【赤】不格好
苔むしたもみの木
一言で言えば、やや残念である。
ランペルティーザは手に付いたアイシングの砂糖をペロリと舐めて、
目の前に並んだ大量のクッキーを改めて眺めた。
「味は悪くない」
というのがメンバーの一致した見解だった。
なるほど卵の殻だって全然気にならないし、
甘さだってランペルティーザにはちょうどいい。
香ばしさが過ぎる物も少なからずあるが、それはそれで悪くない。
しかし、何だか残念なのだ。
「不器用なのかな?センスがないとか?」
「どちらも当たっていると思うわ」
思わず呟いたランペルティーザに、ヴィクトリアが言葉を返した。
とかく、彼女たちにしろマンカストラップとマキャヴィティにしろ細かい芸は得意でない。
アイシングをしてみればはみ出したりムラができたり、うまくいかない。
もみの木のはずがただの不可思議な緑っぽい物体になる。
色が混じって黴のようだ、とはランペルティーザは流石に口にしなかったが
それを作ったマキャヴィティは「苔みたいだな」と独りごちた。
「疲れるな。何故だろうか」
やたら厚く砂糖を盛っているマンカストラップは手を止めて首を回した。
無駄な力が多いのは明白だ。
先ほどから何枚もクッキーが潰れているのもそのせいだろう。
「いいのよ、疲れるほど甘いものは美味しく感じるし」
「まあ、そうだな」
坦々とアイシングを施しているヴィクトリアの前には、
白い雪だるまが大量に広がっている。
まだ目も入っていない物体をひたすら作り上げているヴィクトリアは、
彼女なりに既に十分満足していた。
食べられるものができた。ただ、それだけだけれど。
「悪くないわ」
初戦とすれば戦果は上々だろう。
珍しく満足げな親友の呟きに首を傾げたランペルティーザは、
それでも「そうね」と同意した。
チームリーダーのヴィクトリアが満足しているのだ。
その事実に、残りのメンバーたちも何となく満足感を覚えながら
また一つ不格好なクッキーを作り上げてゆく。
【黄】真似っこ
黒猫の左官屋さん
ミストフェリーズが何やら細かいことをしている。
アイシング用に粉砂糖を卵白で溶いたものを接着剤変わりに家を組み立てているのだ。
クッキーとチョコレートでできたお菓子の家は、既に8割方出来上がっている。
真剣にチョコレートの線を描いているミストフェリーズに話し掛けることは憚られ、
ジェミマは星の形をしたクッキーに黄色くアイシングをし始めた。
「うまいものだね、ジェミマ」
焼けたばかりのクッキーを天板からはがしながらスキンブルシャンクスは感心して言う。
「やったことあるのよ。コツがわかればなかなか楽しいわ」
「へえ、僕もやろうかな。そうだ、焼きたて一つどうだい?」
スキンブルシャンクスが程よく焼き色の付いた、まだ熱いクッキーを一枚差し出す。
目を上げたジェミマは嬉しそうに手を伸ばした。
「美味しそうね、いただくわ」
「ん?」
ジェミマの手が届く前に、スキンブルシャンクスの背後から
伸びてきた手がクッキーを攫った。
「なんだジェリーか。あ、熱いから気をつけなよ」
ジェリーロラムは熱を冷ますようにふぅふぅと息を吹きかけたクッキーに
パクリとかじり付いた。すぐに緩い笑みが浮かぶ。
「美味しいわ、焼け具合も言うことなし」
「アタシも食べたい!」
「はい、ジェミマ。火傷しないようにね。
バブもどうだい?食べてみる?」
隣に立っているシラバブにスキンブルシャンクスは訊いた。
幼子は少し考えて迷ったように美味しそうなお菓子を見てから、結局首を横に振った。
アイシングを教えてあげてほしいということで、
先ほどボンバルリーナが連れてきたのだ。
「バブ、一緒にお星様作ろうよ。僕は青色にしようかな」
冷めたクッキーを手元に置いたスキンブルシャンクスは、シラバブの前にも一枚置く。
「ジェミマをお手本にするといいよ」
「こ、こういうのは慣れだしアタシじゃお手本には…」
「最初は形からだよ。真似だって大切な修練さ」
じっと見られて照れるジェミマに、スキンブルシャンクスは真面目に説いてみせる。
そうそうとジェリーロラムが頷いた。
「私もジェミマもそうだったけど、最初はおばさんの手元を穴が開くほど見ていたものよ」
穏やかに談笑するメンバーは、楽しげに飾り付けを始めた。
パステルカラーの星に、銀色のアラザンを置いて一つ完成。
たくさんの星の中、もう間もなく奇術師監修のお菓子の家が完成する。
【青】全力拒否
それはたぶん好意の裏返し
生姜の香りがいよいよ充満してきたところでクッキーが焼き上がった。
素早く焼け具合を確認したタントミールは、小さく頷いて天板を引っ張り出した。
「へえ、なかなかいいんじゃねえ?」
「キレイに焼けているじゃない」
天板を覗き込んだマンゴジェリーとディミータは同時に言った。
「一個食べてみない?」
タントミールの提案で、メンバーたちはそれぞれクッキーを手に取った。
「うまっ、てか熱っ」
「良い香りね」
「ほう、面白い味だ」
「美味しいわ」
口々に思ったことを音にしたが、味は良いということだ。
「それじゃ第二段焼くわね」
タントミールはまだ焼いていないクッキーを載せた天板湯をオーブンに入れた。
「少し冷ましてあら熱を取るか」
「完全に冷めるまで待つ方がいいわ。砂糖が固まりにくいとやりにくいから」
「それもそうか。じゃあラッピングの準備でもすっかな。
タンブル、ディミ、適当に見繕ってきてもらえるか?
俺はちょっとばかし洗い物するからさ」
手持ち無沙汰なディミータとタンブルブルータスが異を唱えることはない。
お互い口数が少ないせいか、
一緒にラッピング用品を取りに行く間に会話らしい会話は無い。
「どれがいいのかしら。タンブル選ぶの早いわね、気に入ったのがあるの?」
「俺は特にこだわらないが、この色はカッサが好きそうだとかは考える」
「なるほどね」
ディミータは散乱しているリボンや紙を見渡し、その中から幾つかを手に取り始めた。
「あいつはそういうのが好みなのか?」
「あ、あいつって誰よ」
「カーバだろ?」
「違う!」
即座に全力で否定したディミータに気圧されたかタンブルブルータスは
思わずすまんと謝った。
「私は長老のことを考えていたの」
「そうか」
また難しいところにいったものだとタンブルブルータスは思う。
彼には、あの長老猫がどんなラッピングを好むかなどまるで想像できない。
「行くわよ」
「ん?ああ、選び終わったのか」
ディミータの手の中にある可愛い色のリボンを見てタンブルブルータスは首を傾げた。
オールドデュトロノミーの好みを想像したにしてはあまりに愛らしい。
ということは、あれはディミータ自身の好みと捉えるべきだ。
「ディミは可愛いんだな」
「な!?」
ディミータは驚愕に固まり、次いで真っ赤になった。
「何言ってるのよバカ!」
全身全霊で好意を拒否されるが、その後ろにある照れがあからさまで、
なる程かの紳士はこういうのがお好みかとタンブルブルータスは妙に納得をした。
【緑】影日陰
阿吽の呼吸
クッキーは至って普通に焼き上がった。
それに驚いたのはカーバケッティくらいで、
ランパスキャットには大した感慨は無いようだ。
コリコパットとギルバートはさっそくつまみ食いをしている。
「うまい!俺たちってすごいな!」
「これはいいですね。このままで十分おいしい」
自画自賛とはこのことだ。
カーバケッティも一つ口に放り込んで、良い感じだと呟いた。
ひとまず、彼の苦労と腹痛は成功という結果によって報われそうだ。
「あとはアイシングとかいうやつか?」
人形型のクッキーをかじりながらランパスキャットが言う。
「えっと…ア、ア、アザラシ?だっけ?」
「たぶんそんな感じでしたね。それを飾るんでした?」
コリコパットとギルバートにとってアラザンはアザラシであるらしい。
カーバケッティはクッキーに載っているアザラシを想像してみた。
アザラシがミニチュア化したか、クッキーが異様にでかいかはわからないが、
いずれ絵的に面白みも美しさもまるで無いことに変わりはない。
「おいランパス、お前割と器用だったよな。量があるから励めよ」
「器用だが繊細ではない」
「自分で言うか?大体そんなことは先刻承知だ」
かくしてアイシングが始まった。
ランパスキャットとカーバケッティがベースを塗って
ギルバートが模様を入れコリコパットがアラザンなどで仕上げをする。
繊細さは確かに無いが、流れ作業は非常に順調だ。
「このチームワークの良さに俺は疑問を感じる」
カーバケッティはぼそりと言った。手は止まっていない。
「何を今更。俺たちはあいつらの影になり日陰になりながら
友情を育んできた仲だろうが」
「なあ、ランパス。俺はどこから突っ込んだらいいんだろうな?」
影になってばかりだと言うところだろうか。
友情を育んできたとかいう胡散臭さに対してだろうか。
「どこから?そうだな、まずは鳩尾辺りか。だが本当に当てるとダメージがハンパない。
その次というなら頭だな。後ろからどつくのが常套だが前からいってもいい。その時は」
「誰が突っ込み方の指南を頼んだんだ!?」
「だって訊いたじゃないか」
迷惑そうに耳を押さえたランパスキャットは平然として言った。
いきり立つカーバケッティだが、その手が作業を止めないのは流石と言える。
「カーバとランパスは息ぴったりだな。普段の会話が漫才みたいだ」
「長い付き合いですし」
「ツーカーの仲ってやつか」
コリコパットとギルバートは兄貴分たちの様子を見て楽しんでいる。
普段はそこそこ冷静なカーバケッティをあそこまでいきり立たせられるのは、
それこそランパスキャットくらいだろう。
「これ、もう一つ貰っていいでしょうか」
「あ、俺も食う」
このつまみ食いに気付いたカーバケッティの溜め息がこぼれるまであと少し。
【黒】静かなる
おとなの戦場
カッサンドラが真顔である、という事実がラム・タム・タガーを働かせていた。
彼女は真剣にクッキーを作り直しているわけで、
そこにはシラバブを悲しませたくないという思いが強くあるはずだ。
先ほど、ボンバルリーナがシラバブをよそのチームに連れて行った理由も同じであろう。
ラム・タム・タガーとてそうだ。だからこそオーブンの掃除を自ら始めたのだ。
ふわふわが貼り付いている。案外剥がれにくい。
「爆音だったわりには壊れてねえな」
酷いありさまではあるが。
「袋がいっぱいになったわ。天板二枚のクッキーが袋いっぱいまで膨張するなんて」
ボンバルリーナは飛び散ったふわふわを集めているらしい。
「温めて膨らんだなら冷やせば萎むかしら」
「そりゃあシュールだな」
「でも、心なしかさっきよりへちゃってる気がすけど」
別の袋に、まだ残っているふわふわを詰めながらボンバルリーナは言った。
どうやら、空気中の水分によって少ししっとりしたようだ。
「それはいいけどよ、なんであんなけすげえ音がしたんだ?
オーブンが爆発したわけじゃねえし」
「中でクッキーが爆発したんでしょうよ。風船みたくふくらんで、一斉にぱあん!」
「それこそシュールだろうが」
むくむくと膨れ上がったクッキーが揃いも揃って一時に限界を迎えて破裂する。
そんなことがあっていいはずがない。
だが、他にこれといって爆音の原因は考え付かない。
「タガー、ボンバル、ちょっと手伝ってくれる?」
黙々と作業をしていたカッサンドラから声がかかる。
振り向いたラム・タム・タガーとボンバルリーナの目に映ったのは
調理台の半分ほどを占拠している薄く延ばされたクッキー生地。
そして、渡されたのは二つの抜き型をあわせてゴムで縛ったもの。
「これは?型抜きをするんだろ?」
「そう、大量生産」
効率化及びスピードアップ。
「端からなるべく隙間をあけずにお願いするわ」
「了解」
童心に返ったように、ではない。
おとなだからこそできる効率的な作業というものが求められる。
楽しみにしている可愛いシラバブのため。
おとなたちの静かで真剣な戦いは続く。