Jellicle Battle
Get cool, boy!
切れ長の目を僅かに細めて、タンブルブルータスはフラッグの位置を確認していた。
一本はカウチの横にある、元はクッションと思しき塊に突き刺さっている。
こちらが小さい方のフラッグだ。もう一方は見えるところにはない。
小さいフラッグを狙うという選択肢は、タンブルブルータスには端から存在しない。
必ず大きい方を獲らなければならない、そうでなければ負けが決定してしまうのだから。
くだらないバトルだが、負けるのは癪に障る。
「二本取りは厳しいか・・・まあ、仕方ない」
柵から身を乗り出すようにしてギルバート階下を眺めていた。
速さと思い切りの良さなら負けないという自信が彼にはある。
普段はレディファーストを心がける彼だが、今回はそういうわけにもいかない。
食らいつくためには高得点が必要なのだ。
逆転の可能性を考えるなら、大きいフラッグを獲るべきだ。
「速さで勝負、ですね」
対戦相手はかなり手強そうだと思いつつ、ジェリーロラムは早々とスタート位置に立った。
とはいえ、相手の状況から判断すればチャンスはある。
タンブルブルータスは確実に大きいフラッグを狙いに行く、そうせざるを得ないのだから。
ギルバートも大きい方がほしいはずだ、性格からしても敢えて小さい方を狙うことはない。
とすれば、最初から小さいフラッグ狙いで行けば得点できることになる。
「堅実が一番でしょ」
ジェリーロラムの視線の先には、先にコリコパットが突き抜けた猫型の穴がある。
彼の場合、後先考えずに突っ込んだ結果が壁抜け男だったが、スピードは確かに必要だ。
雄猫たちと渡り合うにはどうすべきかと考え込むジェリーロラムの左隣に
タンブルブルータスが静かに歩いてきて立ち止まった。
その更に向こう側にギルバートが軽く駆けてきて並ぶ。
「準備はいいようだな。よし、バストファさん始めて下さい!」
マンカストラップが階下に声を掛ける。
相も変わらずご機嫌な声が了解の返事をする。
「On your mark...Get set!」
タンブルブルータスの目が俄に鋭くなり、ギルバートの頭がすっと下がる。
ジェリーロラムは脚に力を込めた。
「Go!!」
スタートの合図と同時に、ジェリーロラムは足下に残っている木ぎれを蹴飛ばした。
その間にタンブルブルータスとギルバートは絶好のスタートを切る。
ジェリーロラムも遅れること僅かでスタートを切った。
斜め下に向かって加速しつつ駆け下りて、踊り場を蹴るとひらりと飛び上がる。
身体を捻って手すりに下りれば、ちょうど落ちてきた木ぎれの上に脚が載った。
「ビンゴ!」
飛び乗った勢いで一気に手すりを滑り下りる。
彼女を遮るものは何も無い、ノンストップレールスライディング。
「速すぎる!」
「それならこっちもスピードを上げるのみ!」
怒鳴るタンブルブルータスにギルバートが競りかける。
それを余所目にジェリーロラムはスピードを上げて滑り下りてゆく。
「フラッグは私が貰うわ!」
手すりが終わる。
ジェリーロラムは後脚に力を込めて板きれを蹴り、床に降り立つ。
筈だった。
スピードに支配された世界では、カンマ一秒の遅れも命取りだ。
木ぎれはジェリーロラムを載せたまま手すりから飛び出し、僅かに放物線を描きながら床に突っ込んだ。
「あの辺り、床が弱っていると思うの」
見下ろしていたディミータがぽつりと呟いたのとほぼ時を同じくして、
悲鳴一つ上げずにジェリーロラムは木ぎれに乗って床の向こうに消えた。
「だから速すぎると言ったのに」
階段を駆け下りたタンブルブルータスは呟きながらも躊躇いなく左に身体を捻った。
「行かせませんよ」
ギルバートが追いすがる。
「悪いな、これだけは譲れん」
低く呟くと、タンブルブルータスは一際力強く床を蹴り身体半分前に出た。
全力で走っていた筈なのにと内心驚くギルバートの前で、痩身の雄猫は突然左に曲がった。
完全にギルバートの行く手に立ちふさがる格好だ。
「ちょっと待っ・・・」
スピードを緩める間も無くギルバートがタンブルブルータスに激突したのは当然のこと。
「俺と競うことで周りが見えていないのでは実戦では使えないぞ」
呻く三毛猫を一瞥し、タンブルブルータスはひょいひょいとカウンターキッチンに上る。
割れ目に差し込まれたフラッグを抜き取ると、優雅に床に降り立った。
それよりもほんの少し前に、立ち上がったギルバートは勢いよく部屋の反対側へと駆け出していた。
あっという間にクッションの傍に走り寄り、もう一つのフラッグを手にする。
「こちらは譲れませんよ」
「ふん、良い判断だ」
互いの口に小さく笑みが浮かぶ。
その間にぽてぽてと黒い猫が歩いてきた。
「第六バトル終了!結果はタンブルブルータスに2ポイント!ギルバートに1ポイント!」
階上で歓声が上がる。
トップをひた走る黄色チームを完封したのだ。
これで、どのチームにも勝てるチャンスが生まれる。
「疑問が残る」
階段を上り、チームメンバーに歓迎されたタンブルブルータスはぼそりと呟いた。
「何が?」
「バストファジョーンズのことだ。あの身体でカウンターテーブルに上ったというのか?」
返された疑問に、何がと訊ねたジェミマは固まった。
「まあまあ、あれも一応猫だからね。昔はハンサムだったんだけどねえ。
飛び上がったわけではないだろうけど、椅子なんか使ったらあれくらいは上れるだろうよ」
「そういうことなら」
ジェニエニドッツの言うことを納得しきったわけでは無いだろうが、
タンブルブルータスは頷いてそこに腰を下ろした。
「後は任せた」
「厳しい状況は変わらないけどね、やるだけやるよ」
にっこりと笑って立ち上がったのはスキンブルシャンクス。
「夜行列車のアイドルに負けるわけにはいかないな」
そう言ってのそりと腰を上げたのはランパスキャット。
「いやいや、アンタらみんなオレ様には勝てねえって」
にやりと笑いながら進み出るのはラム・タム・タガー。
「最終バトルだな。勝敗の行方はこれに掛かってるということだ。
みんな、そのつもりでしっかり応援してくれ」
マンカストラップが言えば猫たちは素直に盛り上がる。
「言っておくけど、僕は肉体労働者だからね。ただのアイドルとは訳が違うよ」
クスッと笑うスキンブルシャンクスの目がきらりと光る。
勝利へのシグナルは青だ。
「誰が相手であろうと負ける気は無い、それだけだ」
にやりと口の端を歪めてランパスキャットは大きく欠伸をした。
喧嘩猫の喉が鳴る。
「楽しくやりゃいいのに。楽しんだもん勝ちだぜ」
尻尾のギターをかき鳴らしてラム・タム・タガーがファーを揺らす。
黙っていたって大騒ぎはできる。
勝てばいい。
どうせ勝つなら完勝がいい。
ライバルは排除すればいい。
途中経過はこんな感じ。
--------------------------------
赤:6 ポイント 黄:7 ポイント 青:5 ポイント
--------------------------------
タンブルの完勝。