あの日_5

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最終更新日: 2018-11-11
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あの日

5 選択

「厭な音がする。船が鳴いてるんだ」

甲板に上がってきたコリコパットが呟くように言った。
いつも笑顔を絶やさない青年が、疲れと不安に顔を曇らせている。

「帰れますよね、俺たち」
「勿論。生きて帰りますよ、必ず」

穏やかにギルバートが言う。
ほんの少し、コリコパットの表情が明るくなった。
こんな状況でも、否、こんな状況だからこそ希望のある言葉は支えになる。

「俺、頑張って船の修理をします」
「お願いします、コリコ。貴方が頑張ってくれているから僕も頑張れます」

コリコパットはしっかりと頷いて、きしきしと音を立てている柱にそっと手を置いた。

「どんなに傷ついていても、どんなにボロボロでも、この船が俺たちを守ってくれてます。
 この船があって、俺たちが今生きているんです。
 少しでも長くこの船が頑張っていられるように手助けすることなら俺にもできます」

この航海は、コリコパットにとって初めての任務だった。

「自分の力を試せるとは考えていても、こんなことになるなんて思ってもいませんでした」
「そうですね。僕も少し甘く考えていました。
 この部隊は戦闘部隊じゃないからと、どこかで安心していたのかもしれません」
「俺、気付いたらカーバの背に庇われていたんです。剣すら抜いてなかった。
 カーバはあんなに本ばっかり読んでるのに、やっぱり海軍兵だった」

コリコパットは剣術も体術もそれほど得手ではない。
海賊に襲われ、彼が無傷でいられるのはカーバケッティのおかげだ。

「カーバさんは双剣の使い手ですからね。初めて知った時は意外でしたけど。
 生きて帰ればまだまだ強くなる機会はありますよ」
「そうですね。俺なんて、ここで怖がってるだけの弱い存在でしかない。
 それでも、何一つできないんじゃなくて、何かできるようになりたいと思うんです」
 
血に塗れ、意識を失ったカーバケッティを見てコリコパットは初めて恐怖した。
彼が崩れ落ちた拍子に船室の灯火が消えて何もかもが見えなくなり、
失うかもしれない恐ろしい予感に戦慄してディミータに助けを求めた。

「俺、たくさんみんなに甘えてた。たくさん、守ってもらったんです。
 だから、俺が頑張ることでほんの少しでもみんなへの恩返しにしたいと思っています」
「頼りにしていますよ、コリコ」
「はい。それじゃあ行ってきます」

道具を手に、コリコパットは船首の方へと歩いて行った。
足取りはまだしっかりとしている。
それを束の間見送ってから、ギルバートは海の彼方へと目を向けた。
落ち着いてきた波の間に船影を探す。
まだ頑張れる。己にそう言い聞かせながら。





海は少しずつ穏やかになっていく。
また夜が明けた。助けは来ない。
船室に下りることはせず、ギルバートはずっと甲板にいた。
眠るのも甲板だった。
日が当たらない場所、波しぶきのかからない場所を選んで時折休みながら。

ディミータに呼ばれて再び船室に戻ったのはつい先頃。
水を差しだされ、それを飲み干すと少し身体が楽になった。
疲労の所為か、座ってすぐに眠気が襲ってくる。

「ギルバート、コリコ。少し相談させてほしいの」

カーバケッティの傍に座り込んでいるディミータも、はっきりとわかるほど衰弱している。
それでも、彼女はずっと傷ついた仲間たちの介抱を続けていたのだろう。

「ここに薬があるわ。難しいことは説明しないけど、簡単に言えば栄養剤のようなものよ。
 でも、全員分は無い。効かないとわかって全員に投与するのも一つの選択肢ではあるけど」

それよりも、とディミータはギルバートに目を向けた。
彼女の手には、茶色の小瓶が握られている。

「もっと有効に使いたいと私は思うの。だから、選択肢は二つ。
 貴方たちに選んでもらいたいの」
「言ってみてください」
「一つは、これをカーバとランパスに与えること。
 ふたりはもう限界よ。このままでは今夜までもつかわからない」

今まで生きていたことが不思議なくらい、カーバケッティの傷は大きい。
ただ致命傷がなかったというだけで、重傷であることは間違いないのだ。
ランパスキャットにしても同じこと。
彼はすぐには意識を失わなかったけれど、やはり怪我は大きかった。

「もう一つの選択肢も聞いておきましょう」
「もう一つは、これを貴方たちに投与すること。
 誰かが生き残ることができるなら、この船に何があったか伝えることができるわ」
「念のために聞きますが」

ギルバートにはわかっていた。
ディミータが選びたいのがどちらなのか。

「貴方たちというのは僕とコリコのことですよね?
 そうするとディミータさん、貴女はどうするのです?カッサンドラさんは?」
「私は後少しなら大丈夫。カッサも、まだ大丈夫のはずよ。
 それにね、絶対失いたくないものがある。私は生きていたいけれど、
 大切なものを失うくらいならいっそのこと一緒に海に沈んだっていいわ」

平素から、生きることを諦めるのを絶対に許さないディミータをしてこの言葉は重い。
これは決して軍医としての言葉ではないはずだ。
大切な者を失うかもしれないことを恐れる、ひとりの女性の言葉なのだ。

「俺は」

黙っているギルバートの隣で、迷いながらもコリコパットが口を開く。

「俺はせめて、ここで今生きているみんなと一緒でいたいと思う。
 誰かが先にいなくなるのはたぶん・・・耐えられない」

押し出すような声。
俯いたまま、その手はぎゅっと握られている。

「それでも、俺には何が正しい選択かわからないから。
 最後の判断はギルバートさんに任せたいと思います」

ディミータもコリコパットも知っている。
なぜ、ギルバートがここにいるのか。
遠い故郷からやってきた理由も、背負っているものの大きさも、その覚悟も。
全て知っていて、そして手を貸すことを約束していた。
だから、ギルバートには生きてもらわなければならない。
それでも、彼に生きていてほしいと思うのと同じくらいには生きたいと思っていたし、
仲間たちにも生きていてほしいと願っていた。

「ディミータさん、コリコ、僕は最初から言っているじゃあないですか。
 みんなで帰ろうって、そうでしょう?だったら迷う必要はありません。
 今一番それを必要としているおふたりにあげてください」

ギルバートは躊躇いなく言った。
ディミータとコリコパットの表情が和らぐ。

「ありがとう、ギルバート。そうね、一緒に帰りましょう」
「リミットまでまだ時間はあります。信じることです、僕らには竜神の加護があるのですから」

竜神は海の神。
かつて、ギルバートの祖先たちを守っていたと言い伝えられる。
祖先たちの乗った船は絶対に沈まなかったという。
その血を継いでいるのだから、きっとこの船も沈まない。
そう、船乗りたちが生きているうちは。

「ディミータさん、お疲れだと思いますがそちらはお任せします」
「ええ、わかったわ」
「コリコ、少しだけ休ませて下さい。ほんの数時間でいいです。
 それ以上は休めないので、数時間たったら必ず起こして下さいね」

ギルバートはそれだけ言うと、コリコパットの返事を聞くか聞かないかのうちに眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
闇の中でギルバートは波打ち際に立っていた。
大切な宝珠をその腕に抱え、ぽつねんと佇んでいた。
遠い山奥の故郷からずっと抱えてきたこの宝珠は重い。
哀しく苦しい仲間たちの想いに満ちて重い。
おどろおどろしい暗色の宝珠。この宝珠は、同胞の悲痛な想いそのものなのだ。
これを手放すわけにはいかない。
これを解放せぬまま、海に沈んでしまうことはできない。
足許は暗く、波は刻一刻とせりあがってくる。
それでも。
ギルバートは振り返った。
そこには消えそうな灯が微かな風に揺られている。
ほんの少し、強い風が吹けばこの灯は消えてしまう。
立ち止まれば自分自身はこの宝珠とともに波に飲まれてしまうかもしれない。
しかし。
この灯がなければ、自分の足許を照らすものがなくなってしまう。
この宝珠の重さに負けて、道を誤り海に沈んでしまうかもしれない。
それならば。
ギルバートは立ち止まった。
己の足許を照らしてくれる灯を守り、共に夜明けの光を見るために。
夜明けが来ればまた前に進むことができる。
それまで沈まないように踏ん張ることはできそうだから。





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