いつか雪の溶ける日まで

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最終更新日: 2018-11-11
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いつか雪の溶ける日まで



カッサンドラは教会の礼拝堂にいた。
先刻、最後のチャペルが終わり牧師やシスターといった教会で奉仕する人々も
そこには残っていなかった。

静かな冷たい夜。
ガラスを通った、刺すような月の光が彼女の足元に届いている。
カッサンドラは礼拝堂にある十字架の前で手を組んだ。

「私は今とても幸せです。愛することも、愛されることも知って幸福に生きています。主よ、感謝いたします」





カッサンドラは街で生まれ育った。
両親は知らず、ジェニエニドッツとオールドデュトロノミーの保護下で、大きな愛と優しさに包まれ育っていった。


そのころの街は荒れ、表面上リーダーはいるものの、水面下では常に権力闘争が絶えることはなかった。
子供だったカッサンドラは蚊帳の外だったし、親代わりのジェニエニドッツが争いごとを嫌ったので
ややこしいことに巻き込まれることもなく平穏に暮らしていた。

そんな中でジェニエニドッツが生まれて間もない仔猫を拾い、その仔はカーバケッティと名づけられ、
カッサンドラは弟のようによく面倒を見ていた。



そしてある年の冬。
異常気象か、36年周期の大雪にあたったのか、街には雪が積もっていた。
外に出れば体がぬれてしまうし、そうかと言って出て行かなければ食料がない。
無論、街に出たところで食料などそう簡単には見つけられない。

抗争を繰り返していた街の猫たちには助け合うなどありえないことだった。
元来、猫というのは孤独だし馴れ合いを求めない。
それでも一緒に暮らす仲間だったら、どうしようもなく困ったときは助け合いを必要とするはず。
しかし、対立する猫たちは少しの食料を見つければそれを奪い合い、争いに敗れたものは空腹に耐えるしかなかった。



「ジェニエニドッツ、今日も何もないの?」

とってあった食料もほとんど底をついて3日が過ぎた。
空腹に耐えかねたカッサンドラはついにジェニエニドッツに尋ねた。

「ごめんね、今日も我慢しようね」

それだけ言って悲しそうに表情を曇らせるジェニエニドッツの姿に、カッサンドラは子供心に置かれた状況の悲惨さを悟っていた。
成長盛りのカーバケッティも、栄養不足からかぐったりして毛布の上に丸まっている。
ジェニエニドッツが毎日のように外に食料を求めに行っては手ぶらで帰ってくる日が続いていた。
小さいカッサンドラでさえわかるほど、ジェニエニドッツは疲労していた。

「ジェニエニドッツ、今日は私が探してくるわ。だからカーバを見ていてあげて」

ほんの少し、残っていた食料を食いつなぎ耐えていたカッサンドラたち。
それでも、疲れきったジェニエニドッツや弱ってゆくカーバケッティを黙ってみているなどカッサンドラにはできなかった。

「カッサンドラ、外は寒いよ。それに食べ物なんて見つかりっこない、変なことに巻き込まれる心配もある。
 出て行かないほうがいいよ」

ジェニエニドッツは忠告する。
言ったところで意志の強いカッサンドラが外出を諦めることはないとわかっていたけれど。

「わかっているわ。でも、行かせてほしいの」

やはり彼女の意思は揺らがない。
ジェニエニドッツはため息をついた。ここで粘っても無駄なこと。
わかっていたからこそジェニエニドッツは頷いて見せた。

「ありがとう、今日中には戻るわ」

ただそれだけを言うと、カッサンドラは雪の積もる街に出て行った。



どんよりと雲の立ち込める空が、さらに重々しい空気を作り出しているようだった。
ずっと部屋の中にいたせいで、カッサンドラは街がどうなっているかほとんど知らなかった。
思っていたよりも状況は良くなかった。
人間たちが捨てるものも凍りつき、残っていたものはいろいろな動物たちが食い荒らしていた。
猫たちも犬たちも、少しだけ残っている鳥たちでさえ必死なのだろう。

「本当に何もないわね・・・あ!」

レストランの前を通りかかったカッサンドラは、店員らしき人物がゴミ袋を持って出てきたのを目にした。
このところレストランも雪のせいで休業しているとジェニエニドッツが言っていたけれど、営業を始めたのかもしれない。

「幸運だわ、食べ物だったらいいけど…」

そう呟いて、寒さに震える体でそこに走り寄った。
あまりの気温の低さに鼻も利きにくくはなっていたけれど、それでも食べ物の匂いがする。

「良かった。これでカーバにも食べさせてあげられる」

ホッとして、カッサンドラが袋に手をかけたその時―――

「おい、邪魔だ。どけ!」

そんな声とともに、カッサンドラの小さな体は弾き飛ばされてしまった。

「何をするの!?」

すぐに体勢を立て直して、自分を弾き飛ばした相手を睨み付け、カッサンドラは叫んだ。
彼女よりもかなり大きな雄猫だったけれど、彼女は怯まなかった。

「ガキにやる食い物なんてねえんだ」

それだけ言うと、その雄猫はさっさと食料をくわえて行こうとした。
しかしその時、もう一匹若い雄猫が現れ、先の雄猫の食べ物を奪おうと飛び掛る。
雪を蹴散らし、爪を立て牙を向き合う仲間たち。
カッサンドラはただ、唖然とするしかなかった。

「フン、馬鹿なやつもいるもんだ。」

結局先にいた雄猫が勝ったらしく、再び食料をくわえて行ってしまおうとしていた。

「ちょっと待ってよ!」

カッサンドラは怒鳴った。
年上であろうがなんだろうがこの時のカッサンドラには関係のない話。

「何だ?文句でもあんのか?」

不機嫌そうに振り返った雄猫はカッサンドラを見下ろして言った。

「それは私が先に見つけたの。
 あなたもお腹が空いているでしょうから全部とは言わないわ、でも、半分くらいは私にも分けて!」

必死に訴えるカッサンドラに、雄猫はあざけりの笑みを浮かべる。

「そんな甘っちょろいことでは生きていけねえんだよ」
「幼い子がいるの、食べ物がないからお腹空かせて待ってるの!」
「それがどうした」

カッサンドラの必死の言葉を一蹴した雄猫はきびすを返して言った。

「今は自分のことで精一杯なんだ、ほかのやつの心配なんかしてやれるもんか」

雄猫はさっさと行ってしまった。

「どうしてなの?どうして・・・」

絶望と困惑に表情を曇らせたカッサンドラは、先ほどの争いで傷ついた若い雄猫の元へ歩み寄った。

「大丈夫?」

しかし返事がない。
不審に思ったカッサンドラは、彼の口元に耳を近づけた。
息をしていない。
空腹の上に、傷ついた彼に生き残る道は用意されなかったのだ。

「どうしてなの?どうして助けてあげられないの?」

いよいよ混乱の極みか、カッサンドラはぽろぽろと涙を流しながら戻っていった。





帰ってきたカッサンドラをジェニエニドッツはそっと抱きしめた。
カッサンドラはジェニエニドッツの胸に顔を埋めてやっとの思いで問う。

「どうして同じ仲間なのに争わなくてはならないの?

どうして街の仲間が苦しんでいるのに助けてあげられないの?」

ただ純粋に育てられてきたカッサンドラには、先刻の出来事は衝撃だった。
目の前で仲間だったはずの猫が嘲りの言葉を投げかけたのも、仲間が息絶えたことも。

「カッサンドラ、言ってなかったけれど、この街の猫たちはほとんど街を去ってしまったの。
 もう戻ってこないかも知れない・・・我慢するのよ、雪が溶けるまで」

腕の中で涙を流すカッサンドラにジェニエニドッツはそれだけ言って頭を撫でる。

「そう…だったのね」

何とか理不尽な思いを押さえつけ、カッサンドラはカーバケッティを見やった。
幼い彼は元気なく毛布の上に丸まって目を閉じていた。

「カーバ、ごめんなさいね。お腹すいたでしょう?」

カッサンドラが呟くように話しかけると、カーバケッティは薄く目を開いた。

「大丈夫…だよ。カッサ姉ちゃんが謝ることじゃないし」

力なく微笑む弟猫の姿に、カッサンドラは再び涙が零れ落ちるのを感じた。
カッサンドラだってお腹もすいている、虚しい思いもしなければならなかった。

「何処へ行くんだい?」

フラッと立ち上がったカッサンドラにジェニエニドッツが声を掛けた。
カッサンドラは小さく笑った。

「礼拝堂。お祈りに」



カッサンドラは説教台の上に立った。
小さなカッサンドラにしてみれば、さほど大きくない礼拝堂の十字架はとても大きなものだった。
今は誰もいない礼拝堂にも、チャペルの時間はイエスを信じる人間達で一杯になる。
この説教台の上から響く牧師の言葉に耳を傾けている。

何も無いかもしれない。神様を心から信じたことはない。
でも、何もせずにはいられない。
カッサンドラはそっと手を組んだ。
静かに、ただ祈った・・・小さな幸福を、普通に生きるという小さな幸福を。

目を閉じていたカッサンドラは、気配を感じゆっくりとまぶたを持ち上げた。
振り返ったカッサンドラの目に映ったのは見慣れた姿。
オールドデュトロノミーの優しい笑顔がそこにはあった。

「長老…私、どうしたらいいの?」

訳も話さずただそう問いかけるカッサンドラの頭に、オールドデュトロノミーはそっと手を乗せた。

「カッサンドラ、もう大丈夫だ」

どういうことなのかと見上げるカッサンドラに、オールドデュトロノミーは扉の方を指し示して見せた。
その先に立っていたのは、舞台衣装に身を包んだアスパラガスだった。

「ガスおじさん・・・」

公演で各地を巡っていたガスが街に戻ってくるのは久々だった。
お土産を手に一杯持っている。

「久しぶりだなあ、カッサンドラ。街は大変なことになっているみたいだな。
 ほら、おいしいもん持ってきてやったからジェニーと一緒に食べておいで。」

腕に抱えたものをカッサンドラに惜しげもなく渡し、ガスは明るく笑った。

「こんなに・・・いいの?」
「ああ、遠慮無く喰えばいい。足りなければまた持ってきてやる」
「ありがとう!これでカーバにも食べさせてあげられるわ」

嬉しそうに言って、走っていくカッサンドラ。
その小さな背を見送り、ガスは呟く。

「優しい子だな、カッサンドラは」
「良い子に育っておる。これも、ジェニエニドッツやお前さんのおかげかのう」
「ははは、よしてくれ」

少しばかり照れくさそうに笑い、ガスは少女が走っていった方から外に視線を移した。

「溶けない雪はない。いつかは暖かい日が訪れる。あの子達には俺たちがついているんだ。
 絶対に守ってみせるさ、これから先も」

ガスの言葉にオールドデュトロノミーは頷いた。

「街のわだかまりも消えていくだろう。この街を去る者はこの街にいることを必要としないからだろう。
 この街にいることを必要とするものは自ずと集まってくるものだ」







あれから何年もの時が過ぎた。

カッサンドラは、最年長の姉猫として街の猫たちを支えてきた。
小さい頃、カッサンドラを独り占めしていたカーバケッティは、どこか紳士めいた青年になった。
どこか理知的で優しいところはカッサンドラに学んだのかもしれない。
ついこの間まで、こっそり姉のような彼女に思いを寄せていたことを知るものは少ない。



オールドデュトロノミーの言葉通り、その後街にはジェリクルと呼ばれる猫たちが集まってきた。

「運命を感じた」などと言いつつこの街にいついたタンブルブルータスも、
今ではすっかりカッサンドラと公認の仲になっている。



「私は今とても幸せです。愛することも、愛されることも知って幸福に生きています。主よ、感謝いたします」


こぼれ落ちそうなほどの個性のいっぱい詰まった仲間たちの声を耳の奥に聞きながら、
カッサンドラは静かに十字架の前で手を組んだ。

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ある時突然TOPファンフィクを書くことにしました。
なんでかな。妹が受験生だったからでしょうかね。。。

で、その時あった楽譜の歌詞を見ながら考えた話がこれ。
ちなみに、歌詞とは全然関係ない話になりました。
(「夢みたものは」という、知ってる人は知ってる曲)

たぶん当時はカッサンドラとカーバケッティの過去話が書きたかったのでしょう。
でも、カーバはおまけでカッサのお話になってしまいました。


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