安息の場
これはミストフェリーズがこの街に来たばかりのころの話。。。
この日も夕方になるまで街の探検を続けていたミストフェリーズ。
探検の仕上げに、教会に立ち寄ろうと歩いていた。
目的はマンカストラップやラム・タム・タガーなどの兄猫に遊んで貰うこと。
マンカストラップはふらりと街に流れ着いたミストフェリーズを快く迎え、その後もよく面倒を見てくれていた。
ラム・タム・タガーは天の邪鬼ではあるが、本当によく可愛がってくれている。
教会に辿り着いて、中に踏み入れようとした瞬間。
「マンカス!タガー!帰ってくるのが約束より1時間も遅いじゃないか!」
怒号が飛んできた。
自分が怒られたかのような感覚に陥って、ミストフェリーズの脚は一瞬すくんだ。
が、いつものことだと思い直してそっと中をのぞき込む。
中では項垂れて立っているマンカストラップとタガーの姿がある。
その前に仁王立ちになっているのはタンブルブルータス。
「何度言ったら分かるんだ!?今日は晩飯抜き!」
怒り心頭の模様。
マンカストラップ達が「え~!?」と講義しても聞く耳持たず。
熱血保護者は今日も健在だ。
しかし、街に来たばかりとは言え何度もこのような光景を目にしたミストフェリーズは慣れてしまっていた。
こんな時は何もしないに限る。ソロリと帰ろうとした。
「ん?ミストじゃないか?」
どのようにして姿を見つけたのか、タンブルブルータスはめざとく黒猫の姿をとらえ、声を掛けた。
「どうしたんだ?遊びに来たのか?」
「あ、別にそんなわけじゃないよ。気にしないで続けて下さい」
動揺して、妙な言葉を返して出て行こうとするミストフェリーズ。
タンブルブルータスは苦笑した。続けて下さいと言われては続ける気が失せる。
「遊びに来たんだろ?すぐ終わるから奥にでも行ってろ。カッサが何かくれるだろ」
「じゃあお言葉に甘えて」
食べ盛りの仔猫にとって、カッサンドラがくれるという「何か」はすごく魅力がある。
足取りも軽く奥へと向かう。
タンブルブルータスも気合いを入れ直して説教を再開したらしい。
ミストフェリーズ背後からは彼の声が響いてきた。
「お邪魔します・・・カッサンドラいないの?」
誰かがいる気配を感じつつも、カッサンドラの気配をつかめずに部屋へと入ってゆくミストフェリーズ。
陽は沈みきってはいないのに部屋は暗い。カーテンが閉まっているらしい。
「誰かいるよね・・・誰だろ」
独り言を零しながらうかがう様に辺りを見回すと、誰かが寝ているらしい。
「マキャヴィティ・・・だったっけ」
街に着てすぐ、といってもそれほど前ではないのだけれど、一度紹介されて会ったきり見ていなかった金色の毛並み。
確か、タンブルブルータスと同い年だといっていた。
あまり外には出たがらないのかも知れない。
気持ちよさそうに寝入っているマキャヴィティ。
こういうのを見ると悪戯をしたくなるのがお子様の心理というもの。
まずは突付いてみる。反応がない。
くすぐってみる。やはり無反応。
ついに、鼻と口をふさぐという手段に出る。それでも反応しない。
さすがに心配になったミストフェリーズは、マキャヴィティの口元に耳を寄せた。
規則正しい寝息が聞こえる。
「よかった・・・」
安堵の息をついたら、自分まで眠気に襲われた。
「気持ちよさそう・・・」
小さな黒猫は、何の躊躇いもなく、大柄な兄猫の白い胸元へと身体を滑り込ませた。
そしてすぐに小さな寝息を立て始めたのだった。
「あら、かわいいお客様ね。」
オールドデュトロノミーのもとから戻ってきたカッサンドラはクスッと笑って言った。
彼女の目線の先には、仔猫を抱いて優しく見守っているマキャヴィティの姿。
敏感ではない彼も胸元に入ってこられて気付かないわけがない。
「とんだお客様だな。俺の昼寝邪魔してくれて」
「でも嫌じゃないんでしょ?マキャってば凄く嬉しそうに笑っているもの」
「そうか?」
言いつつ、マキャヴィティはミストフェリーズをそっと抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まる小さな黒猫が、呼吸に合わせて規則正しく動いている。
「お腹空いたでしょう?何か持ってくるわ」
入ってきたばかりだというのに、カッサンドラはそっと部屋を出た。
あまり感情を露わそうとしないマキャヴィティが、どことなく嬉しそうにミストフェリーズを抱きかかえている。
邪魔をしたくないではないか。
「…マキャヴィティ?」
部屋を出て行くカッサンドラを見送っていたマキャヴィティは、突然名前を呼ばれて驚いたように手元を見た。
金色の目がマキャヴィティを見つめていた。
「起きてたの?」
無邪気に笑顔を浮かべてミストフェリーズはマキャヴィティにじゃれつく。
マキャヴィティは静かに頷いてミストフェリーズの頭を撫でてやった。
「まだ寝るか?」
「ううん、もう起きた。マキャヴィティと遊ぶ」
「マキャでいいぞ。もうすぐカッサがおいしいもの持ってきてくれるからな」
「やった!一緒に食べる!」
目を輝かせるミストフェリーズからは眠気は吹っ飛んだらしい。
マキャヴィティの腕から抜け出すと、光を遮っているカーテンを引いた。
差し込む夕日。もう沈み掛けている陽の光が眩しい。
マキャヴィティは反射的に目を細めた。
「マキャって目が真っ赤だね。宝石みたい」
眩しそうにしていたマキャヴィティの前に立ってミストフェリーズはニコニコとしていた。
赤い目が珍しいのか、なかなか目を離さないのでマキャヴィティは視線のやり場に困った。
「あら、ミスト。起きたのね?おやつ食べる?」
窮地を救うかのように入ってきたのはカッサンドラ。
おいしそうなマドレーヌと温かなミルクを手にしている。
もちろんマドレーヌはカッサンドラの手作りだ。
「食べる!みんなで食べようよ」
いそいそとマキャヴィティの隣に座って、仔猫は嬉しそうにカッサンドラの手元を見ている。
カッサンドラはミストフェリーズとマキャヴィティにマドレーヌとミルクを渡した。
「食べていい?」
キラキラと目を輝かせて尋ねるミストフェリーズに、カッサンドラは頷いた。
「いただきま~す!」
勢いよくかぶりつく仔猫に負けじと、マキャヴィティもマドレーヌに食いついた。
「おいしい!」「うまいな」
彼らの声が重なった。
幸せそうな笑みがこぼれている。
「いくらでも食べてね。まだまだあるのよ。ちょと作りすぎちゃって・・・」
苦笑しながらカッサンドラはマドレーヌを持った皿を差し出した。
「タンブルの分は良いのか?」
「ええ、取ってあるわ。でも、そうしなくても腐るほど有るのよ。お裾分けに行かなきゃ」
教会の一室に3匹の明るい笑い声がこだました。
至福の笑い声はタンブルブルータスたちにも届いていただろうか。
日も沈んだ頃、タンブルブルータスが引き上げてきた。
「なんだ、今日は泊まりか?」
「そうね。気持ちよさそうに寝ているもの」
タンブルブルータスとカッサンドラの見ている先にはマキャヴィティに抱かれて眠る黒い仔猫の姿があった。
お腹もいっぱいになり、気持ちいい兄猫の腕の中で幸せそうに穏やかな寝息を立てている。
「タンブル、マドレーヌ食べない?」
「もちろん食べるさ。カッサが焼いたんだろう?」
「ええ、そうよ」
カッサンドラとタンブルブルータスは、足音をたてないように部屋を離れた。
教会の一室で、幼いミストフェリーズは小さな寝息を立てていた。
優しい光を宿した、赤い瞳に見守られながら―――。
舞台上ではマキャヴィティとミストフェリーズは、ある意味で対決するわけですが、
こんな時があったっていいんじゃないかと思います。想像は自由だ。
随分昔に書いた話ですので、他のお話とは別物と考えていただけると幸いです。