高貴な血族 3

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最終更新日: 2018-11-11
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高貴な血族

3 王族の末裔

「だいたいのところはわかったよ」

いつの間にか木製の箱に腰掛けているスキンブルシャンクスは、小さく首を傾げた。

「話し手が途中から突然マンカストラップに変わってしまったのにはちょっと驚いたけどね。
 君の話よりもよっぽど現実的で客観的だったし。で、僕はどこから突っ込みを入れるべきなのかな?」
「貴族を敵に回して逃げ切ったオレ様の武勇伝に突っ込むとこなんてねえだろうが」

面倒くさそうに言うラム・タム・タガーに、スキンブルシャンクスは呆れた目を向けた。

「武勇伝だって?逃げ切れたのは運が良かったんだよ、それか貴族共がよっぽどバカだったかだ。
 青い宝石は心を惑わすと言われるし、その石に心奪われたのはまあ仕方ないと思うよ。
 でもさ、それ以前に満月の夜に作戦を決行するなんて酔狂としか言いようがないんじゃない?」
「うん、最初からどっか間違ってたよな。情報収集は完璧に近いのに詰めが甘い。
 満月なんて追われる側にとっては厄介な明かりだし」

欄干にもたれ掛かって聞いていたマンゴジェリーも苦笑を浮かべつつ言う。
それに頷いて、ミストフェリーズが続く。

「それに、メイス持って行ったってことは最初から宝石の覆いは叩き割るつもりだったんでしょ?
 ガラスなんか叩き割ったら誰かに気付かれるのは当たり前だと思うよ」

冷静な仲間たちの冷めた視線に晒されて、ラム・タム・タガーはたまらずに海の彼方に目をやった。

「自分がエルフィンストーンに雇われてたってことばらしてるし」
「持って出るのはせめてパンと水だよな」
「追われてるのに町中で顔晒しちゃダメだよね」

指摘はいちいちもっともで。
つまりは失態ばかり犯しつつの逃走劇。
遠い目で黒い海の向こうを眺めながら、ラム・タム・タガーの唇が何事かを呟いた。

---よく生きていたな、オレ

声に出すつもりは無かったのだろうが、思わず唇に乗せてしまった呟きは殊の外感慨深げだ。

「まあ過程はどうあれ、君は目的を達したわけだね。運を味方に付けることもまた強者の条件だし。
 それだけ失態重ねて逃げ切った君はのことだから、これから先もしぶとく生き残るだろうね」

クスクスと笑うスキンブルシャンクスにつられてマンゴジェリーとミストフェリーズも笑う。
クォーターデッキの壁に凭れているマンカストラップも笑みを浮かべている。

「それにしたって、タガーの手がその時に切り落とされたってのは初めて聞いたかも」
「俺も。てか、タガーが昔話すんのってこれが初めてじゃねえの?」

ミストフェリーズとマンゴジェリーはラム・タム・タガーとの付き合いも短くない。
それなのに、過去についてはまるで知らない。

「お互いに過去なんて興味ないんでしょ?過去を振り返って嘆く海賊なんて格好悪そうだし」
「かもな。まあ、海賊だって過去を引き摺る奴はいるぜ。先入観は良くねえな、新入りさんよ」
「少なくても君は過去を嘆く海賊には当て嵌まらないね、マンゴジェリー」

挑発的な目を向けつつも互いに笑みは消さないスキンブルシャンクスとマンゴジェリー。
若干の気温の低下すら感じてミストフェリーズが口を挟んだ。

「不穏な感じだなあ。腹の探り合いはやめてよね。
 ところでさ、マンカス。結局タガーのことは売らなかったんだね」
「もったいないだろう?片手が無いとは言え若い労働力が自ら乗り込んできたんだからな。
 それに、船長も言っていたが貴族の追っ手相手に剣と刀だけで逃げてきた奴なら腕も確かだし」
「へえ。まあ、タガーは何重にも幸運だったって訳だ。
 最初にグランブスキンに報告がいってたら問答無用で売り飛ばされていたか海に捨てられていたね」

そこのところはラム・タム・タガーにも異論はない。
グロールタイガーは気まぐれで誰かを助けたりする。もちろん殺すこともある。
虫の居所が悪ければ、小さな町一つくらいは全滅させることすらある荒くれ者だが
グランブスキンのように金になるかならないかというような判断はしない。

「まあしかし、最初は参ったぜ。片方だけとは言え物が握れないってのは不便だからな。
 それにしても、オレは自分の手がぶっ潰されて医者に切り落とされたってのは初耳だな」
「自分の手なのに?」
「気付いたら無かったんだ。ああ、無くなったんだな程度にしか思わねえだろ?」
「普通はパニックになるけど。どこまでも失ったものには興味が無いんだね」

スキンブルシャンクスは微苦笑を浮かべて言った。
潔いと言えばそうなのかもしれないが、仮にも自分の手をなくしてのに「なくなったんだな」だけというのは
彼の知る世間一般的な感覚に照らし合わせれば普通じゃない。

「確かになくしたもんに興味はないな。目が冷めたらこの世界にいたって感じで何かふわふわしてたし」
「・・・貧血でしょ?」

明後日の方を見つめたままのラム・タム・タガーにミストフェリーズがじっとりした視線を投げかける。
グロールタイガー船きっての色男は、何かを思い出したかのようにニンマリとした。

「手は、向こうに置いてきてしまったとばかり思っていたからなあ」

摩訶不思議なことを口走った男を見て、仲間たちは揃って眉を顰めた。






ふと気がついて上を仰ぎ見れば、そこに空はなかった。
否、彼自身が空と認識しなかっただけでそれは空だったのかもしれない。
見上げたそこには様々な色の光がたゆたい、
地に触れ息をしていることを確認しなければ水のなかにいるようだった。
ぐるりと見回した世界はそれは美しく、濃密な空気で満たされていた。
暑くもなく寒くもない。風も無い。
ふらりと踏んだ地は苔に覆われているわけでもないのにふかふかとしている。

「船の上じゃ、ねえな」

着ていた筈のクロークはどこかに置いてきたのか見当たらない。
思い出して胸の上に手を置けば、硬い石の感触があってほっとする。

「どこだここは」

追っ手を逃れ、確かに船に辿り着いたがその後の記憶はない。
気がつけばここに立っていた。

「あー・・・オレ、死んだのかも」

船に辿り着く前の記憶を冷静に辿って、ラム・タム・タガーは納得したように呟いた。
疲れ切っていたことは確かだった。
必死で船を目指している間に致命傷を負っていたとすれば、
精根尽き果てて永遠の眠りについてもおかしくはない。

「死んじまったなら仕方ねえけど、こりゃまた変なとこに来たもんだ」

死んだというのにその実感が伴わないのは、
この世界がやけにみずみずしい生命の気配を感じさせるからだ。
遠くにはぼんやりと森のようなものが見え、
その手前にはきらきらと光を跳ね返すせせらぎがあるように見える。
誰もいないはずなのに、彼の耳には幽かに何者かの歌声すら聞こえていた。
もう一度辺りに視線を巡らしたラム・タム・タガーは、元の場所に目を戻して驚きに息を呑んだ。

「だ、誰だオマエ」

美しい生き物が目の前に立っている。
先ほどまで誰もいなかったその場所に。
ラム・タム・タガーは強く目を瞑り、そして開いた。
やはり、いる。
その生き物は、見たところ彼と同じ種族であるようにも思えた。
ただ、これほど美しく整った同族を見たことはなく、更には。

「・・・浮いてる、よな?」

上から下まで目の前の何者かを入念にチェックしたラム・タム・タガーは、その生き物の足許で目を止める。

「----------」

透き通るように美しい、むしろ透き通っている生き物が何かを喋った。
涼やかな声は、先ほどまでラム・タム・タガーの耳に聞こえていた歌声と同じ音色だ。
心地よい響きだが、聞いたことのない言葉の意味はまるで理解できない。
だが、微笑みかけてくる相手の仕草で何となく伝えたいことはわかるものだ。

「付いてこいってことか?」

軽やかに地面から数センチ浮いたところを、まるで地を行くように歩き出した生き物を追って
ラム・タム・タガーも歩き出し、すぐに小走りになった。
決して急ぎ足に見えないのに、美しい生き物はとても歩くのが速い。

「絶対空気の上滑ってやがる」

ふかふかした地面に時折足を取られそうになりながら走るラム・タム・タガーは恨めしそうに呟いた。
ただ、不思議なことにどんなに駆けても息が苦しくなることも足が疲れることもない。
死んでしまえば身体的な感覚は無くなるのかもしれないと、彼にはそんなことを考える余裕すらあった。

どれくらい走ったのかもわからないほど長い間駆け続け、遠くにあったはずの森は目の前まで迫っていた。
ぴたりと止まった先導者の横にラム・タム・タガーも足を止める。
この世界には昼も夜もないのか、はたまた時間という概念がないのか、先と変わらない光が揺らめいている。

「----------」

美しい生き物がまた何かをラム・タム・タガーに話しかける。
眉を寄せて判らないと頭を振れば、相手も困ったように僅かに首を傾げた。
そして、何度か言葉を変えて彼に何かを伝えようとする。
相手の苦労を余所に、なんとたくさんの言葉を知っているのかとラム・タム・タガーはひたすらに感心していた。

「あなたは」
「は?あ、それならわかる!」

唐突に理解できる言葉が耳に飛び込んできて、ラム・タム・タガーは反射的に声を上げた。
相手は面食らうわけでもなく、静かに頷いて微笑んだ。

「あなたは行かなくてはなりません。なぜならば、あなたはこの世界にいるべきではないからです。
 わたしは向こう側に行くことになれていませんが、あなたを導くことくらいはできそうです。
 手をお貸し下さい。目を瞑ってはなりませんよ」
「向こう側?向こうだかこっちだか知らねえけど好きに連れて行けよ。もう死んじまったんだし」

そう言ってラム・タム・タガーは手を差し出した。
美しい生き物は、その手を握って翡翠の双眸を少し細めた。

「いいえ。あなたはまだ死を迎えてはいません。ここは魂の世界ではなく、別の世界なのです。
 でも、あなたはここにいてはいけません。ここはあなたが長居するには危険です。さあ、行きましょう」

透き通った手は、想像以上に力強くラム・タム・タガーを引っ張ってゆく。
森の入り口に足を踏み入れた瞬間、目の前の空間に裂け目が入ったように彼には見えた。
そこから白く強い光が溢れる。
裂け目はみるみるうちに広がって、彼らはあっという間に光に飲み込まれた。

「目を瞑ってはいけません」
「無茶言うなっつの」

手を引かれながら白い空間を駆け抜ければ、またしても空間に裂け目ができていた。
美しき導き手は走りながら振り返り、涼やかな声で言う。

「ここからはあなただけで行って下さい。あの裂け目に向かって走るだけでよいのです。
 わたしはここまで。あなたの命が長らえることを祈っています」
「え?あ、おう。そんじゃあ行くわ。とりあえずサンキュ」
「さようなら。その素敵な石があなたと共にありますように」

強く握っていた手が離れて、その手はラム・タム・タガーの背を軽く押した。
それに勢いを得たように、彼は一直線に裂け目に向かって走り込んだ。
その瞬間、白い光は一段と強烈に煌めいてラム・タム・タガーは思わず目を瞑った。

「わっ!?」

ぐいっと左の手を後ろに引かれて慌てて目を開けると、
視界いっぱいに先ほど見た美しい生き物とはおよそかけ離れたむさくるしい隻眼の男の顔が映った。

「おう、気付いたか」
「・・・!」

強烈に臭う息に、ラム・タム・タガーは思わず顔を顰めた。
かの悪名高いグロールタイガーへの最初の印象は、息が臭い隻眼のおっさんであったのはこういうわけだ。

「良かったなあ。ここまで来て死んだんじゃあお粗末だからな」

続いて視界に入り込んできたのは、それなりに端正な顔立ちをした若い男。
そして、それから長い付き合いになるとは双方その時は考えてもいなかった。
出会いなどそんなものだ。










「---で、目が醒めてみりゃあ手が無いときたもんだ。
 あの時裂け目の向こうに取られちまったと思っていた」

ふうっと息を吐き出したラム・タム・タガーは、周りの仲間たちに目をやっておやと首を傾げた。

スキンブルシャンクスは半目になって胡散臭いと言わんばかり。
マンゴジェリーはおもしろがるようにニヤニヤしている。
マンカストラップは微苦笑を浮かべているだけだ。

「てめえら、絶対信じてねえし」
「残念ながらね」

肩を竦めてみせたスキンブルシャンクスは、幻覚じゃないのとまで言う。

「あの時はタガーも半死半生という状態だったからなあ。
 あの世とこの世の中間点にいたんじゃないか?死にかけた奴らがよく光を見たとか言うだろう?」
「そんなんじゃねえと思うけど」

マンカストラップはフォローを入れるが、ラム・タム・タガーには納得がいかない。
確かに彼は光溢れる世界にはいたが、死という感覚にはほど遠かったはずなのだ。

「ありゃあミストの言うとこの異世界じゃねえの?
 すっげえ儚げな兄ちゃんだか姉ちゃんだかに道案内してもらったんだよな。誰だったんだ?」
「異世界ねえ・・・そういうもんなのか?ミスト?」

隣の青年に目を向けたマンゴジェリーは、下を向いて肩を震わせているミストフェリーズに気がついた。
マンカストラップもそれに気付いたのか、気遣わしげに眉を曇らせる。

「どうしたんだ?ミスト。タガーのロマンチックな妄想にあてられたか?」
「おいこらマンカス!テメエさっきからオレ様を馬鹿にしやがって・・・」

威勢の良いラム・タム・タガーの声は不意に途切れた。

「な、何だよミスト」

小柄な青年が、金色の目を上げてきっとラム・タム・タガーを睨み付けたのだ。
その瞳は怒りにきらきらと煌めいている。

「君は・・・」

肩を震わせ、握った拳を振るわせ、唇を戦慄かせながらミストフェリーズは普段よりも低い声を押し出した。
その声すら怒りに震えている。

「どうしたの?」

彼が憤っていることはわかった筈だが、スキンブルシャンクスはおかまいなしに声を掛ける。
無論、怒りに燃える青年には問いかけが届くはずもない。
マンカストラップとマンゴジェリーが困惑したように顔を見合わせる。
ラム・タム・タガーは、金色の視線に気圧されるように一歩退った。

「君は!異世界を侮辱しているよ!」
「・・・・・はい?」

暗い船の上。
月明かりの甲板で、その美貌に間の抜けた表情を浮かべた男と、
愛らしい顔に怒りを顕わにした青年が対峙している。
見守るのは、涼しい顔で楽しげに口の端をつり上げた碧眼のインテリ青年。
赤毛の男は呆気にとられて口を半開きにしたまま立ち尽くし、
バンダナの屈強そうな男は深々と溜め息を吐き出した。

「・・・僕、お腹空いちゃったよ」

スキンブルシャンクスの独り言が、海のさざめきに飲まれた。






夜のとばりが下りると、店が明かりを灯し始めて港町が闇の中に浮かび上がる。
墨色の空に良い匂いの煙が幾筋も立ち上り、昼間の喧噪とは違う賑わしさが街を包む。

「あのおっさん、何してんだよ」

マンゴジェリーはミストフェリーズとラム・タム・タガーから目を離して呟いた。
呑みに行くと言い出した当事者さえ出て来ればこの妙な状況を打ち切ることもできるのだ。

「さあな。寝てるかもしれない。さっきから物音一つしないから」

凭れていた壁をちらりと見やって、マンカストラップは坦々と答える。
クォーターデッキの下にグロールタイガーの部屋があるのだ。

「行くと言ったのはグロールタイガーなんだろう?それなのに寝るてるとは思えないけど」
「あの男には"あり得ない"ことなんてないのさ、スキンブル。
 全て自分の思うまま。寝たけりゃ寝る、飲みたければ飲む。好きなように生きているってわけだ」
「横暴だね。でも、そういうのは嫌いじゃない」

クスクスと笑うスキンブルシャンクスに目を向けて、マンカストラップは小さく溜め息を吐いた。

「お前も大概変わり者だな」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
「それがどれくらい光栄なのか君にはわかってないんだよ!」

びしりと指摘され、スキンブルシャンクスはきょとんとしてマンカストラップを見る。
自分が言ったのではない、と彼は首を横に振った。
それならばとスキンブルシャンクスはマンゴジェリーの方に顔を向けるが、
赤毛の男は無言でミストフェリーズたちの方に向けて顎をしゃくってみせる。

「・・・まだやってるのかい?」
「おっさんが出てこねえから収集つかねえんだ」
「ふうん。で、あの子なぜあれほど怒っているんだろうね」
「さあな。聞いてりゃわかるかもよ」

マンゴジェリーは適当に耳を傾けてはいるのだが、さっぱり理解できないでいる。
理解しようという気がないのだ。

「ざっくり言えば、さっきタガーが話していた儚げなどなたさんかに出会うことは稀で幸運なんだとか」
「相当ざっくりだけど十分わかったよ」

スキンブルシャンクスたちの視線の先で、ミストフェリーズは先と変わらず目を怒らせている。
ラム・タム・タガーと言い争っているというよりは、一方的にまくし立てているように見られた。

「タガーみたいなのがそうそう異世界になんていけると思えないけど、何かの手違いでそうなったとして」
「オレみたいなのってどういうことだよ」
「異世界は誰にでも行けるところじゃないってことさ!現に君は追い出されたんだからね。
 問題はそこじゃないよ。タガーを案内したのが異世界のエルフィンだってことさ!」

眉を顰めて小柄な青年の主張を聞いていたマンカストラップは、
眉間に縦線を刻んで新しい仲間を振り返った。

「エルフィンてのは何だ?」
「どうして僕に聞くのさ」
「物知りのようだからな」

知っていることと知らないことがあるよとスキンブルシャンクスは肩を竦めた。
そして、知っていることの幅広さは半端ではない。

「異世界がどうとかは全然わからないけれど、エルフィンは妖精のことじゃないかな。
 僕には信じられないけど」
「俺にも信じられないが、まあミストが言うのだから完全に否定もできないだろう」
「随分あの子のこと信用するんだね」

マンカストラップは口許を弛めて眉間の皺を消した。

「斜っぽいところもあるし少し生意気でもあるが、ミストは嘘を吐かないし頭も良い。
 よく変な飲み物をこしらえてくれるのは困るけどな。やんちゃで甘え上手だから気に入ると思う」
「可愛いんだね、彼のこと」
「まあな」

暗くなった甲板に灯された明かりの中、そのやんちゃな青年に詰め寄られている容姿端麗な男の胸元で
橙色の暖かな光を受けた石が柔らかくはね返している。
異世界だとか妖精だとか、まるで信じていないスキンブルシャンクスだが、ふと思うことがあって口を開いた。

「ねえタガー。その宝石はエルフィンの石なのかもしれないよ。
 奇しくも君のかつての主はエルフィンストーンだったって言うじゃないか。こういうのはどうかな」

甲板にいる全員の注目を浴びながら、スキンブルシャンクスは眼を細めた。

「西域九貴族というのは、海に沈んだという伝説の王国を取り巻く守護者だった。
 例えばダンフリース家は交易を担当して港を守る役目を司り、オールポート家は思想家として王に仕えた。
 フィギス家は音楽などの芸能だ。そしてエルフィンストーンは、呪術をもって九貴族の筆頭にあった」
「でも、九貴族は元々戦士なんだって言ってなかったっけ?」
「良く聞いてるね、マンゴ。まあね、戦士と言っても戦争が無くては食いっぱぐれる可能性があるし。
 何かしら国のためになる力を手に入れるべきだと思うんじゃないかな」

碧い眼の青年は淀みなく答える。
まるで既に用意されたシナリオを読み上げるかのように。

「エルフィンストーンは筆頭じゃなくて二番手だったのでは?」
「それは時代が下ってからの話だよ、マンカス」
「呪術の使い手なんてのも聞いたことねえな」

ようやくミストフェリーズの刺すような視線から解放されたラム・タム・タガーが言う。
彼の記憶では、エルフィンストーン家というのは鉄を主に扱う商家だったはずだ。
かつては海軍提督を排出したこともあり、海軍とのパイプも太かった。

「そうだろうね。呪術を使うためにその石が必要だったんだよ。元々その石はエルフィンストーン家のものさ。
 無論、石を使える呪術師あっての力とはいえ、その影響力は絶大だった筈だ。
 その石を持っていることが、エルフィンストーンが九貴族筆頭であるために欠かせなかった」
「なるほど、勘違いが起きたって訳か」
「さすがマンゴジェリー、察しが良いね。そう、勘違いだよ。
 その石は筆頭のエルフィンストーンが持っていたものであって、決して筆頭だから持っていたわけじゃない。
 どこで話がねじ曲がったのかしらないけど、筆頭家と石が結びついてしまったんだ」

馬鹿だなと呟くマンゴジェリーに、馬鹿だよとスキンブルシャンクスは返した。
マンカストラップは星空を仰いで話を整理しようとしている。
ミストフェリーズは聞いていなかっただろうし、ラム・タム・タガーは妙な表情をしている。

「時が経って、その石が持つ意味が忘れられ誤解されて、
 王家が沈んだ後は貴族間の宗主権争いが勃発する度に他の貴族の手に渡っていったというとこかな。
 最後まで石に振り回された結果、九貴族はお家取りつぶしで歴史の幕を下ろすことになったのさ」
「貴族だなどと言ってみても、所詮欲に塗れた生き物ってわけか。
 欲望のままに生きるってのは船長の専売特許というわけでもないんだな」

しみじみとマンカストラップが呟くと、マンゴジェリーが苦笑を零した。

「欲望をストレートに行動に移すのは船長くらいだろうよ。貴族はもっと面倒そうだ」
「欲深くて面倒くさい生活なんて我慢できないな」

楽しそうに笑うマンカストラップを横目に、スキンブルシャンクスはラム・タム・タガーに近づくと
無造作に胸元の宝石を掴んだ。
驚いたタガーが身体を離そうとするが、首飾りを引っ張られていてほとんど動けない。

「放せ」
「大丈夫、放してあげるよ。それにしても、君は本当に伝説に語られる王族の末裔なのかもしれないね」
「知らねえよ、伝説なんざ興味ねえし」
「伝説、伝承、言い伝えには重大な真実が隠されているものだよ。
 それに、王族の隠れた末裔というのが本当なら、君は大変な大仕事をやってのけたことになる」

青い宝石をうっとりとみつめながらも、スキンブルシャンクスは滔々と語る。
ラム・タム・タガーは早々に抵抗することを諦めて、新しい仲間のしたいようにさせることにした。

「この石は、元を正せば王から貴族に貸与されたものだと言われているんだ。
 時の王が国の力を大きくするために、呪術に秀でた家臣に与えたのだろうね。
 それが貴族から王に返されることなく、逆に貴族間での争いに利用され王国の衰退を招いた」
「王のものだというなら、エルフィンの祝福があるのは頷けるね」

ミストフェリーズはようやく怒りを収めたのか、スキンブルシャンクスの横に立って宝石を覗き込んでいる。

「魅力的な宝石だよね。とても明るい色をしているのに吸い込まれそうな錯覚に陥る感じがする」
「うん。だから誰も手放したがらなかったのだと思うよ。そして誰もが手に入れたがった。
 王国が海に沈んだという話も、醜い争いに疲れた王が一族郎党と全財宝と共に
 海の彼方に去ってしまったというのが真実じゃないかと言われているからね」
「へえ。ということは」

上目遣いでラム・タム・タガーを見たミストフェリーズは、愉快そうに口許を吊り上げた。

「タガーは王族の末裔として宝石を取り戻しただけじゃなく、
 王国を滅ぼす元になった貴族たちをも纏めて始末してしまったってことだね」
「考えたこともねえな」
「そういうことにしておきなよ。酒場のネタにはなるよ。
 この世界にも色々な王国があるけど、平和な王国の王家にはエルフィンの祝福があると言われているんだ。
 エルフィンの祝福があれば、異世界の美しい光が醜い心を浄化して王家も国も富み栄えるんだよ。
 王族の末裔だというなら異世界の話も許してあげるけど、
 エルフィンのことを兄ちゃんなんて言うのはダメだよ」

じっと見つめられて、ラム・タム・タガーは素直に頷いた。
これ以上、意味のわからない異世界の儚い生き物の話で責められるのは御免だったのだ。

「しかし、スキンブルはよくものを知っているな」

感心したようなマンカストラップの言葉に振り向いて、スキンブルシャンクスは微笑んだ。

「言ったでしょう?僕は古い文献に載っているような場所を見つけたいってね。珍しい宝石も探したい。
 この西域九貴族と海に沈んだ王国と盗まれた青い宝石の話はまさしく僕の求めているものだったからね、
 資料は読み込んだし色々調べもしたよ。自分なりに仮説も立てたしね」
「なかなかおもしろかった。タガーがここに来た理由もようやくわかったしな。
 お前がいれば退屈はしなさそうだ。酒を飲みながらもっと色々聞かせて貰おう」
「マンカスたちのこれまでの話も聞かせてくれるならね」
「おやすいご用だ。さて、さすがに腹が減ったな。ちょっと船長の様子みてくるから待っていてくれ。
 もし船長が寝ているなら俺たちだけで飲みに行くことにしよう」

仲間たちが頷くと、マンカストラップは凭れていた場所のすぐ横にある扉を引いて
船長、船長と呼びかけながら中に入っていった。

「おい、スキンブル。そろそろ放してくれ」
「ああ、ゴメンね。本当に綺麗な宝石だなあ。まあここにあるってことは手に入れたも同然だね。
 君を殺すのはやめておくよ。宝石はいつでも拝めるしね」
「そりゃあ良かった」

あっさりとスキンブルシャンクスが宝石から手を放すと、
ラム・タム・タガーは大きく息をついて胸元に光る宝石に手を置いた。

「宝石はただ飾られているよりも誰かを飾る方が目的に合っている。
 君みたいな良い男を飾ることができて宝石も本望だろうね」
「石は何も感じたりしねえよ」
「違うよ!エルフィンの石は生きてるから感情があるんだ」

スキンブルシャンクスの言葉に照れたラム・タム・タガーのぶっきらぼうな言葉を
すかさずミストフェリーズが非難し、マンゴジェリーはただ呆れたような笑みを浮かべて仲間を見守っている。

「褒めているんだよ、タガー。君はちょっと間抜けだけど勇敢だね。運も強い。魅力的だよ」
「あまり嬉しくねえな」
「素直じゃないなあ」

楽しげに笑うスキンブルシャンクスからラム・タム・タガーが苦り切った様子で顔を背けたのと同時に、
大きく溜め息を吐きながらマンカストラップが戻ってきた。

「船長は?寝てたか?」

マンゴジェリーが声を掛けると、マンカストラップは疲れたように首を横に振った。

「先に飲みに出たそうだ」
「何だって?もう、自分勝手なんだから!」

思わず声を荒げたミストフェリーズは、すぐに苦笑を浮かべた。

「今更かな」
「そう、今更だ。さあ、俺たちも行こう」
「うん。僕、お腹空いちゃったよ」

グロールタイガーの腹心たちは、縄梯子をを伝って港に下りてゆく。
酒と魚の焼ける香ばしい匂いが充満した港は、彼らの空きっ腹を刺激してやまない。
物知りの青年を新たに仲間に迎えての酒宴。
男たちの足取りは軽い。

「まずはどこかで一杯やろう。船長を捜すのはそれからでいいだろう」
「賛成」
「スキンブル、酒は飲めるのか?」
「樽で持ってきて貰って構わないよ」

物珍しそうに辺りを見回している碧眼の青年の隣を、整った顔立ちの男が歩く。
その胸元を、淡く光を湛えたとても美しい宝石がひっそりと飾っている。

fin.

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七回に渡って連載した話を三話に纏めてみました。

高貴な血族とはタガーのことでした。
本編での扱いがあまりにも酷かったので、主役っぽくしてみました。
けど、最終的にはスキンブルにお株を奪われたような気もする。
タガー自身は、左手が無いのを元の世界に戻して貰った代償と思っていたようです。

クリューの最古参はマンカストラップで次がタガー。
後は、マンゴ、ミスト、スキンブルの順という設定。

あと、西域九貴族はA~Iで始まる九つの名前を用意してみました。けっこう適当。
オールポート、バークソン、カーティス、ダンフリース、エルフィンストーン、
フィギス、ゲートスケル、ハンフリー、アーウィン という感じです。無駄に設定だけ。
西域は、シャム国の国王がおわすところから見て西というだけのこと。

ちなみに、この話の構想は、ミストフェリーズの
「君は異世界を侮辱しているよ!」という台詞を言わせるためにできあがりました。
どこまでもタガーは主体じゃないのか。。。

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