Jellicle Warrior

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最終更新日: 2018-11-11
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Jellicle Warrior

1 夢の魔導師



それは歌のようでもあった。



ぴくりと耳を欹てた黒猫は、共にいた純白の猫に耳を塞ぐように言った。
白猫は不思議そうに小さく首を傾げながらそれに従った。





「何か聞こえる気がする」
「私も。ということは気のせいじゃないですよね」
「そうね」

ランペルティーザとシラバブは、教会の庭できょろきょろとした。
黄昏時の黄金の光の中、その音は響いている。

---黄昏の地の五つの魂よ

聞いたことのない言葉。
だけど、彼女たちの意識に直接働きかけるようなその音に
はっきりとした意味を読み取ることができた。





「よくやるよな」

毎度の如く長々と伸びて安らかに眠る白黒猫の腹を枕に
薄褐色の青年猫もまた安らかに寝息を立てている。

カーバケッティは呆れかえって溜め息を吐く。
ごみ山の向こうにある寝心地の良い古い木箱の上。

「何か、言いました?」
「なんだよギル、聞いてないのか。よくやるなって言っただけだが」
「いえ、そうじゃなくて・・・」

朱に染まった空を睨む三毛の手には当然のように木の棒がある。

---目を閉じ、夢を見よ

ギルバートとカーバケッティは自然に顔を見合わせていた。





眩しさに目を開けた。
金色の光が西側からたっぷりと降りかかってくる。

「ああ、もう夕方か」

柔らかな草の上には、同じ模様の小柄な女性が丸くなっている。
タンブルブルータスは、そんな彼女に夕日が降り注がないように
音を立てぬようそっと身体の位置を変えた。

---そこには扉がある

すっと目を細め、痩身の黒猫は辺りを伺った。





---さあ、おいで





「バブ、ランペル、そろそろ中に・・・」

ひょこっと窓から顔を出したマンカストラップは少しばかり目を瞠った。
小さな少女らが互いに寄り添って眠っている。

「ありゃ、遊び疲れたかな~」

縞猫の後ろから、ひょいと顔を覗かせたのは赤毛の泥棒猫。
ついさっきまで散々説教を食らっていたのもどこ吹く風といった様相だ。

「このままじゃ風邪を引く。マンゴ、手伝ってくれ」
「あいよ~」

ことがランペルティーザ絡みだとこの赤毛の男はやけに素直だ。
マンカストラップは苦笑しながら庭に出た。

「随分気持よさそうに寝ているな」
「だな。・・・ぃしょっと」

起こさないように気遣いながら、
マンゴジェリーはランペルティーザを担ぎあげた。
マンカストラップはシラバブを抱き上げる。

「これじゃあバブと大して年齢違わないように見えるな」
「寝てしまえばみんな子供みたいだ」
「ふうん。随分所帯じみた事言うのな」

小声で会話しつつも、マンゴジェリーの軽口はいつも通り。
マンカストラップの眉間の皺もいつも通り。
いつも通りのはずの夕暮れ。





「ふぁ・・・?もう夕方か」

空腹で目を覚ました白黒斑猫がのっそりと起き上がった。
転がり落ちた小柄な青年は、したたかに頬を地面に叩きつけていた。

「いったぁ。ランパス!ちょっとは気遣えよ」
「知らなかったんだ、悪いな」

視線をよこすこともなく伸びしている斑猫をコリコパットは恨みがましく睨みつけた。

「腹の上に俺がいて気付かないってなんだよ」
「お前軽いからな。それよりカーバとギル起こしてやれ」

コリコパットはむくれつつも、ギルバートの肩に手をかけた。
この男がここまで無防備に寝ているのも珍しい話だ。

「ギル、ギル!起きろよ」

最初は軽く揺すぶっていたが、全く起きないのでその動作も粗くなる。
下の木箱が軋むくらい強く揺すぶっても目を覚まさない。
安らかに寝息を立てている。

「起きないのか?」
「うん、全然起きない。変なの」
「確かに変だ。こいつも起きやしない」

ランパスキャットがカーバケッティの身体をぞんざいに転がした。
さすがに酷いとコリコパットは思ったが、
そこまでされてもカーバケッティが起きないとなるとおかしい。

「仕方ねえ。長老に見てもらうか」
「うん。でも、担いで行くの嫌だなあ」

黄昏の時は終わりに近づく。
いつもとは少し違う夕暮れ。





「ありがとう。私だけじゃどうしようもなくて・・・」
「礼には及ばないよ。せっかく帰ってきてるんだから役に立たなきゃね」

戸惑いの表情は消せないまま、それでもカッサンドラはぎこちなく微笑んだ。
教会までタンブルブルータスを運んできたのは鉄道猫。
昨日帰ってきたこのスキンブルシャンクスの腕力はなかなかのものだ。

「それにしても不思議なことになっちゃったね」

目を覚まさない。
このタンブルブルータスがカッサンドラの呼びかけに応えないなんて。
安らかな眠りの中から戻ってこない。

「タンブルだけじゃないのよ。バブとランペル、カーバ、それからギル」
「ふうん・・・何の関係もなさそうだけど」

スキンブルシャンクスは、珍しくもうろたえているリーダー猫を見やった。
その隣のマンゴジェリーも、これまた珍しく神妙な顔つきだ。
眠った猫たちを見ているランパスキャットは石仏の如く動かない。

「どうしちゃったのかな」
「わからないわ。一番詳しそうな彼が来るのを待ちましょう」

先ほど飛び出していったコリコパットが向かったのは、
勿論黒い魔術師ミストフェリーズのいるところ。

「餅は餅屋、ね」
「怪奇現象はミストフェリーズ、か」








「ここどこ?」
「知らないな」

ランペルティーザの問いに即答したのはカーバケッティ。
白い白い空間だった。
でも、白しかない世界でもない。

「趣味の悪い色だ」
「原色ですね、目に痛い」

タンブルブルータスはゲンナリとした表情で呟き、
ギルバートは煩わしげに眼を細めた。

気づけばこんな所にいた。
目を開けて見えたのは白い空間と見知った街の猫たち。
それに五つの扉。

「不思議なメンバーになっちゃいましたね」

近くにあった桃色の扉をカリカリと引っ掻きながらシラバブが言った。
カーバケッティにギルバート、タンブルブルータス、
そしてランペルティーザとシラバブ。

「黄昏の地の五つの魂」

ぽつりと言ったのはギルバート。

「あれ、ギルもそれ聞いたの?私も聞いたわ」
「ランペルもか。じゃ、五つの魂が俺たちか?」

カーバケッティの疑問に答えるものはいない。

「魂って・・・それじゃあ今の俺たちは魂なのか?」
「魂は肉体と切り離せないはずですよ。
 でも、どうやらいつもの世界とは違うところにいるようですが」

タンブルブルータスの無表情が殊更無表情に見える。
無表情に殊更も云々もないが。
少なくとも、今の状況に当惑しているのは確かだ。

「・・・議論していても始まらないな」
「どうするの?」

諦めなのか、決心なのか。
カーバケッティは、己の前の緑の扉に手をかけた。

「行けってことだろう?」
「これ見よがしに、五つの扉ですからね」

ギルバートは赤い扉を見上げた。
タンブルブルータスは青い扉の前でふっと息を吐いた。

「行くの?ばらばらに?」

黄色い扉の前に立ったランペルティーザが誰にとなく問うた。
問うてみても答えは決まっていた。

「恐れない、だろう?」

呟くように、カーバケッティが言った。

「ええ。例えこの先が暗闇でも」

ランペルティーザがはっきりと言った。
ギルバートが拳を握る。
タンブルブルータスが大きく息を吸う。
シラバブは祈るように手を組んだ。

五つの扉の前で、五つの魂たちは頷き合った。

「歩みを止めないこと。前に進み続けること」

約束はそれだけ。

「この扉、通り抜けたら向こう側に出たりしてね」
「それはそれでおもしろいですね」

ランペルティーザの明るい声。
シラバブの可愛らしい笑い声が響く。

「さあて、暫しの別れだな」

カーバケッティの言葉に、ほんの少し緊張が高まる。

「それじゃあな」

タンブルブルータスの低い声。
それが合図。
五つの扉は同時に開かれた。



---いらっしゃい、五つの魂
---扉の刻印を忘れるなかれ
---途を行き、再び扉を開くまで



また、だ。
あの歌のような声。

シラバブは音を立てないようにそっと扉を閉めた。
あれだけけばい桃色だった扉の裏側は真白だった。
真白な中に貼られた金色の板。
何かの模様が書いてあった。
見たことのない、変わった模様。

「これが・・・刻印でしょうか」

その板の中心はぽっかりと丸く欠けている。
そっとその模様をなぞり、一度大きく深呼吸してからくるりと向きを変えた。
そこにあった光景にシラバブは息をのんで立ちすくんだ。









ミストフェリーズはいささか困ったように集まった猫たちを見回した。
ほぼ、全員と言っていい。
バストファジョーンズ氏はいない。今日も食事会だろう。
アスパラガスはここまで来るほど体力がないのかもしれない。
若い猫たちはみんなここにいる。
それぞれに心配そうな、戸惑ったような表情を浮かべて
黒い魔術師の言葉をじっと待っている。

「夢の魔導師、だね。厄介なものに捕まったものだよ」
「何だその・・・夢の魔導師とかいうのは」

訊いたのはマンカストラップだが、眉を寄せたのは彼だけではない。

「魔導師は独立した地位と力を持っている魔法使いの師のようなものさ。
 いろんな奴らがいてね、気まぐれにごく普通の者を巻き込む」
「ごく普通って、そんな魔法とかに関係ない私たちみたいな?」

訊ねたジェリーロラムは、おろおろしているタントミールの隣にいる。
ミストフェリーズは頷いて、天井を睨むようにして言った。

「夕方頃かな、声が聞こえた気がするんだよね。
 僕は連れて行かれない自信があったけどさ。酔狂なやつだよ、こっちは大迷惑だ」
「声を聞いたらどこかに連れて行かれるの?
 夢の魔導師っていうくらいだから夢の世界とかに?」

ジェミマは眠っているシラバブの顔を覗きこんだり座ってみたりと
先ほどからあまり落ち着きがない。
しかし、この状況で落ち着けというのも土台無理な話だ。

「その通りだよ、ジェミマ。声を聞いた者を夢の世界に取り込んでしまうんだ」
「じゃあ、どうしてタンブルたちなのさ」

スキンブルシャンクスが口を挟んだ。

「誰でも良かったのさ。向こうにとっちゃただのゲーム。
 たまたま聞いちゃったタンブルたちが不運だったってわけさ」
「とんだとばっちりね」

ピンっとカーバケッティの額を指で弾いてみたボンバルリーナが言った。
彼女の言葉以上に的確なものはないように思われた。

「とばっちりなのはタンブルたちだけじゃないよ。
 ここにいる僕らだって相当なとばっちりさ。
 手をこまねいているだけじゃ、夢から戻ってこられない」
「な・・・冗談じゃない!」

マンカストラップは相当気が立っているようだ。
バカ野郎落ち着きやがれ石頭、などと後ろから天の邪鬼の悪態が聞こえる。

「難しいことじゃないんだ。ただね、夢の魔導師は本当に酔狂なやつなんだよ。
 奴の要求を満たしてやる、それ以外に方法はない」
「それ以外に方法がないならいくらでもやるぜ。なあ、カッサ」
「そうね、マンゴ」

自分の半身のような存在を夢にとられている二匹は真剣だ。

「君たちには心配しなくてもやってもらうことがあるよ。
 最終的に夢からこっちに引き戻す方法くらいは僕も心得てる。
 ただね、魔導師の世界に入り込んだら一筋縄ではいかない」

ミストフェリーズは眠り続ける五匹を順に見やり、
次いで周りを取り囲む猫たちをゆっくりと見回した。

「・・・やっぱり君たちしかないようだね。
 カッサ、タンブルの手を握ってくれるかい 交信できないか試してほしいんだ」
「え、ええ。わかったわ。どうすればいいのかしら」

カッサンドラはタンブルブルータスの大きな手を握った。

「まずはタンブルと呼吸を合わせて。
 彼の生命の波長を感じて、そこに自分の波長を合わせるように・・・」

皆が固唾を飲んでカッサンドラを見守っている。

「たぶん、うまくいく」

というよりも、うまくいってくれなくては困る。
そんなこと口にしたら不安を煽るだけなので、心の中で呟いた。

「さてと。僕らは僕らで次のステップの用意をしなくちゃね」

ミストフェリーズはじっくりと吟味するように猫たちを見渡した。

「おばさん、ランパス、タガー、スキンブル、ヴィク」

唐突に名を呼ばれた面々は、一様に目を見開いて黒猫に視線を投げた。

「すぐに出かけてもらうから腹ごしらえしといて」
「はあ?何だよ急に」

タガーの訝しげな問い掛けには答えず、黒い魔術師はにやりと不敵に口元を歪めた。

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Jellicle Warrior 第一弾!
四部構成でお届けの予定(笑)

お題用に書いたのですが、どうもうまくないのでギャグ路線で。
若い猫たちはみんな出演予定。

最初は『ジェリクル・レンジャー』にしようかと思いましたが、
まあそんな内容でもないですし。
warrior でも違いないですか、そうですよね。

シリアスでもなんでもないです。
夢の魔導師とか言ってる時点で、中途半端にファンタジー。
力抜いてお付き合いいただければ幸いです。

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