路地裏にて

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最終更新日: 2018-11-11
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路地裏にて

「おい、すごいことになってるぞ!」

興奮気味に酒屋に飛び込んできたのは、この街の漁師だろうか。
彼の酒飲み仲間と思しき快活そうな男たちが、口々に何事だと言う。

「さっきグロールタイガーが来てただろう?
 死んだぜ、今だ。軍の奴らがきてたんだ」
「おいおい、冗談だろう」

早口にまくし立てる男の言葉を、周りの男たちは笑うばかりで信じない。
当然だろう、あの暴れ者があっさりやられるなんて考えられない。

「本当だって!血まみれで海に飛び込んだのを見たんだぞ、この目で!」

むきになって声を荒げる男。

「おい、お前。滅多な事を言うもんじゃない。首が飛ぶぞ」
「何だテメェ?見ねえ顔だな、どこのどいつだ?」

勢いづいている漁師は、鼻息荒く怒鳴る。

「そちらから先に名乗ったらどうだい、ダンナ」

立ち上がり近づいてくる男に、漁師たちは何やら威圧的なものを感じたらしい。
怪訝そうにしつつも、急に押し黙る。

「俺はマンカストラップ。グロールタイガーの参謀だ」

静かな声に酒屋が静まりかえる。

「無益な殺生は好まないが、これ以上周りの者を煽るようなら・・・」

マンカストラップが剣の柄に手をかけた、その時。
ドォン、という大きな音がした。
はめ込まれた窓ガラスがカタカタ揺れる。
はじかれたように店の外に出たミストフェリーズは目を疑った。

「船が・・・燃えてる」

ついさっきまでいたところが、爆音とともに形を失い火に飲まれている。
茫然としているミストフェリーズの様子に、
ただ事ではないと気付いた面々が外に出てくる。
昼間の太陽のように明るい光を放つのは、自分たちの生活の全てがあった場所。

「・・・おい」

低い声を絞り出すマンカストラップ。
先ほどの漁師は、怯えたようにびくりと肩を震わせた。

「あんたの話は本当なのか?」

答えが返ってこない。

「本当のことを知りたいだけだ、殺しはしない。
だから、真実を聞かせろ」

翠色の目が、言葉以上に迫力を持っている。

「本当だ・・・シャム猫軍のやつらと闘っていた。やられる前に自分から海へ飛び込んだ」
「そうか」

信じられない。
マンカストラップは、赤々とその身を染めた船を見詰めて呟いた

「何てこった・・・」

ラム・タム・タガーは、燃え盛る塊を見て愕然と固まっていた
マンゴジェリーも、スキンブルシャンクスも、瞬きすらしていない。

「いったい何があったというんだ・・・」

俄かには信じられない。
グロールタイガーが死んだということも。
シャム猫軍が急に襲撃してきたということも。



「マンカストラップ」

背後から呼ばれ、マンカストラップは我に返った。
よく知っている声。

「グリドルボーン!なぜここにいる!?船長はどうした!?」

他のクリューたちも気づいて、一斉に振り返る。
グリドルボーンはあたりを見回すと、路地裏に入るように言った。





「おい、どうなってんだ!?」

声を荒げるのはラム・タム・タガー。
グリドルボーンは暫く俯いていたが、すうっと息を吸い込むと男たちの目を見る。

「グロールタイガーは私を逃がしたわ」
「では、シャム猫軍の襲撃は本当なんだな?」

マンカストラップの問いにグリドルボーンは頷いた。
クリューたちの表情は険しい。
憎しみと、悔しさと、そして怒り。
隠されない感情は、彼らの全身からあふれ出ていた。

「一つ、彼から言い預かっているわ」
「何だ?」

クリューたちを見回して、グリドルボーンは静かに言った。

「生き残れって。生き残って好きなように進めばいい、と」

静寂が辺りを支配する。
息遣いすらはっきりと聞き取れるほどに。

「・・・らしいな」

最初に口を開いたのはマンゴジェリー。

「好きなように進めばいい、か」

呟いて夜空を仰いだのはスキンブルシャンクス。

「なんだか、忙しくなりそうだね」

わざと明るい声を出すのはミストフェリーズ。
頷くことで同意したのはラム・タム・タガー。

「なあ、グリドルボーン」

マンゴジェリーは落ち着いた声で呼びかける。
その瞳には、何か確信めいた光が宿っている。

「アンタが来たときからおかしいと思ってたんだ。
 言っておくけど根拠はない、だけど何となく感じてたんだ。
 アンタさ、シャムのやつらに言われて船長に近づいたんだろう?」

グリドルボーンからの答えはない。
肯定も、否定も。
クリューたちは呆気にとられてマンゴジェリーを見ている。

「俺にはそうとしか考えられない。それで、アンタはこれでもうお役御免だ。
 だから今の時点では誰の味方でもない、そうじゃないか?」
「・・・鋭いわね。否定はしないわ」

真っすぐなマンゴジェリーの目に観念したように、グリドルボーンは言葉を発した。
マンカストラップは困惑したようにふたりを交互に見やっている。

「アンタに文句とか言うのも筋違いだし、仕方ない。
 俺たちだって相当いろんなことやってきたからな、今回のことはその報いかもと思う。
 でもなあ、でも・・・」

マンゴジェリーは、ちらりと仲間たちに目をやって。
それから、どこか遠くを見つめるように視線を巡らせた。

「悔しいよなあ。こんなに近くにいたのに何もできなかった」

自嘲気味な笑みを浮かべて、呻くように言う。
クリューたちの思いは同じ。
皆、顔を伏せて悔しさを噛みしめる。

「できることなら盛大に弔ってやりたい。
 船長は弔い合戦なんて望んじゃいないだろうさ。きっとどうでもいいって言う。
 でも、好きに進めと言ったんだ」

マンゴジェリーの褐色の瞳が、グリドルボーンを再びとらえる。

「少しだけ、今度は俺たちに手を貸してみないか?グリドルボーン」
「マンゴ、何を考えている?」

訝しげに、問いを挟むのはマンカストラップ。

「んーとね、ちょっくらシャム猫軍に乗り込もうかなあと」

飄々とした口ぶりで爆弾発言をかます。
その場の全員が固まったのは当然。

「・・・おもしろいじゃねえか」

ラム・タム・タガーが、いつもの皮肉気な笑みを取り戻す。

「マンゴって、ほんと何言い出すかわかんないよね」

スキンブルシャンクスがふわりと笑う。
マンカストラップとミストフェリーズも顔を見合せて苦笑する。

「あなたたち、全員本気なの?」

呆れ半分、驚き半分。
グリドルボーンは複雑な表情でクリューたちに問いかける。
それに答えるのは、クリューたちの力強い頷き。
おもしろい、とグリドルボーンは思う。
裏切ったはずのクリューたちに少しばかりの力添えとは。
任務が終われば、もう誰の味方でも無かった。
だったら楽しい方がいい。

役目は終わった。
もう、何の義理もないのだから。


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