリーズは心中で苦笑した。
この質問が一番最初にくると思っていたのに、と。
いつも読めない。
いつまで経っても読めない、この白い女神の考えだけは。
「君がいなければ、僕はぐらぐらになってしまうと思うんだ。
この星が23.4度傾きながら、それで安定しているのは月のおかげさ。
嘘かまことか、月がなくなったらこの安定は無くなってしまうそうだ」
「あら、私があなたが揺らぎを制御できるほどの存在だというの?
あなたほど賢くて冷静で自身に溢れた男の方はいないのに」
「何を言うんだい?僕はどうしようもなく不安定なんだよ。
この力とこの毛の色、自分で自分の存在を疎みこそすれ
今のように胸を張って誇り高く生きられるとは思ってなかったさ」
だけどね、とミストフェリーズはヴィクトリアの手を取った。
「ここにやって来て、君を見てすぐにピンと来たんだ。
僕は君と引き合うようにしてここにいるんだってね」
「素敵な考えね。嫌いじゃないわ」
「決して冗談なんかじゃないからね」
ちょっとだけ拗ねたような顔をして見せたミストフェリーズに
ヴィクトリアは空いている手をそっと伸ばして触れた。
「冗談などと思っていないわ。ただ嬉しいだけ。
私とあなたはいつだって見えないもので引き合っているの。
そうでなければ私はきっとどこかに消え去っていたわ」
「行かせないよ、絶対に」
ミストフェリーズがにやりと笑う。
ヴィクトリアがふわりとほほ笑む。
ある月夜の邂逅。
月に憧れた太陽の話
(ディミータ&ボンバルリーナ)
月に憧れた太陽の話
「よく比況されるけど」
とディミータは不機嫌そうに言った。
「私は太陽で貴方は月、どうしてかしら?」
「そうねえ。毛並みのせいかしらね」
相も変わらず微かな笑みを浮かべたままボンバルリーナが答えた。
ディミータは橙色が目を引く華やかな毛色。
ボンバルリーナは黒に赤の混じるしっとりとした毛色。
「まじめに答えてよ。毛並みで月と太陽ですって?」
「まじめに議論するようなことではないわよ、ディミ。
私はあなたの燃えるように激しい一面がとても好きなの。
きっとみんなもあなたのそんな一面を見て太陽に例えるのだわ」
「別に厭だと言っているわけではないの」
そう云いながら、ディミータはまだ不満そうにしている。
「いいのよ、私は太陽で貴方が月。反対だったら異議はあるけど」
「ディミ、太陽は月にはなれないわ。月が太陽になれないようにね」
優雅に毛繕いしながらボンバルリーナは言う。
わかっているわとディミータは即座に言い返した。
「ずっと自分は独りで誇りを持って生きていかないといけなかったの。
私はそういう生き方を選んだし好んだわ。
強く輝くの、それが生き残り血を残すための私の生き方よ」
だけど、とディミータは美しく釣った目をボンバルリーナに向けた。
「貴方はとても魅力的よ、リーナ。私が今まで会った誰よりも。
同じように気高くありながら、それでも私と全然違う。
憧れたわ、貴方に。貴方が月だというみんなの意見はよくわかる」
「太陽は動、月は静。どちらかだけでは収まりが悪いわね。
動があってこそ静はあるし、静を知ってこそ動を感じることができる。
正反対のくせに一緒にしか存在しえないのね」
笑みを深めて、ボンバルリーナは静かに言った。
「月は太陽に憧れ、太陽は月に憧れる。そういうものじゃないかしら」
「そういうものだと思うわ」
あっさりとディミータは頷いた。
「そういうものだから、私はやっぱり貴方に憧れているわ。
今までも、たぶんこれからも」
「そうね。私もそうだと思うわ。私たちがこうして生きている限りね」
星が見た世界
(マンカストラップ&泥棒猫)
星が見た世界
「いいかお前たち、誰も見ていないと思ってるかも知れんが」
「思ってないわ」
マンカストラップの通り一辺倒な説教文句を
怖いもの知らずのランペルティーザが軽い口調で遮った。
「話は最後まで聞かんか」
「だってその先は知ってるもん。いつも同じじゃ芸が無いわよ。
ねえ、マンゴだってそう思うでしょ?」
「ん?ああ、そだな」
同じく軽い口調で同意するマンゴジェリーに
ぴきりとマンカストラップの怒筋が一本増えた。
「いつだって私たちは星に見守られているの。
でも、お星様は私たちに制裁を下すことなんてないわ」
「星には代々の先祖たちがいて俺たちを見守っているんだろう?
どんなだろうな、あんな高いところから見えてんのかね」
「そうねえ、豆粒くらいには見えてるんじゃない?」
呆気にとられるマンカストラップをよそに、
ランペルティーザとマンゴジェリーは調子よくやりとりを続ける。
「豆か、そんじゃあランペルは大豆で俺は小豆だな」
「黄色と赤色ね。でも、夜にそんなにちゃんと見えるのかしら」
真剣に議論する泥棒猫たちを前に、マンカストラップの肩が
ふるふると震えだした。
「いい加減にしろっ!星からお前らが見えるわけがないだろう!?
豆粒だ?夜空の星にしてみりゃあこんな世界ちっぽけなもんだろうが!」
「えー、マンカス夢が無いわよ」
ランペルティーザが不服そうに抗議する。
うんうんとマンゴジェリーが頷いている。
「夢があるとか無いとかが問題じゃない!
お前たちに反省の色が見られないところが問題なんだ!」
「でもさ」
マンゴジェリーは、食えない表情でマンカストラップに言う。
「星からみりゃあちっぽけなこの世界の、見えもしない俺たちのことだ。
それほどちっぽけなことに目くじら立てて毎晩説教ってのもどうよ」
「む・・・」
マンカストラップは一瞬怯んだように口を閉じた。
暫く考え込み、そしてにんまりと笑った。
「星が監視できないような些細な悪を見逃さないのが俺の仕事だ。
さあ、今日はもうちょっと説教が必要なようだな」
また一つ、縞猫の怒筋が増えたことに気付いた泥棒カップルは
神妙な顔つきで背筋を伸ばした。
虹を見つけた君と僕
(スキンブルシャンクス&ジェミマ)
虹を見つけた君と僕
「虹だ」
「虹が出ているわ」
スキンブルシャンクスとジェミマが同時に声を上げた。
その声に、前を歩いていたコリコパットとジェリーロラムが足を止めて
雨上がりの高い青空を仰ぐ。
「お、ほんとだ。でっけー」
「久しぶりに見たわ。七色全部数えられそう」
次の仕事までの間、スキンブルシャンクスは街の猫たちと会っては
旅の土産話をし、こうして連れだって色々な場所に遊びに行く。
「あははっ、なんかこういうのっていいなあ」
スキンブルシャンクスは嬉しそうに言う。
「小さな幸せよね。虹を見るだけでいいことありそうって思うわ」
ジェミマも大きな目を細めて頷いた。
「うん、虹はいいね。でも、それだけじゃないよ。
僕にしてみれば、こんなふうにジェミマと一緒に虹を見つけられたことが
なんだかとっても幸せだなあって思うんだ」
「ど、どういうこと?」
飾り気のないスキンブルシャンクスの言葉が、逆に少し気恥ずかしくて
ジェミマは僅かに声を小さくして問いかけた。
「そりゃあ、ここにいてこそ虹を一緒に見られるからさ。
ほら、虹って光の加減だし別の場所にいたら見えないかもしれない。
でも、今は一緒にいるから同じ虹を見ることができる」
「スキンブルはそれがとても幸せなの?」
「うん、そうだよ。綺麗だねって言ったら、うんそうだねって言ってくる
誰かがいるってすごく素敵なことだと思わないかい?」
「あ・・・考えたことも無かった、かも」
微かに俯いて、ジェミマはつぶやくように言った。
そんな彼女の頭をスキンブルシャンクスがやさしく撫でる。
「こんなに心安らぐ場所があるっていうのは当たり前じゃないんだよ。
だからジェミマ、大切にしなよ。みんなのこと」
「うん、わかってる。わかってるからさ、スキンブル」
「なんだい?」
ジェミマは、意を決したとでもいうような真剣な目で顔を上げた。
「いつだって、絶対、何があってもここに戻って来てね。
他の街に行ったままなんて厭だからね」
束の間目を丸くしたスキンブルシャンクスは、優しく微笑んだ。
「もちろんだよ、ジェミマ。帰ってきたらいつでも迎えてくれるかい?」
「当たり前じゃない!任せてよ!」
笑顔を弾けさせたジェミマを見て、スキンブルシャンクスは思う。
虹の彼方には幸せの国があるというけれど、
こんな近くにこんなに幸せな場所があるのだと。
だから僕は今日も雲を見つめる
(ギルバート&タントミール)
だから僕は今日も雲を見つめる
好きね、と言われたことがある。
好きなのかもしれない、と思う。
雲は二度と同じ形を作らないし、同じ形を留めもしない。
見ようによっては生き物や食べ物の形にもなる。
「想像力は並み以下だと思いますよ」
「ええ、否定しないわ」
「少しくらいフォローはほしかったですが」
教会の屋根に上り、青空に模様を描く雲を見つめる。
ギルバートはこんなのんびりした時間が好きだった。
何をするでもないけれど、タントミールもよく付き合っている。
「雲はすごいなあと、ただそう思うんです。
朝焼けや夕焼け、夜の色にも簡単に染まってしまうし、
風が吹けば散りぢりになって流れて行ってしまうけど」
ふっとギルバートは目を細めた。
「それでも雲は大きくなることをやめないし、
この世界から消えてなくなったりはしない。
それに、いろんな色に染まりながらそれでも美しく存在しています」
「ふうん。ギルって時々哲学的よね」
「ありがとうございます。哲学的なんて言ってくれるのは貴女くらいです」
ほめているかどうかは別にして、だが。
そもそも、ギルバートは何を言われても気にしない性質ではある。
タントミールの言ともなればなおのこと、悪く受け取るはずがない。
言葉の真意を見抜いた上で、全て良い方向に解釈してしまうのだから
嫌味も挑発も通じないという点で喧嘩相手にはしたくない男だ。
「やっぱり好きなのね、雲を見るのが」
「好きなのかもしれませんね」
済んだ空を仰いだまま、ギルバートはほほ笑んだ。
「僕らはどんなに頑張ったって、この空というキャンパスに何かを描くことはできない。
それなのに、雲はただそこにあるだけで芸術そのものたることができるんです。
絶対的に僕らには手の届かない高みにあの雲はあるんです」
ギルバートは、魚の鱗のような雲に向けて手を伸ばす。
穏やかな風が柔らかな毛を弄る。
「決して届かないとわかっているから、心から感嘆することができるんです。
そこを目指す必要がないから、安心して見つめていられるんです。
だから僕は・・・」
「今日も雲を見つめているのね」
言葉尻はタントミールが紡いだ。
すとんと手を下ろし、ギルバートは愛しい彼女に笑みを向けた。
「好きですから。もっとも」
一番は貴女です。
青空よりも爽やかに、そんなことを言い放つのはもはや日常のこと。