幕開け
至急、条件に見合った女性を探し出してください。
一. 妖艶で美しいこと
二. 度胸があること
三. 演技が上手いこと
―――南方司令部 第一艦艇部隊 隊長 ギルバート―――
「・・・と、いうことだ」
上司の言葉にジェリーロラムは固まった。
「何故私にふられるのです?」
ジェリーロラムは運営部の総務部員。
上司は総務次官。
ということは、彼とてこの指令が場違いであることはわかっているはずなのだが。
「君はギルバート隊長と一緒に働いたこともあるのだろう?
ならば、隊長の意思をくみ取って条件に合った女性を探せると考えたんじゃないかな」
「はあ・・・」
一緒に働いたのはたったの半年。
だが、下ってしまった指令はそうそう断れない。
ジェリーロラムは了解の返事をせざるを得なかった。
「いるんだけどね、ばっちりの候補」
ぽつりと呟く彼女の脳裏に浮かぶのは、かつての大親友。
その名はグリドルボーン。
「もう見つかったって?」
カーバケッティは、少し意外そうに大きな目をさらに大きく見開いた。
かなり厳しい条件だったのに、世の中には探せばいるものだ。
「最悪ボンバルでも送り込もうと思ってたけど」
カーバケッティの独り言にボンバルリーナは凍りついた。
横暴なグロールタイガーを討伐する司令が出ていた。
彼らの一団を滅ぼす作戦に女の色気を使うという。
それだけでも唖然とするのに、お色気担当などたまったものではない。
「カーバの作戦大丈夫なの?」
ディミータは、何ともいえない表情のまま固まっているボンバルリーナの肩を
宥めるように軽くたたきながら尋ねる。
「俺の作戦で外れたことはないだろう?」
カーバケッティはにやりとして答える。
確かに、それはそうだが。
「貴方の奇抜極まりない作戦を実行する身にもなって下さい」
ギルバートからは痛い一言。
他の隊長ならば、カーバケッティの作戦を実行することは難しいだろう。
加えて、この部隊の隊員たちは、隊長の命令ならどんな無茶もやってのけるのだ。
「大丈夫ですよ、きっと」
船室の扉を後ろ手に閉めながら、話に加わってきたのはシラバブ。
今まで、甲板で星を見ていたのだ。
「順調に流れてゆくと、星が示しています」
シラバブは占星術を身につけている。
シャム国よりも、もっと東の国のものらしい。
「ところで、作戦はいつから始まるのですか?」
ディミータが、当然の質問を投げかける。
「もう始まっています」
ギルバートからさらりと帰ってきた答えに、船室は一瞬静まり返った
「参謀本部から、女性をひとり送り込んだと連絡が入りました。
作戦と感づかれないように、警戒されない範囲でゆっくりと近づくことにします」
穏やかに話すギルバート。
しかし、緊張の光が瞳に宿っていることは隊員たちにもわかった。
「グロールタイガーとの決戦は10日後を予定しています。
タンブルとボンバルは航路決定のために残って下さい。
シラバブ、ランパスとマキャを呼んできてください」
始まりはいとも単純に訪れる。
このまま、すぐに終わりがくるのだろうか。
「では、この場は解散します」
ギルバートが言うと、そこにいた隊員たちは思い思いに散っていった。
シラバブは、マキャヴィティがいるだろう操舵室に向かう。
「ねえ、バブ」
背後から声が聞こえて、シラバブは立ち止まった。
追ってきたのはヴィクトリア。
「どうしました?」
「ちょっと、聞きたいことがあるの」
小声で、少しだけ眉をひそめてヴィクトリアは言った。
「さっき、順調に流れると言っていたでしょう?
あれって本当なの?」
シラバブは少しだけ驚いてヴィクトリアを見て、そして目を伏せた。
「順調ですよ、今のところは」
「・・・そう、わかったわ」
ヴィクトリアはそれ以上何も聞かなかった。
ただ、何となく誰もが感じていたかもしれない。
この戦いが波乱の幕開けになることを。
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