Jellicle Cooking

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最終更新日: 2018-11-11
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ひしゃげたワケは


無造作に積まれている道具の数々を眺めて、
ここまでくれば壮観だなとマンゴジェリーは呟いた。
大きさも材質も色も、見事にてんでばらばらだ。

「まあ、所詮はヒトのゴミってか」

かなり変形している器や、曲がったスプーンも少なくない。
手にしたボウルを水平な台に置けば、
底が歪んでいるのか不安定に揺れた挙句かなり傾いて止まった。

「これは使えんだろ」

使えるものも使えないものも一緒くただ。
使えそうなものを選びつつ、使えなさそうなものは除けていく。

「よう、マンゴ。えらく手際がいいじゃねえか」
「なんだタガーか。道具選びに手際もなにもねえよ」

背後から近づいてきた派手な男を振り返ることもせず、
マンゴジェリーは使い物にならない麺棒らしきものを横に転がした。

「冷てえな。珍しくオレ様が褒めてるってのによ」
「お前が褒めたところで嬉しかねえだろうが」
「つまんねえの。とりあえず、何が要るか教えてくれよ」
「何に対して取りあえずなのかわかんねえし」

使いそうなものを一通り集め終わったマンゴジェリーは、
バットの上にボウルを重ね、その中に細々したものを入れていく。

「いいじゃねえか。教えたって何も減らねえだろう」
「俺の時間が減る」

大きくため息を吐いたところで、マンゴジェリーはようやく振り返った。
あのラム・タム・タガーが素直に参加しているのが珍しい。

「何か悪いもんでも食ったのか?お前が真面目にやってると気持ち悪い」
「さっきから何となく癪に触るぞオマエ」

低く唸ってから、タガーは隣のテーブルにちらと眼を向けた。
つられたマンゴジェリーがそちらを向くと、顔を上げたカッサンドラと目があった。
にっこりとほほ笑む彼女に、マンゴジェリーもひとまず笑顔を返す。

「なるほどね、カッサがいるんじゃあ仕方無いか」
「だろ?しかもシラバブまでいる」
「はあ、最強タッグだな。まあ道具くらい教えられるけどさ。
 使えねえのもあるから気を付けた方がいいぜ」

がらくたなのか道具なのかわからない物の中から
タガーとマンゴジェリーが必要な物を探し出しているところに、
スキンブルシャンクスがやってきた。

「わあ、何だか不思議な形のがいっぱいあるね」
「まったく、半分以上は使えねえかもな」

手を休め、マンゴジェリーが苦笑する。
横に置いていたがらくたは既に小山を築いている。

「これ、別のところに置いておこうか。崩れたら大変だし」

スキンブルシャンクスがそう言った直後、
向こうの方で盛大なくしゃみの音がしてジェミマの悲鳴が聞こえた。

「向こうの山は崩れたんじゃねえか?」
「かもな」
「これはくしゃみ程度じゃ崩れないだろうけどね。
 不安定だからいつ地滑りが起きても不思議じゃないよ」

使えない道具をまとめて抱え上げたスキンブルシャンクスは、
使われていない台の上にそれらを置いた。

「けっこう力持ちだな、スキンブル」
「あはは、これでも夜行列車に勤めて長いからねえ。
 さてと、僕も準備しなくちゃ。ボウルはいるよね、バットは使うかな」

スキンブルシャンクスはさっさと道具を揃えていく。
必要なものというよりは、必要かもしれないものを全て揃えているようだ。

「ボールにバット?何だ、野球でもするのか?」
「野球?何それ。あ、マンゴだ!」

賑やかにやってきたのはマンカストラップとランペルティーザ。

「さっきねえ、マキャが粉を吹き飛ばしちゃったのよ。
 でね、あたしたちのチームは大量のクッキーをつくることになったの」
「量の問題はさておき、取りあえず何を用意したらいいかわからん。
 スキンブル、悪いが教えてもらえないだろうか」
「うん、いいよ」

すまなそうに教えを請うマンカストラップを見て、
マンゴジェリーは使えそうなスプーンを選んでいるタガーに声を掛けた。

「やっぱりさ、ものを頼む態度ってのは重要だと俺は思うぜ。
 きちんと頼めば邪険にはされないよな」
「そりゃそうじゃねえの?」
「いや、お前に言ってんだよ」

再び溜め息を吐いて、マンゴジェリーは自分のチームの方に目を向けた。
材料を揃えに行ったジェミマ達も、台を綺麗にしていたジェリーロラムも、
どうやら準備を終えて自分を待っているらしい。

「タガー、道具はだいたいそれで大丈夫だから。
 あとは絞り口だけ適当に見つくろって持って行けばいい」
「おう。助かったぜ」

道具を運んでゆくマンゴジェリーと入れ違いにカーバケッティがやってきた。
あまり機嫌が良くないようだ、とタガーは気付いた。
こういう時にはこの男には近づかないに限ると少し距離をとる。
このタガーの判断は賢明だったと言える。
絞り口を探し始めたタガーの隣で、カーバケッティは無言のまま道具を集めだした。

「カーバ!すっごいメンバーになっちゃったね」

空気というものをあまり気にせずに発言できるのはランペルティーザの強みでもある。
ただ、女性には紳士的たれをモットーとするカーバケッティは、
いくらテンションが低かろうと必ず笑顔で応えることが習慣になっている。

「もっと同情してくれていいぞ、ランペル」
「でも、カーバがいるから大丈夫じゃないの?」
「嬉しいことを言ってくれる」

ふっと肩の力を抜いたカーバケッティは、ランペルティーザの横で
真剣に麺棒と睨めっこをしているマンカストラップに気付いた。
何をしているのかとカーバケッティが訝しがっていると、
スキンブルシャンクスもそれに気付いたの微苦笑を浮かべた。

「マンカス、何かあった?」
「あ、いや。これがバットか?」
「それは麺棒だよ。バットはこっち。あーあ、これはぼこぼこだね」
「・・・綿棒?」

歪んではいるが、差し出された四角い容器と
己の手にしている木の棒を交互に見ていたマンカストラップは、
腑に落ちないという表情ではあるが「そうか」と頷いた。

「おうマンカス、それでボウル打つんじゃねえぞ」
「馬鹿な。タガーこそ真面目にやれよ。バブが楽しみにしているんだからな」
「テメエの心配をしやがれ。オレらんとこはカッサがいんだよ」
「俺のところにはヴィクトリアがいるぞ。心配ない」

幼馴染同士の言い合いを見ていたスキンブルシャンクスは、
いかにも不思議だと言わんばかりに小さく首を傾げた。

「自分がすごいって言い合うならわかるんだけどね」
「寄る辺があってよかったと言うべきだろう。
 ところでスキンブル、その辺に使えそうな絞り口ないか?」

カーバケッティは不毛な言い合いに全く関心を示さず、
ひたすら使えそうな道具を漁っている。
スキンブルシャンクスは使えそうな絞り口を探し出して、
カーバケッティが手にしているボウルにそれを放り込んだ。

「カーバ、それでいい?」
「ああ、ありがとう」

礼を言うカーバケッティの耳が、向こうから己を呼ぶ声を捉えたのはその時だ。
材料と分量を復唱までさせたのだから忘れた筈は無い。

「何だ?」

言った材料が用意されていなかったのかと訝しがりながら
返事をするカーバケッティの声にはどこか棘がある。
すると、コリコパットが不思議なことを言い出した。

「海に行かないと無いんだってさ!」
「何がだよ!?」

思わず怒鳴り返すカーバケッティに、傍で聞いていたスキンブルシャンクスも苦笑する。
コリコパットなどは海すら見たことがないはずだ。
そんな海に行かなければならないようなものとはなんだろうか。
カーバケッティのチームメイトが仲良く声を揃えて答えを教えてくれる。
いわく。

「アザラシ!」

らしい。
一瞬の沈黙が部屋に流れた。
呆れたように肩をすくめるスキンブルシャンクスには、
勿論アラザンのことだろうと想像はつく。
ランペルティーザは、アザラシって何と呟いている。
そしてカーバケッティは。

「バカヤロー!」

あらん限りの大声で叫ぶと、手にしていたボウルを床に叩きつけた。
哀れなボウルは、床にぶち当たって大きく跳ねた後、
何度か不規則に小さくバウンドしてからマンカストラップの足許に転がった。

「絞り口は無事のようだ」

無論、ボウルはひしゃげて使い物にならなくなっている。

「あいつ、怖いな」

離れていたおかげで巻き込まれずに済んだタガーは僅かに口許を引き攣らせた。

「なるほどなあ。あんな風にして道具はおじゃんになるわけか」

自分のチームに戻っていたマンゴジェリーは、
盛大に跳ねて潰れたボウルを見てしみじみと呟いた。

「何か言った?」
「いや、別に。ただ、ヒトって生き物はストレスが多いんだろうなって思ってさ」
「ふうん、そうなの?」

よくわからないけど、というジェリーロラムに、
たぶんそうなんだろうとマンゴジェリーは答えた。




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