夜の街、幸せの物語 of Jellicle Banquet

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最終更新日: 2018-11-11
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夜の街、幸せの物語



「ヴィクー、ちょっと来て」
「ええ、すぐ行くわ」

ヴィクトリアは声の主に返事をし、傍らのマンゴジェリーに目を向けた。

「少し待っていてもらえるかしら。あまり動かさないでね」
「りょーかい」

消毒してもらった腕とは反対の手を挙げてマンゴジェリーはへらっと笑う。
満月の夜だった。
明るい月夜には不似合いな緋色の惨劇は、かの犯罪王の出現によってもたらされた。
誰かがさらわれることもなく追い返したのだが、闘いを挑んだ雄猫たちは浅くない傷を負っていた。
教会の一室には消毒の匂いに混じって、鉄臭い匂いが漂っている。
雌猫たちの治療のおかげもあって、今は随分と落ち着いた雰囲気にはなっている。

「マンゴ、嬉しそうね」

向こうに行ったヴィクトリアをぼんやりと目で追っていたマンゴジェリーは、
近付いて来た影にはたと気付いたように顔を上げた。

「ヴィクと手当てを交替したの。包帯するからじっとしてなさいね」
「おう、サンキュー」

ボンバルリーナは手慣れた様子でマンゴジェリーの腕を取ると、
柔らかいガーゼを当ててくるくると包帯を巻いていく。

「痛む?」
「んー・・・ちょっと疼く程度。あっちはいいのか?」

あっち、と顎で示した方にいるのは白黒の縞猫と斑猫。

「大丈夫、カッサとおばさんがいるわ。なあに?ヴィクが良かった?」
「いや別に。ところでランペルはどこにいんだ?」
「長老のところよ。バブの面倒を見てくれているわ」

ボンバルリーナの言葉にマンゴジェリーは幾分かほっとしたように見える。
抜群の運動能力を持つマンゴジェリーも戦闘は専門外。
せめて大切な相棒くらいは守りたいと思いながら、マキャヴィティに踊らされている現実に胸が痛むのだ。

「ゆっくり休んだら?」

疲労の色が濃い幼馴染みにボンバルリーナは労りの声を掛ける。
周りの猫たちも緊張から解放されて次々に眠りの世界に入っていく。

「リーナ、今出られるか?」
「出るって外へ?そりゃ出るのは大丈夫だけど・・・」
「んじゃ、ちょっとばかり散歩に行こうぜ」

マンゴジェリーはさっさと立ち上がり、怪我をしていない手をボンバルリーナに差し出す。
一寸だけためらってからボンバルリーナは差し延べられた手を取った。
窓枠にそっと手を押し当てれば、僅かに軋んだ音がして外へと続く口が開く。
ふわりと涼しい夜の風が頬をかすめていく。

「おめーら、今からデートか?」

風の気配にまどろみから醒めたのか、鋭く光る黄色い目がふたりを見ていた。

「そんなとこかな。おばさんには適当になんか言ってごまかしといてくれ」
「ま、気が向いたらな」

ヒラヒラと手を振るラム・タム・タガーもよほど疲れているのか、また寝息を立て始めた。

「行くか」
「ええ」

ふたりは顔を見合わせると、小さく頷きあって同時に窓枠を飛び越えた。

「・・・ってぇ」

急に激しく動いたせいか、ずきんと疼く傷にマンゴジェリーは思わず顔をしかめた。

「やっぱり戻る?」

ボンバルリーナは心配そうだが、赤毛の幼馴染みはすぐに平然とした表情に戻って大丈夫だという。

「一緒に行くから無理はしないこと、いいわね?」
「おー、わかった」

相変わらず軽い調子のマンゴジェリーにボンバルリーナは小さく苦笑する。

「どこか行くの?」
「いんや、あては無い」

ぶらぶらするのがいいのだ。
理由はいらない、欲しいのは穏やかな一時。

「リーナ、あれ見てくれよ」

ゆっくり歩む中で、マンゴジェリーは月明りに煌めく人家のオブジェや
切れかけの街灯に目を輝かせている。

「何が楽しいの?」

素直に疑問を口にするボンバルリーナに、
マンゴジェリーは悪戯っ子のような笑顔を向けた。

「今度あそこに行こうとかさ、みんなとの話題もできるじゃん。考えるだけで楽しいだろ」

楽しいものを探している彼の褐色の瞳は明るい。
心なしか、それを見ているだけで楽しくなってくる。

「・・・そうね。あ、あの家の人はまだ起きているみたいよ」
「ほんとだ。何してんだろうな」

満月夜とは言え夜道は暗い。
耳を澄ましても聞こえるのは風の囁きだけ。
ひっそりと息づく静物や想いに、そこにどんな物語が隠されているのか想像を膨らませながら歩いていくのだ。
涼やかな夜が支配する路地にはささやかな楽しみがいくつも用意されていた。

「ねえマンゴ、聞いていい?」

出し抜けにボンバルリーナが隣のマンゴジェリーに話しかける。

「何だ?」
「どうして出てきたの?」

ちょっとした疑問。
マンゴジェリーは一瞬返答に窮したように押し黙った。
しかし、すぐにバツの悪そうな苦笑を浮かべる。

「居づらかったんだ、みんなが大怪我してる中で俺は軽傷だったし」
「そう?貴方やカーバは女の子を必死で守ってくれたわ。
 マンゴはマンゴの役割を果たしたからそれでいいんじゃないの?」
「うん、まあ…そうなんだけどな」

身体を張ってみんなの盾になるのは、マンカストラップやランパスキャット。
ギルバートやコリコパットなどは、がむしゃらに突っ込んでいる感が否めない。
マンゴジェリーやカーバケッティは、自分たちより力の弱いものを守る役目。
みんなで決めたわけじゃない、自然にそうなったのだ。

「マンゴが軽傷だったのはうまく攻撃をかわせたからでしょう?」
「そういうことにしとくよ」

実際にそうだった。
泥棒稼業のおかげでいろんな災厄から身を守る方法を覚えた。

「逃げる能力も大切だと思うわ」
「そりゃそうだ、生きてなんぼだって」
「貴方は貴方ができることで役割を果たしているのよ、胸張りなさい」

少しの会話と、夜の街が紡ぐ物語を楽しみながらふたりは駅の近くまでやってきた。
ここまで来ると人家もまばらになってくる。

「けっこう歩いたわね」
「そうだな、そろそろ引き返すか」

少し息詰まるような空気の教会を抜け出たかっただけのマンゴジェリー。
長い時間ボンバルリーナをつき合わせることに躊躇いが無いわけではない。

「あら、戻るの?」

朝まで戻るつもりの無かったボンバルリーナは意外そうに言った。
今でこそふたりで出歩くことも滅多にないけれど、昔は一晩中一緒に走り回っていたものだ。
マンゴジェリーも意外そうに、少し眼を見開く。

「急いで戻ることもないでしょう?その怪我だし、ちょっとゆっくりしていきましょう」

そう言いながらボンバルリーナが指し示したのは古い大木。
いつも誰かがうたた寝をしている心地よいうろがある。

「さっきから欠伸ばっかりしてるじゃない。いいわよ、明け方くらいまでなら一緒にいてあげるから」
「ぅ・・・気付いてたのか?」
「当然でしょう」

やっぱり身体は疲れと眠気を訴えてきていたのだ。
マンゴジェリーがいくら元気とは言え、不眠不休とはいかない。
ボンバルリーナに促され、マンゴジェリーは木のうろに潜り込んだ。
ふわりと木の香りに包まれるような感覚。

「今日は頑張ってくれたから特別ね」

そう言ってボンバルリーナは自分の膝を軽く叩く。
マンゴジェリーは、素直に自分の頭を預けて軽く眼を閉じた。
頬を優しく撫でる感覚が心地良い。
すぐに眠りの世界へと誘われそうになるマンゴジェリーの意識をボンバルリーナの言葉がとどめた。

「今夜は楽しかったわ」

狭い空間だからか、優しい声がよく響く。
マンゴジェリーは褐色の眼で嬉しそうにボンバルリーナを見る。

「なら良かった。そう、俺も幸せだった」
「あら、私は幸せだったなんて言ってないわよ」

苦笑するボンバルリーナに、マンゴジェリーは柔らかな笑みを見せる。

「俺にとって楽しかったっていうのは幸せなんだ」
「そうなの、だったら今夜はとても幸せだったのね」

犯罪王の来襲はあったけれど。
腕の白い包帯がちょっと痛々しくはあるけれど。
夜の街でたくさんの楽しみを見つけられたから。

「楽しい方がいいじゃん、幸せだって感じることも多い方がいいしさ」
「もちろんそうよ。幸せって感じられることがたくさんあるマンゴが羨ましいわ」
「そっか?幸せってさ、そこいらに転がってるわけじゃない。幸せの種なら転がってるかもしれないけど」

言葉を切ってマンゴジェリーは眼を閉じる。
ボンバルリーナは閉じた彼の目をじっと見たまま。

「・・・リーナ、自分以外に自分を幸せにはできないんだぜ。
これが幸せだよって渡されても、自分が幸せだと感じることができないなら幸せじゃないんだからさ」
「その通りね、マンゴ。さあ、もうお休みなさい」

赤い毛並みをそっと撫でてボンバルリーナが囁く。

「お休み、リーナ」

少しかすれた声で呟くマンゴジェリー。
ボンバルリーナはすぐに眠りの世界へと誘われた彼を見守る。

「ありがと、マンゴ。今夜は私も幸せだったわ」

既に夢の中にいる幼なじみには届かないであろう微かな声。
安らかなマンゴジェリーの寝顔に僅かに微笑みが浮かんだのは気のせいかもしれない。

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RB-CJの御礼です。

もう、なんか・・・ノーコメントで。

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