都合のいいこと of Jellicle Banquet

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最終更新日: 2018-11-11
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都合のいいこと



だいたい誰でも感じたことはあるだろう。
おとなだ、こどもだと言うけれど、そんなのその時の都合じゃないかって。



いかなタンブルブルータスでも、時にはひとりで出歩くこともあるものだ。
薄雲が空に貼り付けられたような、すっきりしない日の午後。
彼は特に目的も持たずに街に出た。要するに散歩。
カッサンドラが傍にいないだけでタガーにはからかわれ、
マンカストラップには喧嘩でもしたのかと本気で心配された。

しかし、そんな事もさらりと流してタンブルブルータスは住処に戻ろうとしていた。
戻ればカッサンドラが飲み物とお菓子でも用意して待っていてくれるのだろう。

少し迷って、タンブルブルータスは教会の敷地に入っていった。
帰るにはここが近道になる。
教会を通ると誰かに会うかもしれない、だからちょっと躊躇ったのだけれど。
先程マンカストラップには会ったし、シラバブも広場でミストフェリーズと遊んでいた。
デュトロノミーが出てくることはないだろう。



誰にも会わないはず、そんなタンブルブルータスの思惑は見事に覆された。

「あ、タンブル。珍しいわね。」

ちょっと硬質な高い声。
その声は窓から振ってきた。

「ジェミマ…何をしている?」

声の主はジェミマ。本来こんなところにはいないはずの少女だった。

「秘密、でもないけどね。タンブルこそ何してるの?」
「俺は散歩だ。ところでジェミマ、独りか?」

他に誰かがいる気配もない。
教会の部屋に独りはなかなか物寂しいものだ。

「独りじゃないわ。もうすぐランパスができるの。」
「…ランパス?できる?」

タンブルブルータスは首を傾げつつ気配を探ってみるが、やはりジェミマだけのようだ。
しかし、タンブルブルータスも猫であるから好奇心は生まれついてのもの。
秘密と言われたこともあってか、少しばかりジェミマの言動が気になった。

「そっちに行ってもいいか?」
「いいわよ。でも変なことしちゃダメよ。」

屈託のない笑顔で言えるのは、やはりこどもだからだろうとタンブルブルータスは苦笑する。
無論、彼にはカッサンドラという公認の彼女がいるからジェミマも冗談のつもりだろう。
タンブルブルータスは軽い跳躍で窓の枠に飛び乗った。
長身の身体を軽々と操っている姿に、ジェミマはちょっとした尊敬の眼差しを送った。

果たしてそこでタンブルブルータスが見たものは。
せっせと裁縫に勤しむジェミマの姿。
いつもの明るく快活で、少々羽目を外すことも多いお転婆な少女は影を潜めている。

「何を作っているんだ?」
「ランパスよ。これ試作品なの。ちょっと小さいけど…可愛いでしょ?」

そう言って、ジェミマは手元にあった手のリサイズのぬいぐるみを差し出した。
なるほど、よく出来ている。
掴みあげるとくたくたとなってしまうランパスキャットのぬいぐるみ。
手触りもいいし、丁寧な縫い目のお陰で素材の質感も落ちていない。

「上手いものだ。この可愛さのひとかけらでもあいつにあったらな…」

ふと、斑猫の顔が浮かんだのかタンブルブルータスは呟いた。
それを耳にしたジェミマがくすくすと笑う。
タンブルブルータスの口からこんな台詞が出てくるとは思わなかったのだ。

「それは…それもランパスか?大きいな。」
「そうよ。これはランパスにあげるの。いつも迷惑かけてるからお詫びと感謝ね。」

ジェミマは一抱えもありそうな塊を一針一針丁寧に縫っている。
もう随分と形もできている。
やはりくたくたとしているぬいぐるみに、タンブルブルータスは頬を弛めた。

「きっと喜ぶぞ。」
「うん、喜んでくれると思うわ。」

ジェミマは細い指先で器用に針を操る。
糸が引きつってしまわないように、そして決してほどけてしまわないように。
ランパスキャットにぬいぐるみ、というのは何かミスマッチのような気もするけれど。
きっとあの無愛想な斑猫は、可愛がっているジェミマからのプレゼントを心から喜ぶのだろう。

真剣な眼差しの少女は、少女と言うのが少し憚られるほどにおとなびて見えた。
こどもだと思っていた、正直なところ。
でも、いつの間にかこんなに成長していたのだ。
いつもはおとなになろうと背伸びしている少女。
今は…子ども心を忘れないおとなといったところか。

「タンブル、それ気に入ったの?」


ジェミマに声を掛けられタンブルブルータスは我に返った。
気付けば、先程手渡された小さいランパスキャットのぬいぐるみをずっと撫でていた。
どうも手触りが良くて、無意識に触ってしまうのだろう。

「気に入ったならあげるわよ」
「え…いや、それは…わ、悪いし」

しどろもどろになって何か言おうとするものの言葉が続かない。
いらない、とも言えず。

「悪くないわよ。それ、気持ちいいでしょ?」
「ああ、まあな。」
「ランパスでいいならあげるわ」

あげるわ、と満面の笑みで言われるとなおのこと断ることが出来ない。
これといって断る理由もない。
少し困った顔をしたタンブルブルータスだったが、快く貰うことに決めた。

「貰っていいのか?」
「いいって言ってるじゃない」

ちょっとだけ呆れたように、それでも嬉しそうにジェミマは言う。

「いつもね、ジェリーと一緒に作るの。ジェリーはとっても上手なのよ」
「そうだろうな」

相槌を打つタンブルブルータス。
器用なジェリーロラムのことだから容易に想像できる。
器用さならばカッサンドラと張るだろう。

「ジェリーと一緒に作ったらやっぱり比べちゃうのよね」
「それに焦ってしまうんだろう?」
「そうよ、わかる?」

ふっと息を吐くジェミマに軽く頷いてみせるタンブルブルータス。
自分だって不器用だから。
例えばカーバケッティとか、器用な仲間と何かをすると焦ったものだ。

「今は…比べるのはやめた」
「ちょっと諦めも入ってるでしょ?」

ジェミマの言葉は少し棘が感じられるけれど、間違えていないから何も返せず。
代わりに溜め息で済ませておいた。

「私も比べたくないけどね」

負けず嫌いだから、と照れたように笑うジェミマ。
つられてタンブルブルータスは苦笑する。

「ひとりだったら比べなくて済むし。ゆっくり作れるから丁寧にできるでしょ?」

自分に言い聞かせているようにも聞こえる。
言いつつも返し縫いなどしているのだから存外器用なのかもしれない。

それにしても。
タンブルブルータスは手元のぬいぐるみをまじまじと見た。
可愛らしい、というか力が抜けるような表情に仕上がっている。

「癒し系…というやつか」

ぼそっと呟く。
タンブルブルータスにしてみれば何気ないこと。
しかし。
その瞬間にジェミマが吹き出した。

「何かおかしいか?」

ツボに入ったのか、涙が出そうなくらい笑うジェミマ。
笑いすぎて呼吸困難になりはしないかとタンブルブルータスは心配にすらなる。

「だって、タンブルがそんなこと言うなんて思わないもん」

脇腹が痛くなったのか、おもしろさと痛みをこらえながらジェミマは言う。
お堅いヤツ、というのが正直なところの彼の印象。
彼ですらぬいぐるみに癒されるのか、と思うと何かおかしかったのだ。

「悪かったな。」

こうして笑っている姿を見ればやっぱりお子様だ。
タンブルブルータスは再び苦笑する。

「拗ねないでよ。あ、そうだ。ちょっと待っててね」

糸を留めて、そっと作りかけのぬいぐるみを置くとタンブルブルータスが何かを返す間もなくジェミマは部屋を出て行った。
と、思ったら数分くらいで戻ってきた。

「このココアおいしいのよ。クッキーも食べてね」

手にしていた二つのカップの内、一つをタンブルブルータスに手渡し、クッキーが盛られた皿を差し出すジェミマ。

「悪いな、なんか貰ってばかりだ。」
「いいのよ。せっかく作ったんだし、誰かに食べてもらいたいもん」

それでね、と続きを言いかけて、ふと口を噤む少女。
何だろうと思いつつも、せっかくだからとクッキーに手を伸ばすタンブルブルータス。
手の動きやら口に運ぶ仕草やらをジェミマに穴が空くほど見つめられているのは
居心地のいいものでもないが、
あまり気にせずぽりぽりと食べる。

「上手いな。甘さ加減も焼き加減も文句なしだ。」

見た目こそ手作り感あふれるバラエティーに富んでいて、言ってみれば少し不格好だけれど。
タンブルブルータスの表情が弛むのをジェミマが嬉しそうに見つめていた。

「でね。さっきの続きだけど…」
「うん?ああ、さっきの。」
「そう、さっきの。それでね、食べて貰った誰かにおいしいって言って貰いたいの!」

笑顔を弾けさせて、ジェミマは勢いよく言った。
タンブルブルータスは少しだけ驚いた。でも、小さく微笑んだ。
可愛らしいじゃないか。

「私って何もできないでしょ?せめて感謝だけは忘れないようにしないとね」

小さく首を傾げてみせるジェミマ。
今度こそ、タンブルブルータスは心底驚いた。
可愛らしい子どもだと思っていたらどうだ、思いやりのある優しい女性に育っているではないか。
何も出来ないとか言っているけどそんなことはない。
飾らない優しさこそ彼女の持ち味なのだから。

「ジェミマ、ありがとう」
「え?何、急に。ぬいぐるみ?あ、クッキーとココア?どっちでもいいか、うん、どういたしまして」

くすっと笑ったジェミマにタンブルブルータスも柔らかな微笑みを返した。
滅多に見られないものを見てジェミマが内心の満足を得たことは、きっと彼が知ることはない。

「じゃあそろそろ行くか。邪魔したな」
「そんなことないわ。楽しかった、アリガト」

バイバイ、と手を振るジェミマに思わず手を振り替えしてタンブルブルータスはその場を後にした。
真剣に、再び兄猫へのプレゼントを作りだしたジェミマの真剣な空気を感じながら。

手にしたぬいぐるみの心地よさに目を細めて。
手にしたぬいぐるみの可愛らしさに癒されて。

そんな自分に少し吃驚した。
こんな子どものような心がまだ残っていたとは。





おとなだ、こどもだと言うけれど、そんなのその時の都合じゃないか。
ふとおかしさが込み上げてきた。
そうだ、そんなの自分の都合だ。

タンブルブルータスは寝床に戻っていった。
出迎えてくれたカッサンドラに「今日はいいことがあったのね」と言われて素直に頷いたのは数分後の出来事。

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おおお、タンブルが朗らかだ。
猫が裁縫なんかするかこの野郎とか言わないでください。
くったりしたランパスのぬいぐるみは、たれぱんだみたいな感じかなあ。

ジェミマとタンブルブルータスって舞台上では接点なさそうです。
というか、タンブルがあんまり女の子と絡まない。
でも、彼は仏頂面なだけで本当は優しくて面白いんだと思ってます。

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