眠れぬ夜
「隊長、少しお休みください」
廊下を歩いてきたタンブルブルータスは、ベンチに座り込むギルバートに声をかける。
カッサンドラとヴィクトリアがようやく見つけた小さな病院。
グロールタイガーの残党が襲ってくるかもしれないという危惧もあって、
隊員たちはゆっくり休むことができないでいる。
「みんなどうしていますか?」
ギルバートは、隣に腰をおろしたタンブルブルータスに尋ねた。
「交替で休んでいます」
短い答えが返ってくる。
「暫くは動けないですね」
「下手に動くよりいいでしょう」
そっけない。
ギルバートは苦笑する。
タンブルブルータスはどうやら怒っているらしいと気付いたから。
「峠を越したら医務局に向かいましょう」
コリコパットとカーバケッティは、未だ意識が戻っていない。
ディミータとボンバルリーナは、外傷こそ少ないものの安静が必要だった。
ランパスキャットはうまく鎮痛剤が効いていないらしく、
固く目を閉じて痛みをやり過ごしているようだ。
今は、軍医のタントミールが皆の状態を見て回っている。
「カッサが南方司令部に監察業務の代行を頼んでいます。
隊長が休まれる間は俺が責任を持ちますので、早く寝て下さい。
こんな時くらい役に立たせて下さいよ。俺、一応副隊長ですから」
「・・・すみません」
なぜか謝ってしまうギルバート。
心配させてはいけないとはわかっているのだ。
しかし、心配とか不安とか。
眠れない原因は挙げればきりがない。
カッサンドラやヴィクトリア、マキャヴィティやジェニエニドッツも、
みんなギルバートを気遣って休むように言ってくれる。
でも、あれこれ理由をつけて結局ずっと起きていた。
そんなギルバートを見て、タンブルブルータスは大きくため息をついた。
「隊長、貴方が今回の作戦に消極的だったのはみんな知っています。
ですが、やると決めて全力で戦った。それでいいじゃないですか。
卑怯だろうと正々堂々戦おうと、求められた結果を出したのだと割り切って下さい」
静かな声だった。
それでも、不気味なほど静まり返った廊下にはよく響く。
「コリコもカーバも大丈夫です。あいつらは呆れるほどにしぶとい」
「そうですね」
たまらなく心配だ。
しかし、大丈夫と信じて待つことしかできない。
「俺たちは貴方について行くと決めたんです。
貴方は貴方の行くべきと思うように進んでください」
ギルバートの方は見ないまま、タンブルブルータスが言葉を紡ぐ。
伏せがちだった目を上げるギルバート。
すると、タンブルブルータスが強い視線を向けてきた。
「ただし、行く場所を見失わないでください。
貴方が道に迷えば、俺たちはどうしようもなくなる」
口調は強くない。
ただ淡々と。
「ありがとうございます」
ギルバートは、柔らかくほほ笑んだ。
それを見て、タンブルブルータスはもう一度溜息を吐いて立ち上がった。
「早く寝ることですね。こっちにタントが回ってきたら間違いなく怒られますよ」
「それは怖いですね、忠告ありがとうございます」
ふわりと笑って、軽く忠告を受け流す。
夜の暗がりの中。
ギルバートは、まだ当分起きているつもりでいる。
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