Jellicle Warrior

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最終更新日: 2018-11-11
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Jellicle Warrior

4 願いの扉



唐突に黒い集団がおとなしくなって、向かってくることすらなくなった。
だが、どうすればいいのかさっぱりわからない。
カーバケッティがしきりに首を捻っているが良い案は浮かばないようだ。

「仕方ないですね。頼んでみます」
「ちょっとバブ、頼むって言ったって・・・」

おもむろに歩き出したシラバブをランペルティーザが慌てて追う。
ギルバートはきょとんとして、タンブルブルータスは相変わらずの無表情で
対峙するシラバブと黒い昆虫の集団を見守っている。

「みなさん、お願いがあるのです」

それは可愛らしい笑みを浮かべてシラバブは言った。
蠢いていた連中は一斉に同じ方を向いて動きを止めている。

「消えてもらっていいですか?コインが欲しいので」

直球のリクエストだ。
後ろで聞いていたランペルティーザは思わず目を丸くしている。

時が止まったような僅かな時間を置いて、
まるで蒸発するかのように黒い者たちは消えてしまった。
勿論、あとには煌めくコインが残されている。

「これで最後のコインが手に入りましたね」

屈託なく微笑むシラバブ。
ランペルティーザが嬉しそうに頷いている。

「いつのまにか逞しくそだってるもんだな」
「あのおばさんの背中を見てそだっているからな」

カーバケッティとタンブルブルータスはそれぞれ
脳裏にあのおばさん猫を思い描きながら言葉を交わした。

「この後どうすればいいのでしょう。
 タンブルブルータスさん、ミストフェリーズさんからは何かありましたか?」
「え?あ、いや。聞いてみるからちょっと待ってくれ」








「全部コインを見つけたようね。この後どうするか聞いてきているわ」

カッサンドラの言葉に、街の猫たちの間には安堵の笑顔が広がる。

「イベントはクリアしたから少し休んでもらって構わないよ。
 こっちはタガーたちが戻ってくるまで次の手は打てないからさ」

ミストフェリーズはそう言いながら身軽に立ち上がった。

「さて。次がラストイベントだよ。夢の世界からバブたちを取り戻すんだ。
 これは絆が大切だからね。あと、異性の方が成功率が格段に高い」
「何をするというんだ、どうすればいい?」

すかさず口を挟むのはマンカストラップ。
タントミールも縋るような目を黒猫に向けている。

「簡単なことさ。だけど難しいよ。
 コインを手に持ってね、その手で相手の手を握る。これが第一段階。
 次に、相手と呼吸を合わせながらそっと額を合わせる」

こんな風にね、とミストフェリーズはジェミマの手を取って額を合わせる。

「ち、近いわよミスト」
「ちょっとね。でも、手をつなぐだけだとうまく相手とリンクできないからさ」

赤くなってこちこちに固まっているジェミマとは対照的に、
黒い奇術師はいつもの飄々とした態度を微塵も崩さない。

「それだけでいいのか?」
「良い質問だね、マンカス。まあそれだけと言えばそれだけだよ。
 でもね、相手の意識とうまくつながらないことには呼び戻しにいけないんだ。
 それから、一度届いた手は決して離さないでね」
「離したらどうなるの?」

無意識にぎゅっとミストフェリーズの手を握りながらジェミマが尋ねる。

「迎えに行った者しか帰り道がわからないんだから
 離しちゃうとバブたちの魂は魔導師の世界で迷子になっちゃうかもしれない。
 するとまた魔導師の変なゲームに付き合わされる羽目になるだろうね」
「大丈夫、離したりしない」

マンゴジェリーが呟くように言うと、カッサンドラとタントミールが頷いた。

「バブはマンカスが迎えに行くの?」

静観していたボンバルリーナが問う。

「ダメだろうか。異性の方が良いと聞いたから俺が行くつもりだが」
「まるでパパのようね。迎えに行ってあげたらバブは喜ぶと思うわ。
 あなたも自分で行く方が安心でしょうし」
「それはそうだな」

それじゃあ、とミストフェリーズはひょいと目を上げた。

「カーバはディミが迎えにいくのでいいよね?」
「ちょっと待ってよ!」

素晴らしい勢いで振り向いたディミータは、
きりきりと目許を吊りあげて抗議の声を上げた。

「なんでさも当然というような口ぶりなわけ?」
「他に候補はいないじゃん」

あっけらかんと言い放ったのはコリコパット。

「ボンバルはここで待つだろ。
 俺がここにいるからジェリーは別に行かなくったっていいしさ」
「ディミだって行きたいんでしょ?」

ジェミマも口を挟む。

「あら、私が迎えたってかまわないのよ。ディミがいいならね」

うっとりするような笑みを浮かべてボンバルリーナが言う。

「いいわ、私がやる。別に厭じゃないし」

最初から素直になればいいのに。
誰もがそう思ったが、誰も口にはしない。
そもそも、ディミータが素直になるなどあってはいけないのだ。

「絵に描いたようなツンデレね」
「ジェリー何か言った?」
「いいえ、独りごとよ。あら、帰って来たわ」

ジェリーロラムの言葉で、教会に居た猫たちは一斉に窓の方を向いた。
窓辺にいたボンバルリーナが窓を押し開くとタガーが飛び込んできた。
続いて、ヴィクトリアとジェニエニドッツ、
スキンブルシャンクスが続いて最後はランパスキャット。

「お疲れ様。うまくいったみたいだね」
「首尾だけ見れば上々ってとこかな」

そう言いながら、スキンブルシャンクスが5枚の金貨を差し出した。
奇妙な柄が描かれ、傷一つなく部屋の仄かな明りで輝いている。

「さすがだよ。スキンブルたちなら大丈夫と思っていたけど
 僕の予想よりも早く回収してくれたしね」
「とても不思議な体験だったわ。夢の魔導師ってすごいのね。
 こんなに不思議なことを起こすことができるんだもの」

ミストフェリーズの隣に座りながらヴィクトリアが感心したように呟いた。

「魔導師だからね、力はあるんだよ」
「はた迷惑な奴だけどな」

ラム・タム・タガーがうんざりしたように言うと、
全くその通りだと言わんばかりにランパスキャットが頷いた。

「ひとまず、タガーたちの仕事はこれで完了だよ。
 あとはこのコインでバブたちを引っ張り戻すだけだ。
 さあ、コインを手に持ってその手で相手の手を握って」

黒猫に言われ、早速コインに手を伸ばしたマンゴジェリーは
その手をふと止めてコインに描かれた柄をじっと見つめる。

「どのコインじゃなきゃいけないとかって決まってんじゃねえの?」
「そうね。柄が違うもの」

カッサンドラも5枚のコインを見比べながら眉を寄せた。

「コインが決まっているのか。その手は考えなかったなあ。
 でも、何かしらヒントはあるはずなんだよ。
 カッサ、一応タンブルたちに心当たりがあるか訊いてくれるかい」
「了解」









「コインの柄?何か心当たりが無いかって?」
「ああ、カッサがそう訊いてきた」

コインを見つけることばかりに気を取られ、柄など見ていない。
しかも、コインは手に取ったと思ったら消えてしまうのだ。
カーバケッティは何かを思いだそうとしているのか首を捻っている。

「全然覚えがない。ギル、何か心当たりはあるか?」
「いいえ、僕もコインをよく見たわけではないので」

ギルバートはお手上げとばかりに首を振った。

「あたし見たわ」
「そりゃお手柄だ」

思わずカーバケッティは声を上げた。
これがわかれば、このよくわからない世界から抜けることができるのだ。

「どんなだった?」
「どんなのもこんなのも」

そう言って、ランペルティーザは携えていた槍を目の前にかざした。

「これと同じ柄だった。最初に扉に描かれてた模様と一緒よ」
「そうか。ならばカッサにはそう伝えよう。
 ギル、最初に俺たちに説明してくれた槍の種類とやらをもう一度聞かせてくれ。
 それをカッサにそのまま伝えるから」









「ランペルがかたかま槍、バブはかぎ槍、ギルがす槍、カーバは十文字槍で
 タンブルがりょうがま槍の柄になっているはずだということだけど。
 何か呪文のようね。武器の名前だと言っていたわ」

槍だということはわかるが、何がどういうものか見当がつかない。
音だけは正確に伝えたカッサンドラだが、さすがに柄を見てもわかりはしない。

「大丈夫、わかるわ」
「ジェリー、本当かい?」
「ええ。劇場には得物の類がけっこうあるし、ギルが時々教えてくれるのよ。
 それほど興味があったわけじゃないけど」

こんな時に役に立つとは思わなかった、とジェリーロラムは苦笑した。

「素槍はこれね。タント、しっかり連れて戻って来てよ」
「言われなくても」

しっかりとコインを握り、タントミールは頷いた。

「マンゴ、これが片鎌槍ね。ディミ、これが十文字槍よ。
 マンカス、鉤槍はこれ。両鎌槍はカッサね」
「思いがけない役者がいたね。これで舞台は整ったよ」

ミストフェリーズは満足そうに笑みを浮かべたが、
すぐに真剣な面持ちでコインを握る猫たちに向き直った。

「それじゃあマンカス、タント、ディミ、カッサ、マンゴ、コインを持った手で
 相手の手を握ってスタンバイして。よろしく頼むよ」
「何かコツとかあんの?」

ぎゅっとランペルティーザの手を握りしめ、マンゴジェリーが呟くように尋ねる。

「さすがに僕にも経験がないから気の利いたアドバイスはできないよ。
 とにかくランペルを呼び続けるんだ、気付いてくれるまでね」
「オッケ、充分だ」

マンゴジェリーは、安らかに眠る小柄な相棒の身体を抱きかかえるようにして
その小さな額に彼の額をそっと押しあて、目を閉じた。
その様子を見ていたマンカストラップとタントミールも同じように
手を握って額を押しあて、大切な者を迎える準備に入る。

「早く迎えに行ってあげなさいよ。独り取り残されたら彼が可愛そうよ」
「・・・わかってるわ」

躊躇うディミータの背をボンバルリーナが押す。
そして、ディミータがカーバケッティの手を取りくすっと笑った。

「いっつも調子いいことばっかり言ってるけど、寝顔は意外に可愛いものね。
 行ってくるわ、リーナ。独りじゃ戻らない」
「勇敢ね、貴方は。貴方達が戻ってくるまで待っているわ」

小さく頷いて、ディミータも夢の世界へと仲間を探しに行った。
残ったのはカッサンドラ。
既にタンブルブルータスとは繋がっているのだから、後は連れ戻すのみ。

「行ってくるわ。おばさん、スキンブル、タガー、ヴィク、ランパス、
 ありがとう。これでタンブルも戻ってこられる」
「早く行っておやりよ」
「ええ」

カッサンドラは、自分の手より随分大きなタンブルブルータスの手に
煌めくコインを載せてその上から己の手をそっとかぶせた。

「迎えの使者は揃ったね」

ミストフェリーズが呟いた途端、迎えに行った猫たちの身体から力が抜けた。

「夢の世界に辿りついたのかな」

タントミールの様子を窺いながらジェミマが呟いた。

「きっとそうよ。夜明け前にはきっと、ギルと一緒に戻ってくるわ」









カッサンドラの声を聞いた気がして、タンブルブルータスはふと顔を上げた。
今までよりもずっと近いところで聞こえる。

「何かありましたか?」

目ざといギルバートが槍を弄びながら声をかける。

「迎えに・・・きているのかもしれん」
「迎えに?ふうん、気配は感じないな」

カーバケッティは暫く辺りの気配を窺っていたが、諦めて首を傾げた。

「何でタンブルはそう思うんだ?」
「明らかにカッサの声が近い。傍にいる感じがする」

タンブルブルータスは宙に手を差し出した。
まるで、そこに彼女がいるかのように。

「タンブル?何してるの?」

不思議そうにランペルティーザが問いかける。

「ここに」
「ここに?」
「扉がある」

普段冗談すら言わない男がボケたとも思えず、ランペルティーザを始め
みんなリアクションに困って互いに顔を見合わせる。

「何も、見えませんけど」
「いや、俺にも見えるわけじゃないんだバブ。
 ただここに扉があることは感じるし触れることもできる。
 だが、この扉の向こうにカッサがいて俺はこの扉を抜ければ帰れる」
「俺はって?」

ここまできたら一蓮托生だと思っていたカーバケッティは
タンブルブルータスの言葉に疑問を覚えた。

「そのままだ。この扉は俺にしか感じられないし、俺しか通れない」
「行かないのですか?」

もう行けるはずなのに行こうとしないタンブルブルータスに
問いかけたのはシラバブ。

「少しカッサには待ってもらおうと思う。
 バブたちにも必ず迎えは来るだろうが、今は俺だけが向こうと繋がれる」
「心強いですねえ」

ギルバートは穏やかに微笑んだ。
そういうことだろうとは思っていたのだ。
強面で無愛想だが、ここにいるだけで安心感のある存在。

「早く来ないかな。絶対マンゴが迎えに来てくれるんだから」
「僕はタントが来てくれたら嬉しいですね」
「マンゴも近くにいるのかな。あれ?」

突然ランペルティーザがきょろきょろとしだした。

「何があったんだ?」
「カーバ、今私のこと呼んだ?」
「いや、呼んでないぞ。誰も呼んでないんじゃないか?」

じゃあ、とランペルティーザは嬉しそうに空に手を伸ばした。

「マンゴが迎えに来てくれたんだわ!だって聞こえたもん。
 私の名前呼んでくれて、それで」

伸ばした手をまっすぐ自分の前に下ろして、ランペルティーザは破顔した。

「ここに私の扉があるわ」
「その向こうにマンゴジェリーさんがいるのですね」
「うん、いる。わかるもん」

力強く言い切ったランペルティーザは、それでも行こうとはしない。
本当は今すぐ行きたいのだと傍から見ている猫たちにもよくわかった。

「ランペル、早く行けよ。早く戻ってマンゴとみんなを安心させてやれ。
 俺たちは後から帰る。だから気にすることはない。心配もいらない」

ランペルティーザの頭をポンポンと軽く叩いて
いつも通りの食えない笑みを浮かべたカーバケッティが言った。

「いいの?」
「いいと言っている。さあ、早く」

促されて、ランペルティーザは見えない扉に手を掛けた。

「それじゃあ行くわ。向こうで待ってる」

小柄な身体が一歩前に踏み出した、と思った瞬間
その影は跡形もなく世界から消えてしまった。

「行ったか。迎えがマンゴなら心配いらんだろう」
「そうですね。だったら僕も」

手にしていた槍を地面に置いて、ギルバートは目の前に手を差し伸べた。

「さっきからタントに呼ばれているんです。
 一足先に、僕も戻ろうと思います。カーバ、バブ」

ギルバートは扉に手を掛けながら仲間らを振り返った。

「願えば繋がれるのかもしれません。名を呼んでください。
 たぶん、迎えはすぐそこまで来ていて僕らを探しています。
 ここにいることを知らせてあげて下さい」
「わかった。行けよ色男」
「はい、ではお先に」

やはり、ギルバートの身体も空間に吸い込まれるように消えてしまった。

「名前を呼ぶったってなあ。来てくれんのかな」
「願えば繋がるって言ってたじゃないですか」
「そうだな。バブはもう呼ぶ名前は決まったのか?」

カーバケッティの問いかけに、シラバブは一瞬困った顔をした。

「正直、誰が迎えに来てくれるのかとかわからないんです。
 でも、いつも一番傍で私を見てくれる方を呼んでみようと思います」
「そうか。じゃあ俺も、一番来てくれたら嬉しい名前を呼んでみるか。
 よし、バブ。バブを一番傍で見守ってくれるのは誰だ?」

シラバブは嬉しそうに、そして大切そうにその名前を口にする。

「マンカストラップさん、きっと私を迎えに来てくれると思います」

それなら、と黙っていたタンブルブルータスが口を開いた。

「お前は誰に来てほしいんだ、カーバ」
「そりゃあもちろん」

何がそんなに嬉しいのかといわんばかりに輝く笑顔で
カーバケッティは中空に向かって思い切り手を伸ばした。

「俺の女神、ディミータさ!」
「ディミータはお前の女神じゃなくてギリシア神話の女神だろう」

冷めた声でぼそりと呟いたタンブルブルータスの声は
きらきらと目を輝かせる自称紳士のブチ猫に届いたかは定かでない。








ランペルティーザがうっすらと目を開くと、
彼女に覆いかぶさるようにしていたマンゴジェリーも目を開いた。

「ここ、教会?」

夢の世界も現実世界もそうそう感覚は変わらない。
だけど、ここはあまりに彼女にとって慣れ親しんだ場所だった。

「お、第一号!さっすが泥棒コンビ、何でも早いな!」

声を上げたのはコリコパット。
それを聞いた猫たちがみんな周りに集まってくる。

「他のみんなは一緒じゃないのかい?」
「心配しないでスキンブル。みんな順番に帰ってくるから」

ランペルティーザが言うのとほぼ同時に、
眠っていたギルバートとタントミールが小さく身じろぎをした。

「うん、そうみたいだね。おかえり、ギル、タント」
「ん・・・ああ、スキンブルですか。心配を掛けました。
 タントも、ありがとうございます。って、どうしたんですか?」

ぼろぼろと涙をこぼし始めたタントミール。

「あーあ、泣かしちゃった」

ジェミマが肩を竦め、ジェリーロラムは苦笑を浮かべる。

「僕のせいですか?」
「ギルのせいってわけじゃないけど」

ジェリーロラムはそっとタントミールの涙をぬぐって微笑んだ。

「ずっと心配して迎えにまで行ってくれたタントのために
 今日は入ってる予定全部キャンセルしてデートね」
「ちょっとジェリー!」

涙のせいだけではなく、明らかに顔を赤くするタントミールと
神妙な顔で、それでは喜んで一緒になどと言うギルバートを、
周りはいつものことだと半ば微笑ましく、半ば呆れて見守っている。

「おっと、マンカスとバブも戻ってきたみたいだね」

ミストフェリーズの一言で、全員が振り向いた。

「ただいま。バブ、大丈夫か?」

ぎゅっとマンカストラップの手を掴んでいたシラバブは
声を掛けられてゆっくりを目を上げた。
大きくまろい翠の瞳は、ほんの少し潤んでいる。

「もう帰って来たからな。心配はいらない」

マンカストラップの手が優しくシラバブの頭を撫でる。

「バブ、おかえりなさい。夢の世界は怖かった?」
「怖くはなかったですよ、ジェリーロラムさん。独りじゃなかったですから。
 でも、マンカストラップさんが来てくれたら何だか安心して」

不安を感じていなかっただけで、どこかに不安はあったのだ。
見知らぬ世界で、独りではなかったけれど。

「あら、ディミとカーバも帰って来たわね」

ぴくりと動いたディミータに気付いたのはボンバルリーナ。

「何か、妙な世界だったわ。カーバ、起きられる?」
「うん・・・?ああ、帰って来たか」
「そうよ。だから手を離してくれる?」

手はまだ繋がったままだった。
名残惜しく思いながらも、カーバケッティは素直にその手を外した。

「暖かいな、ディミの手」
「何言ってんのよ!」

またしてもいつものごとく口論が始まった。
とはいえ、感情的になるのはディミータだけだが。

「マンカス、放っておいていいわよ。あれは痴話げんかだから」
「まあ、ボンバルがそう言うなら」

苦労性のリーダーの悩みの種は尽きることが無い。

「あとはタンブルとカッサだけだね」









「カッサ、みんな扉を見つけたみたいだ。俺も今から戻るとしよう」

タンブルブルータスは、躊躇い無く扉を押した。
吸い込まれるような感覚があって、次の瞬間には真っ白の世界にいた。

「待っていたわ、タンブル。みんなのお兄さん」
「何もない処でひたすら待たせてすまない」
「いいえ。貴方の判断はとてもよかったと思っているわ。
 さあ、行きましょう。私の手を離さないでね」

カッサンドラはタンブルブルータスの手を引いて、何も目印のない世界を
迷うことなくどこかへと進んでゆく。
ちらりと振り返ったタンブルブルータスの目に入ったのは、
この世界へ来た時と同じ青色の扉。
その真ん中には金色に輝くコインがぴたりとおさまっていた。

「不思議な体験だった」
「私はずっと不安だったのよ。貴方が目覚めなかったらどうしようって」
「そうか。俺は全然不安などなかった」

違う世界にいても、大切な存在と繋がっていられた。
それだけで。

「心配してたらお腹すいちゃったわ。帰ったら何か食べましょう」
「俺も何も食べてない。うまいもを食いたいな」

歩いて歩いて、曲がって歩いて。
カッサンドラとタンブルブルータスの前に突如立派な扉が現れた。

---さようなら、五つ目の魂
---さようなら、勇ましい使者
---扉を抜け、己が世界に戻るがよい









「戻ってきたね」

ミストフェリーズはふっと笑って窓の外を指さした。

「夜が明ける。夢はここまでだ」

窓から白い光が差し込んでくる。

「みんな集まってくれたのか」
「そうさ。僕なんかもう大活躍だよ」

ミストフェリーズが胸を張れば、早速抗議の声が上がる。

「てめえはここでうんちく垂れてただけじゃねえか」
「その蘊蓄がなけりゃこうはうまくいかないよ」

朝からミストフェリーズとタガーは元気だった。
これもまた、苦労性のリーダーには頭痛の種になる。

「変な世界でしたね」

シラバブが窓の外を眺めて呟くように言う。

「でも、ちょっと楽しかったかも」

ランペルティーザはまぶしさに目を細める。

「もう二度と行きたくはないですけれど」

ギルバートがうんざりと言った表情を見せれば、
カーバケッティは深く頷いた。

「あんな変な生き物に挑まれ続けるなんてまっぴらだ」

夢の世界の話を、5匹がみんなに話して聞かせていると
ジェニエニドッツとジェリーロラム、ジェミマが
たくさんのパンが入ったバスケットを抱えて部屋に入ってきた。

「さあさあ、話も良いけどまずは腹ごしらえといこうじゃないか」

わっと猫たちから歓声が上がる。
思い思いに好きなものを手にとって、猫たちは朝ごはんに齧りついた。

「こうして美味いものを食って、皆の声を聞いて、
 カッサの顔を見ていると、帰ってきてよかったと心から思う」
「まあ、タンブルったら」





穏やかな朝が訪れた。
黒い奇術師は、まだ薄暗さの残る西の空に顔を向けた。

「今回は僕らの勝ちだね。夢の魔導師」




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Jellicle Warrior 第四弾!
予定通り最終回。

この回の冒頭部分は、前回の話の最後と時系列的には前後しますね。
でもって最後は恋愛模様っぽいところがいくつか。
タンブルがおいしいなあ。
カーバはカッコよくなりきれないし。

最後はけっきょくギャグっぽくないし。
ほのぼのして終わり。

タントとギルはべた甘推奨な方向で。

無事に帰りつくことができました。
お付き合いありがとうございました!




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