海に消えた灯

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最終更新日: 2018-11-11
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海に消えた灯

船上に響く歌声。
低く太く、よく通るその声がグロールタイガー。
そして、美しく透き通るソプラノがグリドルボーンか。
思わず聞きほれてしまうようなデュエット。
ギルバートは今になるまでグリドルボーンを見たことがない。
美しく艶やかで、それでいてとても可愛らしい女性だと報告を受けている。





「隊長、乗り込みます」

耳元で囁く声はランペルティーザ。
船の縁に、器用に鉤状の金属がついたロープをひっかけて素早くよじ登っていく。
静かに、音を立てぬように。
隣の小船では、コリコパットが同じようにして船壁を登っている。
舳先からグロールタイガーの背後に回り込んで機を待つ。
荒くれ者は、陽気に愛のデュエット。
いい気なものだ。

その名を聞けば誰もが震え上がるという大海賊、グロールタイガー。
とんでもないならず者。
しかし、それでも身一つで海を制した大物。
だからこそ、一対一で勝負してみたい。
ギルバートはそう言ったが、カーバケッティに駄目だと言われた。
折れるしかなかった。
自分の役目はグロールタイガーを確実に倒すことだから。

非道だと感じる、この作戦は。
怒りさえ感じる。
だから、ギルバートは自分に言い聞かせた。

グロールタイガーは、国民を苦しめている。
グロールタイガーは、同胞の命を数多く奪った。
グロールタイガーは、暴力的で残酷で。

それが事実。
その事実は、この作戦を正当化する。
悪徳ものを倒すという結果をもって。





カタンという小さな音。
それに気づかないグロールタイガーではない。
どんなに、目の前のグリドルボーンが魅惑的に微笑んでいても。
押し殺された殺気を感じないはずはない。
取り囲まれ、とおに逃げ道はないはずだ。

相手はシャム猫軍に違いない。
ちょろちょろと、姑息な手段を平気で使う虫の好かない連中。
何より、耳を千切った憎いやつら。

グロールタイガーはこれまで幾多の試練を乗り越えてきた。
死地を何度も切り抜けてきた。
しかし、今回は多勢に無勢もいいところだ。
今まで共に闘ってきた仲間すら、ここにはいない。
船を降りればすぐそこにいるというのに。
近くにいるのに、あまりに遠い。
それならば。
相手が焦れて姿を見せるまで、このデュエットをやめることはない。
センチメンタルな夏の夜。
命が尽きる前に変な話だが、これが自分への弔歌となるように。

「グリドルボーン」

グロールタイガーは、自分を恐れる様子のない白い天使を引き寄せた。
耳元で何かを囁き、再び歌が流れ始める。





「隊長、仕掛けます。これ以上は待てません!」

小声でも、強い口調で言うカーバケッティ。
ギルバートはか鍵のついたヌンチャクを握りしめた。
時間が経つほど、部下たちが戻ってくる可能性は高くなる。
そうなれば、数で劣る自分たちがあまりに不利になる。

「・・・突撃します」

低く、しかし鋭い声でギルバートは言った。
合図一つで、隊員たちは素早くグロールタイガーを取り囲んだ。
舳先に立ったギルバートは、息を吸って敵将を見据える。

「恨みつらみ晴らすぞ今こそ!」

自分を、そして隊員たちを鼓舞するために声を張り上げる。

「グロールタイガー、命は貰った!」

迷ってはいられない。

「それー!!」

渾身の叫び声。

隊員たちは一斉にグロールタイガーに剣を向ける。





「逃げるんだ、無事でいろよ」

戸惑った様子のグリドルボーンを、グロールタイガーはハッチに押し込んだ。
ここから脱出することができる。

「行け!」

彼女には無事でいてもらわなければならなかった。
一つの思いを託したのだから。



冷やかな目つきだった。
逃げたグリドルボーンに、ギルバートはそんな印象を抱いた。

おそらく無事に逃げ延びただろう。
姿を消した女を思い、グロールタイガーは喉の奥で呟いた。





ギルバートが振るうヌンチャクが確実にグロールタイガーをとらえる。
衝撃に視界が揺れる中、それでも隻眼の大海賊はひとりの男から剣を奪った。
その剣が、ランパスキャットを襲う。
腹を押さえて蹲った彼をかばい、コリコパットがとび蹴りを放つ。
間を置かず、マキャヴィティが斬りかかる。
海の猛者は強かった。

冷静に戦局を見極めていたギルバートが、宙返りでグロールタイガーの前に降り立った。
ほとんど音もなく、軽やかに。
鮮やかな剣さばきでグロールタイガーを追い詰める。
疲れがあからさまになってきたグロールタイガーの分が悪い。
ギルバートは剣を構え、ひっかけるようにして海賊の手から得物を弾き飛ばした。
そして、そのまま徐々に舳先へと追い詰める。

「グロールタイガー、そろそろ年貢の納め時ではありませんか?」

言葉で迫ってみても、ぎらぎらと輝く一つしかない眼。
完全にその光を断つために、カーバケッティとコリコパットが斬りかかる。
次の瞬間。
コリコパットは脇腹を、カーバケッティは胸元を、ダガーで抉られ倒れこんだ。
それを見たディミータとボンバルリーナが、グロールタイガーに剣を突き付けた。

ギルバートの指示に合わせ挟撃する。
しかし、年季の入った毛皮に阻まれうまく決まらない。
そして足場が悪い。
ほんの少しの隙をついて、荒くれ者の肘鉄がふたりの鳩尾に決まる。

「ディミ!ボンバル!」

半ば叫ぶようにしてヴィクトリアが斬りこむ。
それに応えるように、ディミータとボンバルリーナは歯をくいしばって立ち上がった。
再び剣を構え、体勢を立て直す。

「とどめよ!」

二本の刃が海賊に迫る。
ヴィクトリアも斬りかかる。
だが、グロールタイガーは嘲笑を浮かべてうまく急所を外す。

「俺様の命、お前たちにどうこうさせないぜ!」

また、斬りかかってこようとするふたりをぐいと押しのけて、
グロールタイガーは舳先に駆け上がった。

「まずいぞ、討ち取れ!」

切迫した声が飛ぶ。
それに応えようとしたのはヴィクトリア。
しかし、一瞬早くグロールタイガーは高笑いとともに海に消えた。

「くそ・・・っ」

暗い海面を睨みつけて、悔しそうに呟くのはタンブルブルータス。

「隊長、いいのですか?」

カッサンドラがギルバートに問う。

「かまわないでしょう。あの怪我で海に入れば生き残れません」

どこか放心したように言うギルバート。
討ち取れと叫んだのはタンブルブルータスだった。
ギルバートは思ってしまったのだ。
このまま、グロールタイガーを海に帰してもいいだろうと。
海賊は海に生き、海に散るものだと。

「戻りましょう、カッサ。病院と連絡をとって下さい。ランパス、歩けますか?」

帆柱に寄りかかっているランパスキャットは、頷くものの動くのは辛そうだ。
ディミータとボンバルリーナも、ぐったりと座り込んでいる。

「何でもいいから清潔な布を持ってきて!」

声を張り上げるのはタントミール。
コリコパットとカーバケッティの意識が無い。
出血が酷く、下手に動かせない。

「早く!」

ランペルティーザやシラバブ、ジェミマが布をかき集めてくる。
応急処置が施されていく。

「撤収しましょう」

これ以上の長居は危険だ。
重傷者を抱えてでも戻らなければならない。

「マキャ、ヴィク、ランペル、爆破の準備をしてすぐに引き上げてきてください」

指示を出し、ギルバートは慎重にコリコパットを抱えあげた。
タンブルブルータスはカーバケッティを。

自分たちの船に戻る途中。
ギルバートは黒い海に目を落とした。
自分を納得させる。
これで良かったのだ、と。
勝利の知らせが届けばみんな喜ぶだろう。



星が一つ、空を滑ってゆく。


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