理由
「ジョージ総司令官、総務部から書類が届いております」
一礼して執務室に入ってきたのは連絡員のビル・ベイリー。
「総務部・・・今年の外部募集一次選考合格者名簿と履歴書、とか?」
「その通りでございます」
山のような書類にゲンナリした表情のジョージ。
いちいち目を通して印を押すなど、考えただけで気が滅入る。
暇そうな部下を見つけてやらせるしかない。
応募順に重ねられているのだろう。
マンカストラップ、ラム・タム・タガー、スキンブルシャンクス、ミストフェリーズ、
マンゴジェリー、クレオパトラ、シーザー・・・
世の中にはいろいろな名前があるものだ。
「私の名前は何と平凡な・・・」
「総司令官、それは言わないお約束です
思わず口をついて出た言葉に、ビル・ベイリーが声を潜めて忠告する。
「む、そうだったな。で?二次選考はいつだ?」
「一週間後です」
「そうか。では、けっこう急ぎだな。メグ司令官にまわそう、彼女は仕事が早い」
ジョージはそう言うと、スケジュール帳を開いて予定を書き込む。
外部募集の選考を総司令官が見る必要はない。
息抜きがてら見に行こうというわけだ。
「よく間に合ったわね、ジェリー」
「フフ、私を誰だと思っているの?」
軍部の建物から少し離れた、街にそぐわない瀟洒なカフェ。
ジェリーロラムとグリドルボーンは、ここで紅茶を飲んでいる。
クリューたちに手を貸すと言ってから一週間ほど。
たまたま、海軍兵の外部募集の時期に重なったのを利用して
彼らを滑り込ませようとしているのだ。
ジェリーロラムが、受付窓口の総務に所属しているのも幸いした。
「一次選考は書類審査だからね。簡単にごまかせるのよ。
ラム・タム・タガーの手とマンカストラップの足はどうしようか悩んだけど」
「悩んだと言う割には楽しそうじゃない。
書類のねつ造なんて、ばれたら即刻クビでしょう?」
グリドルボーンが言えば、ジェリーロラムは別にいいのよとあっさり返す。
「軍も海賊も、大切なものをみんな奪っていくの。
お義父さんが望まなければ私は海軍になんて入らなかった。
だから、軍や海賊に肩入れしようなんて思わない」
「そうね。軍だから、海賊だから、そんな理由で助けるんじゃないわ」
少し冷めた紅茶を一口飲んで、グリドルボーンは言った。
ジェリーロラムも白いカップに口をつけ、ふっと息をついた。
「グリドルは、どうして?なぜグロールタイガーの仲間に力を貸す気になったの?」
あの凄惨な光景を忘れたわけではないだろうに。
まだ、ジェリーロラムとグリドルボーンが幼かったころ。
物心付く前からふたりは孤児院で育ってきた。
優しい職員や、元気で明るい友達に囲まれて過ごした日々はとても幸せだった。
しかし、ある日。
職員たちも友達も、皆殺しにされた。
グロールタイガーとその一味の仕業と知ったのは、それからかなり後のこと。
あの時、たまたま山菜取りに出かけていたふたりは難を逃れたのだ。
ふたりはその後、養子として別々の家に預けられ今日まできた。
「グロールタイガーは、そりゃ身勝手で乱暴な男だったわ。
でもね、彼は本気で私を愛してくれた」
「本気ってわかるの?」
「わかるわよ。胸張って言えるようなことじゃないけど、男はけっこういたし。
不器用だったけど、大切にしようとしてくれてるのは感じたわ」
そう言うと、グリドルボーンは角砂糖を一つカップに落とす。
小さな波紋を何重にも描きながら砂糖が沈んでゆく。
暫くそれを見つめ、再び口を開いた。
「彼は彼なりにあの船の乗組員を大事にしてたし、慕われてもいたわ。
彼らにとっては船の上が全てで、奪うことが生きることだった。
世間に褒められた生き方じゃなくても、全力で楽しんで生きる姿が新鮮だったの」
軋む船、何度も繕われた帆、飛び交う声。
荒れ狂う海に臆することなく向き合う男たち。
困難を困難と思わずに、何にでも立ち向かう海賊たち。
同じ生きているなら、楽しく生きていた方がいいじゃないかという顔で。
「私は、生きることにそれほど喜びを感じてたわけじゃないわ。
全然違うから、だから惹かれたんだと思う」
「そう、グリドルらしいわ」
ジェリーロラムは、冷めた紅茶にミルクを注いでゆく。
白く濁っていく液体を見つめ、それからグリドルボーンに目をやった。
「私は許せない。グロールタイガーだけは。
軍だって嫌いよ。友達が死んじゃっても、それが当たり前になっちゃう。
でも、自分とあなたのためなら何でもするわ」
「私だって。自分とあんたのためなら何でもする。
他の誰かに助太刀するのも、きっとこれが最後になるわ」
ふたりはにらみ合うように視線を絡め。
そして、どちらからともなく笑いだした。
「久々に面白いものにであったわ」
「悪い女ね、相変わらず」
「あら。それはお互いさまでしょう?」
大変なことになる。
でも、もうこれ以上助けはしない。
小さい時。
別れなければならなかったあの時に、ふたりで約束した。
誰も憎まない。
誰も恨んだりしない。
好きにならなくてもいい。
でも、憎しみと怨恨はいらない。
自分が憎悪の気持で苦しむのはいやだったから。
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