陥穽

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最終更新日: 2018-11-11
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陥穽

「思い切った作戦ね」

夜遅くまで本を読みふけっていたカーバケッティは、声をかけられて顔を上げた。

「遅くまでお疲れ様。はい、夜食どうぞ」

そう言って、少し焼いたバケットを差し出したのはジェミマ。

「悪いな」
「いいのよ、ランパスにも作るものだから」

ランパスキャットは、夜の航行と見張りを兼ねて一晩中起きている。
ジェミマは、毎夜彼のために夜食を作ってから寝るのだ。

「ねえ、隣座っていい?」
「今さら遠慮することもないんじゃないか?」
「だって・・・邪魔したくないし」

口篭るジェミマに、カーバケッティは苦笑して隣のイスを引いてどうぞと言った。
ストンと腰をおろしたジェミマは、しばらく黙ったままでカーバケッティを見ている。

「なあ、ジェミマ」
「え?何?」

突然名前を呼ばれて、驚いたようにジェミマが目を上げる。
カーバケッティは真剣な表情をしている。

「昔、海の覇者と呼ばれた男がいたんだ。
 その男は海賊だったが、ある国に請われて領海を広げ守っていた。
 ある時に、その男が守っていた国と戦争していた別の国が一計を案じたんだ。
 覇者とも謂われる優秀な男を排除するために」

ジェミマは少し首を傾げた。
男のことを聞いたことがあるような気もするし、ないような気もした。

「その男は結局謀殺されたんだ。非情な手段でな」

そう言って、カーバケッティはパタンと本を閉じた。
宙を睨むように話を続ける。

「その男が大切な女性を失ったばかりだったことを知った敵国の参謀が、
 魅惑的な女性を送り込んで隙を作らせたんだ。
 どんな男も女性の優しさにはほんと弱いもんだよな」
「じゃあ、その男はそんな作戦で死んじゃったの?」
「そうさ。最期はけっこうあっけなかったって話だ」

カーバケッティの話を聞いていたジェミマの心境は複雑だった。
これから、自分たちがグロールタイガーを同じ手段で罠にかけようとしているのだから。
じっと考え込んでしまったジェミマの隣で、カーバケッティはバケットに齧りついている。

「カーバは、この作戦でいいの?」
「隊長には随分反対された。でも、やむを得なかった」
「どうして?」

間をおかずに投げかけられた問いに、カーバケッティは少しだけ答えを迷った。
今は全てを話すわけにいかないのだ。

「俺たちの犠牲を少なくすることが第一だったから、だな」
「ふうん・・・」

本当だろう、とジェミマは思う。
そして、もっと他にあるのだろうとも思われた。
それでも、これ以上追求してもきっとはぐらかされるだろうことは想像に難くない。

「ところで、さっき言ってた海賊だった男って・・・」
「ジンギスだ。名前くらい聞いたことあるだろう?」
ジェミマはこくんと頷いた。
学校で習ったことがある。

「大悪党って言われてるジンギスでしょう?
 確か、グロールタイガー以上に派手に暴れてたって習ったけど」
「大悪党、か」

苦笑交じりに呟くカーバケッティ。

「そんな大悪党は葬り去られて当然だったと思うか?」
「それは・・・当然と言えば当然じゃないの?
 酷いことしてきたんだったら報いは受けるものでしょう?」

答えるジェミマも、自分の答えに自信がないようだった。

「海賊行為というのは、まあ品のいいものではないな。
 彼らが何を目的で、その行為を行っているかまで理解する必要はないと思う。
 だけどさ、教えられたことを鵜呑みにするのはまずいよな」

バケットを食べながらだから、所々で話に間ができる。
ジェミマが考え事をするのにはちょうどいいのかもしれないが。

「いいか、歴史ってのは勝者が作るものだ。
 教えられた歴史は、イコール真実ではない。
 不都合なものは隠され、都合のいいように塗りなおされていくんだ」
「じゃあ、ジンギスが大悪党っていうのは嘘なの?」
「嘘と言い切れるかはわからないけど、
  一国の主に請われて海を治めた男が悪いばかりだったとは考えにくいだろう。
 要は、その男を倒したのがどこの国で、俺たちはどの国から歴史を学んだかってことだ」

ジンギスは東国の大きな国の領海を仕切っていた。
それを忌々しく思っていた国、それは紛れもなく隣国だったシャム国。

「・・・私たちの国が、ジンギスを悪党に仕立て上げているの?」
「敗者はいつでも悪者さ」

カーバケッティは、ふっと笑って言った。
ジェミマにしてみれば、疑ってもみなかったことが崩れてしまった感がある。
言われてみれば、彼女自身がジンギスの悪行を見たわけではない。
難しい顔をしているジェミマを見て、カーバケッティは言った。

「ところでさ、ランパスに夜食持って行くんじゃなかったか?」
「あ、うん。そうね、持って行ってくるわ」

ジェミマは、まだ釈然としない心境のまま厨房に戻って行った。
そして、温めなおしたバケットを手に操舵室へ向かう。

カーバケッティは、それを見送って小さくため息をついた。
卑怯な手段だとはわかっていた。
ギルバートが真剣に怒り、反対してきた姿が思い浮かぶ。
条件を出した。
味方を誰一人として失わないと。
そうでなければ、ギルバートは折れてくれなかった。

「すみません、隊長。
でも、貴方は優しすぎるから・・・何か犠牲が無いと決断できないでしょう?」

問いかけても、もちろん答えは返ってこない。
もう幕は引いてしまった、後戻りはできない。
まずは、グロールタイガーとの戦い。
予測が正しければ10日後、テイム港でぶつかることになる。


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