まともな奴はいない of Jellicle Banquet

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最終更新日: 2018-11-11
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まともな奴はいない



とかく、誰もしないことを進んでやってのけるのがラム・タム・タガーの天の邪鬼たる所以だ。
幼馴染みのマンカストラップに言わせれば、ただのすっ飛びバカということになる。
その行為にもよるが、その常識外れの度合いが雌猫には大人気だ。
コリコパットはあからさまに嫌そうな顔をするし、
ミストフェリーズに至っては冷たい目で見た挙句に鼻で笑う。
ランパスキャットやタンブルブルータスあたりはもはや振り向きもしない。

そんな街を切ってのやっかいな男が、珍しく夜明けの街をうろついていた。
白み始めた遠い空に清々しい空気。
まっさらな朝の匂いはただただ心地よいものだ。

「うん?誰かいんのか?」

ごみ捨て場を通り過ぎようとした刹那、感じたのは知った気配。
ひょいとゴミ山に飛び乗ると、安定の悪かった足下の缶が転がり落ちた。
柔らかいものの上に落ちたのか音はない。

タガーは面白そうにニヤリとすると、ジャラリとベルトを鳴らして腰を落ち着けた。
目線の先にいる猫は、ちらりと視線をくれただけですぐに背を向けた。
ギルバートとはつくづく自分とは違う奴だと、タガーは独りごちた。
それから、今度は音を立てないよう慎重に立ち上がる。
派手な金属ベルトを鳴らさないのは意外に骨が折れるものだ。

気配を殺してギルバートの背後に近付く。
相手は全く気付く様子もなく、真剣に何かの体術を稽古している。

そんな彼に普通は近寄ったりしない。
タントミールは邪魔をしたくないからだと言うかもしれない。

それでも、とかく誰もしないことを
当然の所作だとばかりにやってのけるのがラム・タム・タガーだ。
不敵な笑みを口許に浮かべて、驚かす機会を窺っている。

「ハッ!!」

気合い一発。
ギルバートはきれいな回し蹴りを放った。
すたっと着地してから首を傾げる。

「僕、何か蹴りました?」

ギルバートが声を掛けた木の上には、自称紳士のぶち猫がてろんと伸びていた。

「ああ、キレイに決まった。そこのバカにな」

大きな欠伸をして、カーバケッティは微かに嘲笑を浮かべた。

「注意してあげて下さいよ」
「バカは身を持って経験しないと直らないんだ。
 だいたい、タガーのやつに注意したって聞きやしない」
「そうかもしれませんが・・・」

僅かに眉を曇らせて、ギルバートは仰向けに転がっている天の邪鬼を見やった。
攻撃用ではなく、見せるための技だから骨が折れることはないだろうが。

「あなた、バカですか?」
「てめぇ・・・」

心配そうに覗き込む顔が見えたと思えば第一声がこれだ。
あまりにキレイに回し蹴りを決められたタガーは、一言呟くだけで精一杯。
大方の猫が稽古中のギルバートに近付かない理由。
巻き添えを食いたくないから。

「後々痛むかもしれないですし、きちんと冷やしておいて下さいね。
 なんなら僕が冷湿布をしてもいいんですけど」
「はっ!野郎に手当てされたくねえっての」
「でしょうね」

不快感を覚えた様子もなく、ギルバートは柔らかく微笑んで手を差し出した。
起き上がるのを手伝ってくれるらしいと気付いたタガーは反射的にその手を取った。
その直後に、思いがけず強い力で引っ張り上げられなんとか呻き声を飲み込んだ。

「いってぇ・・・ったく、オマエはつくづく体力バカだな」
「体力バカはないでしょう?確かに身体を鍛えるのは好きですが。
 だいたい、タガーにバカだと言われるのは心外です」
「ふん、まあいいけどよ。とりあえず邪魔したな」

タガーは朝の散歩を続けるべく、ファーを揺らしてギルバートに背を向けた。

「急がないなら朝ご飯一緒にどうです?
 おばさんに色々いただいてきたので」

一瞬、ピタリとタガーの脚が止まった。
いかな天の邪鬼だって、所詮この世の生き物だ。腹は減る。

「今朝はチキンサンドがあるそうですが」

ギルバートの一押しに、タガーはためらいつつも振り向いた。





「なんでオメエがいるんだよ」
「俺はずっといたさ、タガーが蹴られてんのもバッチリ見たし」

爽やかな朝の空気の中で、男三匹の朝食。
ごみ捨て場というロケーションに文句はないが、面子に華が無いのはどうか。

「ところでよ、ギル。オマエなんかの練習中だったんじゃねえの?」
「いえ、ただの日課ですよ。特別何かの練習ではありません」

チキンを頬張っていたギルバートがモグモグと聞き取りにくい声で答える。
タガーも感心するばかりの食いっぷりだ。

「日課とはクソ真面目なやつだな。
んなに鍛えてマキャヴィティでも狩るつもりか?」

舞踏会の後、ギルバートのマキャヴィティに対する憤りはすさまじかった。
タガーもカーバケッティも、街の猫たちは皆それを知っている。

「そんなんじゃありませんよ」

あっさりと、穏やかに微笑んでギルバートは言った。
チキンは既に飲み込んだのか、今度はいつものクリアな声だった。

「僕はアクション俳優を目指しています。
 練習を重ねることが舞台への一番近い道だと思ってますし、
 何よりこうして身体を動かしているのが好きなんですよ」
「好きじゃないと続かないもんだ」

カーバケッティは独り言のように呟いて、納得したように頷いている。

「守れるようになれればなおいいですけど、ね」
「誰も望んじゃいねえよ」
「タガー。あまりはっきり言われると僕だって凹むんですよ」

端正な顔を僅かに歪めて非難するギルバート。
タガーはニヤリと笑った。

「現実ってやつだ。怪我される方がやっかいだしな」
「そうだな。タントが悲しい顔をするし、ガスも心配する。
 マンカスの胃に穴があくかも」
「充分に現実的な予測だな」

タガーとカーバケッティは互いに乾いた笑いを零した。

「でもよ、これでかっこよく犯罪王撃退とかした日にゃ株も上がりまくるだろうな」
「・・・必要とあらばどんな手段を使ってでも、誰にでも立ち向かう覚悟はあります。
 でも、やっぱり僕は見せる体術が好きですね」
「あんまりやりすぎっと筋肉の塊になるぜ」

タガーはそう言うと、大口を開けてチキンサンドにかぶりついた。
ギルバートは軽く笑って二つ目のチキンサンドに手を伸ばす。
甘辛いタレが食欲をそそるのだ。

「食い過ぎるなよ」

食べ掛けのチキンサンドを手にしたカーバケッティが忠告をする。
彼は彼でなかなかの世話焼きだ。
ギルバートはご馳走に齧り付く寸前で手を止めて、穏やかに微笑んだ。

「これからガスに殺陣を見てもらうんです。
 その後に新しい舞台の立ち稽古があるんで、
 たくさん食べておかないと腹がもちませんから」
「・・・若いな」
「おいおい、年寄りじみるにゃまだ早いんじゃねえの?」

確かにカーバケッティはギルバートより一回りほど上だが。

「客観的事実を述べたまでさ。ギルは俺より若い」
「タイミング的にじじむさい発言に聞こえたけど」
「普通っぽい捉え方するなよ、ひねくれ者」

涼しい顔のカーバケッティに、タガーは軽く舌打ちした。
カーバケッティが言葉巧みにタガーをからかうのは昔からだ。

「タガーはカーバにはあまり絡まないですよね」
「ああ?こいつは言葉尻掴まえて揚げ足取りやがるから絡みたくねえんだよ」

顔をしかめるタガーだが、カーバケッティはそれは面白そうに口許を歪めた。

「随分な言い方だな。そんなにおれが嫌か?」
「ああ、嫌だね」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ですね。良かったですね、カーバ」

ギルバートはチキンサンドを飲み込んで、やっぱり穏やかに微笑んだ。
カーバケッティはふっと息を吐いて肩を竦めた。

「ま、そんなに好かれちゃあ仕方ないな。いつでも相手してやるぞ、弟分」
「いらねぇ」

低い声で即答するタガー。
ギルバートとカーバケッティは薄く笑みを浮かべている。

「今のはマジに聞こえたな」
「そですね」
「甚だ残念だ」

少しばかり顔をしかめるカーバケッティの目許は笑っている。
よくある戯れだ。
少なくともカーバケッティとギルバートはそう捉えている。
タガーとて大差ないだろう。

「そういえばタガー、今日一緒に来てもらえませんか?」
「男とデートする趣味はねえ」
「僕もありませんよ。ガスが来てもらえと言うものですから」

ギルバートの口から出た老猫の名に、タガーは嫌な顔を隠しもしなかった。
幼い頃から散々目玉をくらわされてきたのだから。
何かをする度に雷を落とされたものだ。
本物の雷じゃない分、ミストフェリーズの怒りを買うよりましだったのだろうか。

「俺は行かねえぞ。だいたい、ガスが俺に何の用だよ」
「今度の舞台はけっこうダンスが多いんですけど、困ってるんですよ。
 色気が無いとガスや振付さんに散々言われていましてね、
 どうもうちの男性陣は腰をうまく使えていないと」
「それでいつも腰振りまくってるタガーをご指名か」
「そんなとこですね」

こんなふざけたことをさらりと言ってみせるギルバート。
彼も役者の端くれだ。
笑わずにはいられないこんな場面で
いつもと表情を変えずにいられるのは訓練の賜物か。
カーバケッティはからからと笑っている。

「どうですか?」
「どうもこうもねえよ!行くわけねえだろうが!」
「それは残念ですね」

ギルバートは本当に残念そうな表情で溜め息を吐いた。
しかし、表情を作ることの一つや二つは朝飯前だろう。

「そんなに腰振ってほしけりゃタントにでも頼めよ。
 ボンバルもうまいんじゃねえの?」
「タントには頼みにくいですね。ボンバルには余計に」
「んだよ、いつもはあけすけに何でも言うのによ」
「じゃあどう言って頼むんです?
 すみませんが腰の使い方を伝授して下さい、なんて言えませんよ」

言いたくはない、それはタガーもわかる。
だが、だからと言って腰振りダンスの師になるつもりは微塵もない。
こんなに麗らかな日に、薄暗い劇場で汗臭い男どもと踊るなど気が滅入る。
いや、それ以前にこの依頼がありえない。

「ったく、いいかギル。そんな頼みは誰も聞きやしねえぞ」
「誰も聞いてくれそうにたいからタガーに頼むんですよ。
 なんせ、貴方は誰もしないことを平然とやらかしますからね」

ギルバートは大まじめに言った。
本気でそう思っているのかもしれない。
カーバケッティは呆れ半分の苦笑を浮かべている。

「オマエ、俺のこと何だと思ってやがる」
「天の邪鬼でしょう?もしくは捻くれ者か。みんなと違うことをしたがるのかと」
「縛られたくねえの、周りの奴にも常識にも。
 他の奴がしないことをしても、他の奴がしたくないことはしたくねえことが大概だ」

タガーが言い切ると、ギルバートは感心したようにへえと呟いた。

「ギルは言葉通りに受け取る方だからな」
「脳みそ筋肉なんじゃねえの?」
「詰まってるだけましでしょう?
 タガーの頭は振ったらカラカラいうって聞きましたよ」

脳みそ筋肉でいいのか。
カーバケッティは冷静に考えたがタガーはそうもいかない。

「んなわけねえだろ!」
「マンカスもランパスも言ってました!」
「じゃあ振ってみろよ!」

売り言葉に買い言葉というやつだ。
ギルバートはがしっとタガーの肩を掴んだ。

「本当にいいんですね?」
「おう、男に二言はねえ」

何を熱くなっているのか。
どこか遠い目でカーバケッティはしょうもない言い争いを見ていた。
ギルバートは何かにつけつけ力任せだし、タガーはタガーで意地っ張りだ。
遠心力でタガーがひっくり返る前に止めればいいかと溜め息を一つ。
と、また口論が始まった。

「だいたい俺の頭が鳴るんだったらあいつの頭からはバラの匂いがするぜ!
 あんな歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく繰り出せるんだからな!」
「ありえますけど!実際にそんな匂いを僕は知りません!」

タガーが指し示しているのは明らかにカーバケッティ。
しかも、ギルバートの肯定的な発言はなんだ。
カーバケッティはゆらりと立ち上がると、がしりと二匹の首に手を回した。

「俺にまで飛び火しないでもらえるか?」

普段の落ち着いたテノールとは明らかに違う、
地の底から沸き上がってきたような低い声。

「いいかお前たち。俺を舐めるんじゃないぞ。
 お前たちの頭が空っぽだろうが筋肉だろうが構わないが、
 至極まっとうな俺の頭の中がバラ園だとか言うもんじゃない」

薄ら笑いを浮かべるカーバケッティ。
誰もバラ園などとは言っていないのだが。
タガーとギルバートは、恐れていいのか突っ込んでいいのか分からず、
何ともいえない引きつった笑みを口許に貼り付けている。

そんな彼らは知るよしもないが、
残っていたチキンサンドは通りすがりのコリコパットの腹を幸せに満たしていた。

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ギルバートとタガーで書くべしと思い立って書いた一本。
おかしい、ギャグっぽくするつもりはなかったのに。
しかももっとおかしいことに、出張ってる紳士猫が一匹。

うちのギルバートはまじめな好青年設定。
体力作りに余念が無く、何事も一生懸命。
でもってタガーがあんまり捻くれてない。

でも、これでようやくタガーがFFに登場したことになりました。

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