酒場にて
「それじゃあお前たちは酒を調達してこい」
テイム港に着くと、グランブスキンはさっさと部下を追い払う。
「おいグランブスキン、俺たちも酒を探しに行ってくるからな」
およそ海賊らしくない、凛とした顔立ちの男が仲間を引き連れ街に向かおうとする。
「あんまり騒ぐんじゃねえぞ」
「お前に言われることじゃない」
男が言い返せば、グランブスキンは大仰に笑う。
その間にも、男は軽く手をあげて歩いて行ってしまった。
「・・・ったく、あいつもメロメロじゃねえか」
あいつとはグロールタイガーのこと。
毒づいているのは、左手の手首から先を布で覆っている男。
この男たちはグロールタイガー直下の精鋭。
しかし、最近はあまり近づけてもらえない。
それもこれも、突然現れたグリドルボーンとかいう女の所為だ。
「いいじゃん。奇麗だよね、彼女」
「そうだよね。美しいって彼女のためにある言葉だよ」
首から下げた紫のバンダナが目立つ爽やかな青年と、左耳のない小柄な青年は嬉しそう。
そんなふたりの後ろをぶらぶら歩いているのは赤毛の男。
かったるそうに振舞っているが、抜け目なく常に周囲を警戒している。
「また船長は、あのグリドルボーンとやらといちゃついているだろう。
どうせだから皆で酒でも飲んでいかないか?」
「いいの?マンカスにしては珍しい提案だね」
「俺だって酒くらい飲むさ。マンゴ、酒屋ないか?」
足を引きずっているマンカストラップは、この男たちのリーダー的存在。
「あれがそうだろ?何か金目のもの持ってきたか?」
「僕が持ってるよ、少しだけどね」
「さすがスキンブル、手抜かりはないってか」
紫バンダナの青年はスキンブルシャンクス。
見るからに高価な宝石を無造作にポケットから引っ張り出して、目の前にかざしてみせる。
「足りなかったらミストがなんとかしてくれるよ」
「冗談じゃないよ。金目のものは作れないんだから」
ミストフェリーズは首を横に振って言う。
彼は特殊な能力を持っているのだが、それがどんなものか仲間でも理解しきれないのだ。
「最悪、力づくだ」
「タガーらしい単純な発想だな」
左手が不自由なラム・タム・タガーに向けて、
赤毛のマンゴジェリーはさらりと嫌味を言う。
マンカストラップは、見つけた酒屋に踏み入れて店主を呼んだ。
「すまないが、これで出せるだけの酒を持ってきてくれ。
言っておくが、この宝石は本物だ。
けちろうなんて考えるなよ。グロールタイガーに寝首を掻かれるぞ」
宝石を突き付けられた店主は、あわてて店の奥に飛んで行った。
クリューたちは、哀れにも怯えきっている店主の後ろ姿を見送る。
「あの脅し、けっこう効くよね」
ミストフェリーズは楽しそうに言う。
暴れ者、ならず者と恐れられるグロールタイガーを知らないものはいない。
ましてや、漁港となれば名前を聞くだけでも震え上がる者も少なくはない。
「船長、ひとりで大丈夫かなあ」
「何言ってんだよ。あいつに何かあってたまるかってんだ」
「今頃、グリドルボーンと歌でも歌ってんじゃないか?」
クリューたちはゆめゆめ思っていない。
シャム猫軍が自分たちの船に迫っていることなど。
マキャヴィティは、戦闘着を付けながら甲板に出てきた
「船を完全にとめました。小船も下ろしたので、いつでも向かえます」
ギルバートに向けられたその言葉で、船の緊張は一気に高まる。
「いよいよです。グロールタイガーひとりしか敵はいません。一息に仕留めます」
早いうちにけりをつけなければならない。
長引けば部下たちが船に戻ってきてしまう。そうなっては苦戦は必至だ
「小舟にわかれて乗って下さい。
舵取りはランパスとマキャに任せるので、気づかれないようにお願いします」
隊員たちは、即座に小舟に分乗した。
それぞれが剣を握り、これから訪れる戦いに向けて集中する。
狙うのはただ一つの首。
夕刻、空の青に朱が差し始めた。
星が一つ、煌々と輝いている。
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