花を添えて of Jellicle Banquet

ようこそ!

最終更新日: 2018-11-11
テキストサイズ 小 |中 |大 |

HOME > Gallery > Novel > 花を添えて

花を添えて


教会の裏手に花が咲いた。

「コスモスか。見事だね」
「私が、ジェリーロラムさんやジェニおばさんと一緒に植えたんですよ」
「へえ、バブが?知らなかったなあ」

朝一番の光を浴びて、夜露がきらりと光る。
夜明けと同時に教会に訪れた黒猫のてを引っ張って、
街の最年少の少女は誇らしげに花を見せていた。

「これだけ綺麗に咲かせられるものなんだね」
「おばさんやカッサンドラさんに色々教えてもらいました」

そう言って、シラバブは露のついた花にそっと触れた。
玉のような露がついっと小さな手を流れる。

「これ、スキンブルさんにプレゼントしたいんです。
 今日帰ってくるってマンカストラップさんが言ってたので」
「そうだったね。今日はお昼過ぎになるんだっけ。
 プレゼントしたらきっと吃驚して喜んでくれるよ。
 そうだね・・・こういうのはどうかな」

ミストフェリーズは、かがみ込んでシラバブに何やら耳打ちする。
それに頷いているシラバブの目はキラキラと輝いてゆく。

「お花さん、切っても痛くないでしょうか」
「喜んでくれる誰かの手に渡るなら、きっと”大丈夫だよ”って言ってくれるさ」
「そうですか!」

ぱっと表情を明るくしたシラバブは、いとおしとうに花に頬を寄せた。
スキンブルシャンクスが喜んでくれるなら、きっとお花だって嬉しいだろう。

「それじゃあバブ。ちょっと付いてきて」

教会の一室に仔猫を呼び寄せた黒い奇術師は、
どこからともなくステッキを取り出し、その仔の前でさっと一振り。
カランと乾いた音がした。
不意に目の前に現れた白い紙にシラバブは興味津々。
ところどころに綺麗な装飾がほどこされている。

「スキンブルは文字が読めるからね、お礼の言葉を書いちゃおう」

でも、さすがにシラバブにお礼の文字を書かせるのはいかがなものかとミストフェリーズだって考える。
人間にとっては小さな筆だろうが、猫にとっては持つのも一苦労。
だから、お礼の言葉は彼の不思議な力で書くことにして。
名前だけでもシラバブに書くことができればしめたものだ。
幸い、彼女の名前の綴りはさして難しくない。

「いいかい?僕がお手本を書くから、その通りに書いてみてね」
「わかりました」

ミストフェリーズは、練習用に出した紙に"S"と記した。
シラバブは、長さだけなら自分の半身ほどもある筆を必死に動かして
何とか兄猫の書いた何やらくねった線を真似している。

「いいんじゃない?もうちょっと小さく書いてみようか。そうそう、慣れてきたらもっと良くなるかも」
「こんなのでいいんですか?」
「うん、大丈夫。まだバブには読めないだろうけどね」

シラバブどころか、街の猫たちはほとんど読めないだろう。
読む必要もないし、読める猫たちもほぼ趣味の範囲で体得したものだ。
ミストフェリーズだって、ただ興味を持ったから勉強したに過ぎない。

「いいね。次は"i"だ」

ゆっくりと、持てる時間をいっぱいに使えばいい。
シラバブの黒くなってきた手足と鼻の先を拭いてやりつつ思う。
この小さな仔猫が文字を書いてくれたと知ったときの
スキンブルシャンクスの喜ぶ笑顔を見てみたい。

奮闘しているシラバブと、隣でにこやかに見守っているミストフェリーズを
マンカストラップが発見するのは、少し日が高くなってから。



少し寝過ごしたかと思ったが、今日はミストフェリーズが来て
シラバブの面倒を見ておくと申し出てくれているから安心だった。

「・・・何を」

眠い目を瞬かせ、マンカストラップは眉を寄せた。
これは癖のようなもので、決して不機嫌なのではない。

「あ。マンカスおはよう!よく眠れたかい?」
「おはようございます、マンカストラップさん」

気づいたミストフェリーズとシラバブが、揃って太陽のような笑顔を向けてくる。
マンカストラップにとって至福の光景だ。
だが、それ以上に不可思議な光景が目の前に広がっている。

「おはよう。何をしているんだ?」

いつもどおり、微笑を返しつつしっかり疑問も投げかける。
すると、シラバブとミストフェリーズは顔を見合わせ、そして口を揃えて言った。

「内緒だよ」「内緒です」

そして二匹は、また顔をあわせてクスクスと笑った。

「マンカストラップさん。お昼過ぎにスキンブルさんを迎えに行くのですか?」
「ああ、そのつもりだが。バブも行きたいか?」
「はい!」
「そっか。じゃあ、一緒に行こう」

マンカストラップはいつもの笑顔に戻った。
そして、鐘が13回鳴ったら教会の前でと言って見回りに出かけて行った。

「さあ。バブ、もうちょっとだ」
「スキンブルさん、喜んでくれるといいですよね」

シラバブの練習が済むのを待ちながら、ミストフェリーズは軽くステッキを振った。
すると、先ほどの綺麗な紙にスウッと文字が浮かんできた。

"Welcome home buck !"

丸っこい可愛らしい字体が我ながらいい雰囲気だと、
ミストフェリーズは小さく頷いた。
あとは、ここにシラバブの名前とコスモスを添えて完成だ。
鉄道猫が帰ってくるまでに、彼のお気に入りのクッションのところにそっと置いておく。
どんな笑顔を見せてくれるだろうか。





------------------------------------------------------





「バブ、危ないぞ。もうちょっと端っこに寄ってなさい」

カサカサと、風に吹かれて砂利道を滑っていく紅の落ち葉を楽しそうに追いかけている幼子。
目を離せばすぐに危ないことをしそうで、気が気ではない。

「ほら。もうちょっとで駅に着くぞ」
「はあい」

素直な子供に育ったものだ。
駆け寄ってきたクリーム色の仔猫の笑顔にマンカストラップの口許も簡単に弛んでしまう。

「お土産持ってきてくれるでしょうか」
「ああ。きっとたくさん持ってくるぞ」

小さな手を包み込むようにして握れば、
柔らかい手が一生懸命握り返してくる。

シラバブが楽しみにしているお土産は、モノよりもお話。
街から出る事のない彼女にとって、何より楽しいもの。
勿論、鉄道猫が持って帰ってくる珍しいモノだってすごく楽しみなんだけれど。

「今回は長かったからな、色々聞くといい。
 バブは何かスキンブルにお話しすることあるのか?」
「はい!春に植えたお花が咲いたんです。
 とっても綺麗だからマンカストラップさんも見てくださいね」
「へえ。それは楽しみだな」

春に、確かにシラバブは教会の裏手に種を蒔いていた。
あの時はジェリーロラムやジェニエニドッツが一緒だった。
手を出しにくくて、少し離れたところから見ていた覚えがある。

「何の花なんだろうな。きっとスキンブルも喜ぶぞ」

青い目を嬉しそうに輝かせている姿を思い描くだけで、シラバブは楽しみで楽しみで仕方ないのだ。





「うーん。何だか懐かしい感じがするなあ」

最後の客に尻尾を振って、スキンブルシャンクスはホームで伸びをした。
今回も、貨物列車に紛れ込んだねずみ退治に活躍して車掌さんやら乗務員らにえらく褒められた。
悪い気はしないし、ご褒美のスコッチ入りの紅茶はとてもおいしいから至極満足だった。

「さてと。着替えよっと」

昨夜から身につけていたせいで少し皺ができた制服を脱げば、
スキンブルシャンクスは鉄道猫から街の猫に戻るのだ。

早く長老や仲間たちに会いたくて、スキンブルシャンクスは
首もとの鈴をチリリと鳴らしながら部屋に駆け込んだ。
柔らかなクッションが、彼のベッド兼着替え場所。

「ただいま~」

疲れを感じさせない軽い足取りで、茶虎の鉄道猫は部屋に入る。
駅員たちが、口々に「お帰り」「お疲れ様」と言ってくる。
それに愛想良く鳴いて応えながら、奥のほうにある彼の場所に向かった。

「・・・あれ?何だろう」

何か置いてある。
ご褒美のおやつでもなさそうだ。
小さく首を傾げると、鈴が小さくチリンと鳴った。

「あ・・・っ」

思わず声を上げたスキンブルシャンクスの口許には、すぐに嬉しそうな笑みが浮かんだ。
置かれていた可憐なコスモスと一枚の紙を手に取ると、着替えることも忘れて部屋を飛び出した。










「出てきたな。あれ、今日は着替えてないのか」

外で待っていたマンカストラップは、仕事着のまま走り出してきたスキンブルシャンクスの姿を認めて呟いた。
何時とも変わらない明るい笑顔にほっとする。

「あ!バブ!マンカスも!来てくれたんだ」
「ああ、お帰り。無事でなによりだ、スキンブル」
「お帰りなさい」
「うん。ただいま」

柔らかな微笑みを浮かべ、スキンブルシャンクスはシラバブの前にしゃがみこんで目の高さをあわせた。
そしてまた、一段と優しく笑みを深めた。

「ありがとう、バブ。僕、すごく嬉しくってお礼言わなくちゃって、急いで飛び出してきちゃった。
 お迎えありがとう、このお花すごく可愛いね」
「スキンブルさんに一番に渡したかったんです」
「吃驚したよ!ほんとにありがとう!
 ねえ、もしかしてこの"Sillubub"って名前はバブが自分で書いたの?」

花と共に置かれていたメッセージカードに書かれた
ちょっとつたなくて、それがまた愛らしい幼子の名前。
それを指差しながら尋ねれば、シラバブはコクッと頷いた。
スキンブルシャンクスは目を細め、くしゃりと彼女の頭を撫でた。

「本当に嬉しいよ」
「ミストフェリーズさんに教えていただいたんです。
 私には読めないんですが、私の名前だそうですね」
「そうだね。シラバブって書いてある」

幸せいっぱいのスキンブルシャンクスとシラバブ。
マンカストラップは、いまいち状況を飲み込みきれていなくて妙な笑顔だ。
少し離れて様子を見守っている。

「ねえ、マンカス」

どこからか声が聞こえてきて、マンカストラップはきょろきょろとする。
声の主は、音もなく大柄な縞猫の背後に降り立った。

「バブは良い子だね」
「ミスト、驚かせないでくれ」

黒い華奢な猫を振り返り、マンカストラップは眉を寄せた。
それを気にも留めず、ミストフェリーズは微笑ましく展開されている二匹の様子を眺めている。

「スキンブルも。いつだって僕らに元気をくれるんだ。
 そんなふたりのためだったら、何だってしたくなるよ」
「もしかして、今朝何かしていたのはこのためか?」
「そうだよ。僕がスキンブルの先回りをして花とカードを置いてきたんだ」

そうか、とマンカストラップはすっきりした顔で呟いた。

「マンカス。ここで立ち話もなんだしさ、教会に行こうよ。
 みんなスキンブルの帰りを待ちわびてんるだし」
「そうだったな。教会に行くか」

そう言うと、リーダー猫は楽しげに話している二匹に近づいていく。
ミストフェリーズは、やって来たときと同じように音もなく姿を消した。





明るい昼下がり。
今はまだ役目のない電灯に、鳩が一羽止まっている。

LinkIconメニューに戻る


スキンブルとシラバブで何か書こうとしてて、
ぼんやり考えてたら窓の外で街灯に鳩が止まってるのが見えて。。。
そんなほのぼのとした空気を描きたかったのです。
が、何だか全然そういったのと関係ない話になりました。

milk_btn_pagetop.png

milk_btn_prev.png

milk_btn_next.png