二つ目の誕生日
夜の噴水は静かなもの。
水は止まっているし、なんと言っても今日は風がない。
明かりを授けてくれるはずの電灯も切れたまま、ここ数ヶ月は交換されていない。
暗さがさらに静けさを誘っているよう。
「静かすぎるのも、嫌なもんだ」
独り言を洩らして噴水の淵に座っているのはタンブルブルータス。
彼は待っていた。
大切な友を。
「待たせたな、タンブル」
背後から低く重々しい声が聞こえてきた。
その声とともに金色の毛皮をまとった大柄な雄猫が近づいてくる。
「今年はもう来ないかと思ったぞ、マキャ」
振り返ったタンブルブルータスは寒さで冷え切った手を友に差し伸べた。
もう数時間、この寒空の下で彼を待っていた。
来ると信じて。
だから、来ないかと思ったなんて嘘だった。
マキャヴィティはタンブルブルータスの隣に並んで座った。
お互いのぬくもりが感じられる。
マキャヴィティが腰を落ち着けたのを横目で確認したタンブルブルータスが口を開いた。
「なあ、マキャ。いつになったら戻ってくるんだ?」
ずいぶん前、まだ大人と子供の境目を彷徨っていた頃。
マキャヴィティはこの街を出て行った。
理由はあったけれど、彼はほとんど語ろうとはしなかった。
ただ、「必ず戻る」と親しかったタンブルブルータスとカッサンドラにだけ言い残して街を去った。
言葉通り、彼は戻ってきた。
でも、それは昔のマキャヴィティではなかった。
すべてのものに牙をむき、爪を立てる犯罪王としてだった
タンブルブルータスが待っているのはあの優しかった幼なじみ。
「さてな。いつだろう」
マキャヴィティは小さく応える。
彼にさえ分からない、犯罪王はもう一人の自分なのだけれど。
「俺は待つからな。お前が犯罪王に打ち勝つのを」
タンブルブルータスの言葉は静かに闇に溶ける。
去年も、一昨年も、その前も同じことを言った。
その度に胸が苦しくなるのは仕方のないことなのだろうか。
恋という感情にちかいのではないの、とある時カッサンドラに言われた。
「お前は俺を待つと言うが・・・今更俺に帰る場所などあるまい」
マキャヴィティはふっと呟いた。
タンブルブルータスはマキャヴィティの横顔を見て笑みを浮かべた。
「そんなこと、思ってないくせに。知ってるんだろ?
俺たちの中に爪弾きをするようなつまらないヤツなんていないことくらい」
マキャヴィティはタンブルブルータスの方を見た。
目が合う。
マキャヴィティも微笑んだ。
昔と何も変わらない柔らかい笑顔で。
それが肯定の印。
夜も遅い。
日が変わる前に、タンブルブルータスにはしなければならないことがあった。
彼の手にはチキンが二つ。
もう冷えてしまっているけれど、カッサンドラが焼いてくれたものだった。
何年間も、同じように。
「マキャ」
タンブルブルータスは改めて友の名を呼んだ。
「誕生日、おめでとう」
そう言ってチキンを一つ手渡す。
「ありがとう」
マキャヴィティは嬉しそうに受け取って笑った。
「じゃあ食べようか」
タンブルブルータスはそう言うとチキンにかぶりついた。
マキャヴィティも同じようにかぶりついている。
街を出て行く前から、毎年マキャヴィティの誕生日はカッサンドラが焼いてくれたチキンだった。
本当に彼がこの日に生を受けたのかどうか、それは誰も知らない。
知らないから、この日だと決めた日が誕生日になった。
マキャヴィティは満足そうに空を仰いだ。
満月からは幾分か時間のたった不格好な月が居る夜空を。
「お前と祝う誕生日を楽しみにしていた。
幾つになっても忘れないでいてくれることが俺の救いだ」
マキャヴィティがぽつりと呟いた。
マキャヴィティが街を去る、その背後で叫んでいたタンブルブルータスの言葉は今でも覚えている。
『お前の誕生日は噴水の前で待ってるからな。来るまで待つからな!
来いよ、カッサのチキン持って待ってるからな!』
空を仰ぐマキャヴィティの隣でタンブルブルータスは小さく呟いた。
「お前と出会ったとき、俺には二つ目の誕生日ができた」
マキャヴィティは顔を元に戻して柔らかい笑顔を見せた。
「ありがとう。タンブルの誕生日が俺の二つ目の誕生日だ」
どちらともなく笑いが零れる。
この日しか許されない友との再会を心から喜ぶように。
夜が明ける頃、マキャヴィティは去っていった。
いつか帰ると約束して。
来年のこの日の再会を誓って―――
記念すべき第一回RBフェスティバル終了時の御礼。
このころからタンブルとマキャで書くのが好きだったみたいです。
二匹は幼馴染というやつです。
猫の歳の取り方がどうとかこうとかは突っ込みなしでお願いします。
マキャヴィティは犯罪王の狂気を内在している黄色い猫です。
タンブルとの約束が、一種この街にやってくる引き金になってるんですかね。