みんなのハロウィン
どこからどうやって持ってきたかはさておき。
ジェニエニドッツの家の台所はかぼちゃであふれかえっていた。
「パンプキンパイとパンプキンのポタージュは定番ね」
「プリンとかクッキーもいいんじゃない?」
ジェリーロラムとタントミールは山のようなかぼちゃを前に楽しそうだ。
軽く食べられそうなもので、みんなが好きそうなもの。
作る楽しみは、つまり食べてくれる誰かの喜びを想像すること。
「さあさ、始めるよ」
ジェニエニドッツが声をかける。
ジェリーロラム、タントミール、それからカッサンドラとなぜかマンゴジェリー。
これから台所は戦場になる。少数精鋭がおいしいお菓子を作るのだ。
「これとか可愛いですよね」
「うん、いいかも。この辺につけとく?」
少年・少女たちは飾りつけ。
今夜は楽しいハロウィンパーティなのだから。
「僕も飾りつけ要員なんですね」
「いいじゃない、飾りつけなんて子供に返ったみたいで」
ギルバートとヴィクトリアはせっせと作業しながら言葉を交わす。
そうは見えなくてもふたりは同い年。
「コリコそれは変よ、センスなさすぎ!」
「何だよ!?俺だって考えてんだぞ!」
ジェミマとコリコパットの口げんかは今に始まったことではない。
仲が良いのよとジェリーロラムが言うものだから、みんなは微笑ましいことだと見守っている。
「届きませんね・・・」
「うーん、私もちっこいしなあ」
シラバブとランペルティーザは窓の上のほうを見上げて困り顔。
ギルバートに頼もうにも、あれでは背の低い彼は届かないだろう。
「貸してごらんなさい」
シラバブの手から可愛らしいお化けの飾りを抜き取るのはボンバルリーナ。
「このあたりでいいの?」
「はい、そうです」
手を伸ばし、窓枠に飾りを取り付ける。
小さなお化けの愛嬌ある表情に、自然とボンバルリーナの口許が緩む。
「リーナ、何笑ってるの?」
そう言いながら近づいてきたのはディミータ。
手には箱、新たな飾り物が詰まっている。
「これも付けるの?」
「ええ、そうよ。お願いね」
ランペルティーザやジェミマは嬉しそうに新しい箱を抱えていく。
「ねえリーナ。お化粧道具は?」
「ガスが持ってきてくれたわ、衣装もね。いつごろから始める?」
「夕方くらいでいいんじゃない?あまり早く始めてもねえ」
ディミータとボンバルリーナは飾り付けに精を出す若猫たちを見渡した。
確かに、早く始めてもぐちゃぐちゃになりかねない。
今回、ふたりのセクシーな女性に与えられた仕事。
それは、ハロウィンの仮装を手伝うこと。
むさくるしいというか、なんと言うか。
とりあえず教会の一室に集められた雄猫たち。
マンカストラップに始まり、ラム・タム・タガー、ミストフェリーズ、
ランパスキャットにカーバケッティ、そしてタンブルブルータス。
「で?俺たちに何をしろって?」
面倒くさそうにごろりと転がったままタガーがマンカストラップに目をやる。
彼らがまがいなりにも円になっている真ん中にはかなり大きいサイズのかぼちゃ。
俗に言う「お化けかぼちゃ」はほれぼれするほど綺麗なオレンジ色だ。
「ジャック・オ・ランタン」
呟くように言葉を発したのはマンカストラップではなくてランパスキャット。
「じゃっくおーらんたん?あんだそれ」
やる気なしと顔に書いてあるタガーは大あくび。
「タガーさあ、何年生きてんの?
これだけでかくなってジャック・オ・ランタンも知らないの?」
非難めいた口調で言ったのはミストフェリーズ。
小さな黒猫の言葉にカチンと来たのか、タガーはむくっと起き上がった。
「それくらい知ってんだよ」
「ふうん・・・」
「あ、テメーその目は信じてねーだろ!?」
いつも通りの口論にマンカストラップは大きなため息。
「それでさ、マンカス。
俺たちはこれでジャック・オ・ランタンを作ればいいんだな?」
カーバケッティは一応の確認を取る。
マンカストラップは憮然とした表情で頷く。
「長老が・・・作ってあげなさいとおっしゃっているし」
元々はシラバブ辺りが欲しいと言い出したのだろう。
一つあれば充分だと思われるが、なぜか7つのかぼちゃが用意されていた。
「とりあえず一個ずつはノルマだな」
カーバケッティはかぼちゃとナイフを一つずつ手に取った。
横のタンブルブルータスも同じようにかぼちゃとナイフを手元に引き寄せる。
「・・・そもそも、何でジャックなんだ」
タンブルブルータスの、低い呟きにその部屋は静まり返る。
その辺りへの突っ込みは予想していなかったのだ。
「けちんぼなジャックのことだろう」
さらっと答えるのはランパスキャット。
けちんぼなジャックのこととは…何かは周りの猫たちはわかっていないようだった。
「ミスト、おまえがいつものマジックでちゃっちゃと作っちまえよ」
タガーが最もな意見を述べる。
が、ミストフェリーズは鼻で笑った。
「残念でした、僕の力は無から”創造”するためのもの。もしくは空間を越えるためのもの。
ジャック・オ・ランタンを作るみたいな物理的なことはできないんだよ」
「よくわからんが」
マンカストラップが言葉をはさむ。
「空間を超えられるなら、かぼちゃの皮を通り越して
中身だけ抜き出すことはできないのか?」
一番大変な作業は中身を刳り貫くことだろう。
だからこそ力の有る雄猫にこんな役が回ってきているのだ。
ミストフェリーズは少し考えたが、首を傾げつつやっぱりダメだと言う。
「中身と皮の境目が難しいでしょ?できたとしてもぺらぺらの皮だけになっちゃうよ」
要するに手順を踏んでつくるしかないと、そういうことだ。
「始めるか」
「作り方は?」
「あ、俺知ってる。最初に底を切って・・・」
カーバケッティの指導のもと、雄猫たちはかぼちゃと格闘を始めた。
「今日くらいはゆっくりしていかんのかね?」
オールドデュトロノミーは窓の外に向かって声をかける。
夕刻、風も冷たくなってきたころ。
「わたしのいる場所じゃないよ」
寂しげに微笑む、かつての娼婦。
「まあ、そのうち魂だけになったら遊びに来てもいいけどね」
強がりなのか、少なくとも本心でないことくらいデュトロノミーは知っている。
長老猫は何でも知っている。
「いつでも来るといい」
変わらない優しい声。
グリザベラはふらりとその場から去っていった。
忌み嫌われながら、この街から離れられないのはなぜなのかと自分に問いながら。
「あと一個、誰が作るんだよ」
一個作るのにも四苦八苦、手が痛い。
まだ半分も作業が進まない中でタガーがうんざりと吐き捨てるように言った。
「さてな」
短く答えるマンカストラップにもやる気は感じられない。
まさかもうすぐ帰ってくるスキンブルシャンクスに押し付けるわけにもいかない。
「・・・っと、訪問者だ」
気配に敏感なタガーが窓の外に目をやって呟く。
朱色に薄墨を流したかのような空模様。
そこに現れたのは、太陽よりも緋い瞳をもつ黄色の猫。
様子を伺うように、少し離れたところから部屋の中を見ている。
マンカストラップは立ち上がり、部屋の窓を開いた。
「入るといい」
黄色の猫は戸惑ったように、そして躊躇ったように眉を寄せる。
「来いよ」
次に声をかけたのはタンブルブルータス。
それに促されるように、黄色い猫は部屋に入ってきた。
「せっかく来てくれたとこ悪いんだが」
マンカストラップは黄色い猫に言う。
「ジャック・オ・ランタンを作ってくれ」
「わかった」
読めない、とその場にいた猫たちは思う。
なぜ、こんなにあっさりと了承できるのだろうか。
「お迎えありがとう」
「おう、お疲れ」
駅までスキンブルシャンクスを迎えに来たのはマンゴジェリー。
お菓子作りは焼く段階に入って、今はひと段落している。
「あのさ、お土産があるから手伝ってくれないかな」
「土産?いいぜ、いっぱいあんのか?」
「うん、けっこう多いんだ」
スキンブルシャンクスは疲労を感じさせない笑顔でマンゴジェリーに荷物を渡す。
ずしんと腕に来る重さに、マンゴジェリーは思わずよろけた。
「大丈夫かい?」
「なんとか。しっかしスキンブル、よくこんな重いもん軽々持ってるな」
けろっとした顔で自分よりも大きな袋を抱えるスキンブルシャンクスに、
マンゴジェリーは尊敬のまなざしを向ける。
「いつも重い荷物を持ったりしてるからね。慣れだよ」
さすが勤労猫と言ったところか。
「ところでこれは何だ?」
「これ?りんごだよ」
「りんご?けっこういっぱいあるけど何かに使うのか?」
「今夜パーティで使うんだ」
「さあ、眼を閉じて。動いちゃだめよ」
シラバブに慎重にメイクを施していくディミータ。
隣ではボンバルリーナがジェミマにメイクをしている。
「あら、可愛いのね」
魔女の格好をしているランペルティーザを見てヴィクトリアは微笑む。
ガスが持ってきてくれた仮装用の衣装はどれもこれも可愛らしい。
「バブは何になるの?」
「バンシーよ、黒髪は無しだけど」
アイメイクの途中なので固まっているシラバブのかわりにディミータが答える。
バンシーの目は真っ赤。まさかコンタクトとはいかないので赤いシャドーをつける。
「コリコ、動かないでくださいよ!真っ黒になるじゃないですか」
コリコパットにメイクをしてやるのはギルバート。
彼のメイク技術はアスパラガスの直伝。
こうもりになるためのメイクを慎重に施してやっている。
「ギルのメイクは私が後でやってあげるわ」
ジェミマに衣装を着せてやりながらボンバルリーナが言う。
ギルバートはこの後ドラキュラになる予定なのだ。
「ヴィクトリアさんは何の仮装をするんですか?」
メイクの合間にシラバブがヴィクトリアに尋ねる。
ヴィクトリアは黒い衣装を広げ、ふわりと微笑んだ。
「黒猫よ、楽しそうでしょう?」
「そう・・・ですね」
白猫がわざわざ黒猫になる必要は無いと思われるのだが。
ミストフェリーズは喜ぶだろうか。
「これ、怖いよな」
「それらしかったら問題ないだろ」
自分たちが作ったかぼちゃお化けを見てカーバケッティとランパスキャットが言う。
初めて作ったのだ、まともにできるなどとはなから考えてはいない。
意外に器用だったのはタガー。
「できた」
のんびり作業を続けていた黄色い猫が呟くように言った。
ちょっといびつな形にくり抜かれた目には愛嬌すら感じられる。
「それじゃ、帰るな」
黄色い猫は緩慢な動作で立ち上がり、入ってきた窓に向かう。
「ちょっと待った、そんなに急ぐなよ」
引き留めるのはタンブルブルータス。
黄色い猫はゆるりと振り返る。
「ハロウィンのパーティがあるんだ、今夜くらい一緒に…」
「タンブル」
僅かに笑みを浮かべて黄色い猫はタンブルブルータスの言葉を遮った。
「俺はいいんだ。まだ、皆の中にはいられない」
そう言うと、ゆったりした動作からは考えられない身軽さで出て行ってしまった。
「マキャ・・・」
「あら、もう帰るの?」
帰ろうとしていたマキャヴィティの前に現れたのはカッサンドラ。
手にしているのは焼きたてのパンプキンパイ。
「寒くなってきたし、風邪ひかないでね」
カッサンドラはそう言ってパイを差し出す。
咄嗟に受け取ることのできないマキャヴィティ。
「おいしいのよ、食べてね」
半ば無理矢理手渡し、カッサンドラはにっこりとする。
つられるように口の端に笑みを浮かべ、マキャヴィティは小さく礼を言う。
「いつか帰ってきて。待っているわ。私も、彼も」
「ああ、いつか…な」
ジェニエニドッツはパーティ会場となる部屋で料理の準備をしていた。
そこに入ってきたのは珍しい客。
「おや、バストファジョーンズじゃないか」
「やあ、久しいな。今日はハロウィンパーティというじゃないか。
わしは参加できんのでな、いやなに、ちょっと政府の委員の集まりがあってね」
ちょびひげを捻りながら、バストファジョーンズはひとりで喋る。
大きいからだでちょこちょこと歩く姿は憎めない。
「今日はいいワインが手に入ったので差し入れに来たんだ」
「へえ、そうかい。そりゃあありがたいね」
ラベルからも何となく高級感の漂うワインのビンがテーブルに置かれる。
「ガスは来ていないのかね?」
「ガスかい?今ジェリーが迎えにいっとるよ」
「そりゃ残念だ。長らく顔を見ていないからな、よろしく言っておいてくれ」
バストファジョーンズは立派な身体を揺らしながら去っていった。
夜、人はみな寝静まる頃。
猫たちのハロウィンパーティが始まった。
「トリック・オア・トリート!?」
仮装した少年・少女たちが宴会の場に姿を現した。おお、という感嘆の声が上がる。
可愛らしいシラバブやランペルティーザ、そしてジェミマ。
意外にはまっているコリコパットにギルバート。
黒猫になっても神秘的なヴィクトリア。
「思ったより似合っているな」
満足そうに呟いたのは衣装の提供者でもあるガス。
そうね、と微笑むのはジェリーロラム。
「よし、みんな揃ったし乾杯といこう。
仔猫たちはジュースだぞ、さあグラスを持ってくれ」
マンカストラップは立ち上がってぐるりと仲間たちを見回す。
みんな、思い思いに好きな飲み物を入れたグラスを手にしている。
「では、長老。乾杯の音頭をお願いします」
リーダー猫はオールドデュトロノミーに向けて言う。
長老猫はゆったりと頷くと、手にしたグラスを目の前に掲げた。
「今宵は大いに楽しもうではないか。よいハロウィンの夜になるよう、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラスがぶつかりあう音が響く。
「ねえスキンブル」
ご機嫌でグラスを傾けるスキンブルシャンクスに、
隣に座ったジェミマが声を掛ける。
「どうしたんだい?」
「このりんご、どうするの?」
皆の目の前に一つずつ置かれているりんご。
「ああ、これ?かじるんだよ、皮のままね。おいしいんだよ」
そう言うと、スキンブルシャンクスはりんごを手にとってかぶりついた。
甘くてみずみずしくて、ちょっとだけ蜜が入っているりんご。
「丸かじりか、うまそー!」
「私も食べようかしら」
コリコパットとジェリーロラムがりんごに手を伸ばす。
それを見ていたタントミールがはたと首を傾げた。
「どうしてりんごなの?」
「あ、俺も思った。何でりんごなんだ?」
便乗してくるのはマンゴジェリー。
「けちんぼのジャックの話から出てきた慣習だよ、ねえ?」
「ああ、そうだな」
スキンブルシャンクスが話をふったのはランパスキャット。
白黒斑猫はさくさくとりんごをかじっている。
「よくわかんないけど…おいしいからいいわ」
疑問を疑問のままにすることに躊躇いはなさそうなタントミール。
マンゴジェリーはさらに追求しようとしたものの、
ランペルティーザにプリンを取ってほしいと言われ、結局聞けず終い。
「皆さん!ちょっとばかりお腹は落ち着きましたか?」
パーティが始まって暫く、おもむろにミストフェリーズが立ち上がる。
「おう、何かすんのか?」
「まあね」
タガーの言葉にニッと笑って見せて、小さな奇術師はステッキを取りだした。
「みんな、動かないでね」
そう言うとステッキを一振り。
部屋の灯りがふっと消えた。
「さあ、ショータイムだ」
ミストフェリーズの声だけがみんなに届く。
そして暗闇の中に浮かび上がったのは、灯りのともったジャック・オ・ランタン。
「すごーい!」
感心したように声を上げたのは誰だろうか。
七つのカボチャが、その中に優しい光を宿しながら宙を舞う。
「綺麗ね」
「不思議な光景だな」
みんな寄っておいで、お迎えの準備はいつでもできているから。
誰も君を拒みはしないから。
だって、ハロウィンなんだもの。
別に季節限定とかじゃないです。
ハロウィンだし、誰でも来いかなあと思いましたのでオールキャラです。
とりあえず全員出たのである程度満足。
■ けちんぼなジャックに関して ■
「けちんぼジャック」と呼ばれる意地の悪い男が、
死の世界に自分を連れていこうとした悪魔を騙したという伝説が有名。
■ リンゴとの関わり ■
ジャックが、悪魔を騙して銀貨に姿をかえさせ、10年間財布に閉じこめた。
つまり10年はジャックの命はとられないわけです。
そして、10年たって現れた悪魔がリンゴを食べたいと言い、
リンゴの木に登らせたところで十字架で身動きできないようにしてしまい、
結局命を取るのを諦めさせたとか。
■ ジャック・オ・ランタンについて ■
悪魔を騙し、命の取引をしたということで
死後のジャックは地獄にも行けず、灯りをともしたカブを持って
暗い道を彷徨い続けることになったというのです。
初期はカブで作っていたところもあるようですが、
カボチャの方がランタンに適しているということでカボチャになったそうです。
参考
HalloWin(http://www.mycal.co.jp/saty/3_weekly/0925/)
HIJ(http://www.h-jp.info/)