看破

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最終更新日: 2018-11-11
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看破

「申し上げます」

部屋に入ってきたビル・ベイリーの声を聞きながら
ジョージは書類とにらめっこしては頭を抱えていた。

「ただいま、第七艦艇部隊ヴィクター准将から伝達がございました。
 本日夜には帰港するとのことでございます」
「そうか。わかった。ご苦労さま」

占領地に関しての報告書にがりがりとサインしながら、型通りに労うジョージ。

「では、失礼いたします!」

ぴしっと敬礼をしてビル・ベイリーは出て行こうとする。
その瞬間、ジョージの手がふと止まった。

「ヴィクターが・・・夜に?あ、ちょっと待ったビル!」

かちゃんと音を立てて閉まった扉に向かってジョージが大声を上げた。
執務室にいた者たちは驚いて上官を見ている。

「はい、お呼びですか?」

すぐに扉が外から開かれてビル・ベイリーが戻ってきた。

「ああ。ヴィクター准将が帰ってくると言ったな?」
「はい、申し上げました」
「そうか。奴が帰ってきてもここには来るなと伝えてくれ」
「はあ・・・」

ビル・ベイリーは歯切れの悪い返事をした。
伝えることが嫌だとかそういうことではなく。
伝えても無意味だろうと、そう思ったのだ。

「恐れながら申し上げます」

司令官のメグが口をはさむ。

「総司令官、准将は不利な戦況を見事に立て直して勝利を収めました。
 こちらにお呼びして賞賛のお言葉をかけられてもよろしいのでは?」
「それもそうなんだが・・・」

もっともな意見だ。
だが、ジョージは眉を寄せてふっと息を吐いた。

「あいつ、五月蠅いからな」

執務室がシンとした。
誰も反論しないのは、ジョージの言葉が的を射ているから。
メグ司令官も、そうですねという同意の言葉をかろうじで飲み込んでいた。

「では、申し伝えておきます」
「ああ、よろしく」

ビル・ベイリーは敬礼をすると、今度こそ去って行った。

「そうだ、部屋の外の護衛官にも言っておこう」

思いついたとばかりに、ジョージは立ち上がって扉の外をのぞいた。
扉を半分開けたまま、ヴィクターを入れないように云々と指示をしている。
執務室にいる軍員たちには、外の護衛官の困惑が手に取るように分かった。

「それじゃあ、よろしく」

ジョージは扉を閉めて自分の席に戻った。
夜まではまだ時間がある。





スキンブルシャンクスは書類から目を上げ、こきんと首を鳴らした。
今日もまた残業だ。
腹に一物あって潜入したのはいいが、とにかくここは忙しい。
この執務室で働けるのは奇跡に近い。
入ったばかりで階級が無いに等しいスキンブルシャンクスとは違い、
周りは将官、佐官、尉官、下士官と肩書きのある実力者ばかりだ。
一番下っ端ということになれば周りより先に帰るのは憚られる。
怪しまれないように、まずは普通の軍員らしい行動を採らなければならない。
だからこそ、いつもの如く帰れと言われるまで仕事を続けているのだ。
運動不足かな、と肩を回していると俄かに扉の外が騒がしくなった。

――― こ、困ります
――― 何が困るというんだ、この俺が入ると言うんだぞ!
――― これは総司令官の指示でございます
――― 奴は俺に会えて嬉しいはずだ!

誰か厄介な輩が来たのかもしれない。
何者だろうか、只管不遜な言葉を発しているだけとも思われる。
くるりとスキンブルシャンクスは扉の方に顔を向けた。
次の瞬間、木の扉が凄い勢いで開いた。
ああっ、と護衛官の声が聞こえる。



「邪魔するぞ!」

静けさの似合う執務室に、これでもかとばかりに不似合いな大声が響きわたった。
残業中の執務官たちは、聞かぬ振りで仕事に没頭しようとしている。

扉を開けはなったこの無礼な男こそ、第七艦艇部隊隊長のヴィクターだ。
鬼神の如き働きをすると言われ、武器を取らせれば右に出るものはいないと噂される。
しかし、彼は決して大男と言われるような体つきではない。
むしろ華奢と言ってしまってもいいくらいだ。
帰港したその足でこの部屋までやってきたのか、彼は戦闘着のままだった。
その戦闘着の下に鍛えられた身体が隠されているのだろう。

「久しぶりだというのに、とんだお出迎えだな」

そんな事をわめきながら、ヴィクターは大股で部屋の主の元へ向かう。
あんまり残業させてると嫌われるぞ、などと言って笑っている。

突然やってきた嵐のようだ。
スキンブルシャンクスは、口を半開きにしたまま戦闘着姿の男を眼で追う。
見たくて見ているのではない、ただ目を逸らすのを忘れただけだ。

「おお、メグもまだいるのか。うん?」

ヴィクターはぴたりと足を止めた。
驚いたようにスキンブルシャンクスの顔を見ている。
新入りが珍しいのかもしれない。

「お前」
「おい、ヴィクター!」

男が口を開きかけた正にその瞬間、ジョージが声を荒げて執務机を叩いた。

「勝手に入ってくるな、衛兵に止められただろう?
 ビルにも来るなと言われているはずだ、私が言ったのだからな。
 第一服も着替えずにここに踏み入れるとは何事だ!」
「ん?ああ、そういやビルも何か言ってたな。
 まあそう固いこと言うなよ、半年ぶりだぞ。嬉しいだろう?」
「そういう問題ではなかろう。私たちは仕事中だ」

ジョージは顔を顰めているが、ヴィクターは上機嫌のようだった。
それにしても、海軍総司令官に対してこの口のきき方はあまりに失敬だ。

「まあ仕事中だってのは見りゃわかるけどよ。
いっつも仕事仕事、たまにゃあ早く帰って寝るのも悪くないぜ」

そう言うと、仁王立ちになっていたヴィクターはすうっとジョージの耳元に口を近づけた。

「話がある」

短く囁かれた言葉に、ジョージは眼だけを動かしてヴィクターを見やる。
そして小さく頷いた。

「仕方無い、今日はここまでだ。みんなもう帰って休んでくれ。
 メグ司令官、申し訳ないがここを閉めて行ってもらえるか?」
「畏まりました」

ジョージは書類や資料、ペンなどを仕舞ってから立ち上がった。

「今日は素直だな」
「五月蠅いヴィクター。ともかく服を着替えて身体を洗って来い」
「睨むなよ、怖いじゃねえか。おまけにエキゾチカみたいなことを言う」

にやりと笑うヴィクターに、先ほど一瞬見せた真剣さは微塵も感じられない。
ジョージは大きくため息を吐くと、メグに鍵を手渡した。

「先に失礼する。本当に、今日は早く帰ってくれよ」
「はい。お疲れ様です」

メグに続くように、残っていた数名がお疲れ様ですと言って敬礼をした。
お疲れ様、と言い残してジョージは執務室を出た。
ヴィクターがその後に続いて出て行く。

スキンブルシャンクスは、呆然と去っていく上官らを見ていたが
目の前に座っていた執務員に名を呼ばれたハッと我に返った。

「あの・・・」
「何だ?心配しなくても彼らはそういう関係じゃ無い。親友だそうだ」
「いえ、その、え・・・」
「え?ああ、エキゾチカはヴィクター准将の副官で軍医だ」

何もそんなことを聞きたいのではない。
しかし、何から質問していいかわからずに
スキンブルシャンクスは結局メグに追い出されるようにして仕事を終えた。





「ヴィクター、これから私の家に来るつもりか?」
「当り前だろう?」

自分がいるからと、ジョージの護衛官を半ば無理やり遠ざけたのはヴィクターだ。
これで家まで送り届ける口実もできた。

「部隊の者がいるだろう」
「みんな宿舎だ、有能な副隊長殿がいるから何とかしてるだろうさ。
 毎日顔見てたんだ、今日くらい俺がいなくても寂しかないだろう」
「全く、呆れた隊長だな」

本当に呆れたように苦笑を浮かべるジョージ。
ヴィクターはニッと笑う。

「誰かさんと違って真面目一辺倒って柄じゃないんでね」

並んで歩くジョージとヴィクター。
隊員らの宿舎がある場所とは反対方向に、将官らの官邸がある。
一つ一つがえらく離れて建っている。
家が広くて庭があるのだから、それも当然と言えば当然なのだが。





「しっかし、いつ来てもこの家はでかいな」

言われたとおり、渋々ではあるが、身体を洗って出てきたヴィクターが呟いた。

「何か不都合でもあるか?」

ジョージは紅茶の入ったカップを差し出した。
目の前の小さなテーブルには砂糖と牛乳を置く。

「いや、そうじゃなくてさ」

カップを受け取りつつ、ヴィクターはニヤリと口許を歪めた。
そして、近くのイスにどかりと座る。

「何だ」
「早く嫁さん貰えよ。そしたらちっとはこのだだっ広い家も役に立つぜ。
 男ひとりじゃあ殺風景で仕方ねえ」
「大きなお世話だ。それより話ってなんだ」

値の張りそうな椅子の背もたれに無造作に上着をかけて、
ジョージはその椅子に腰を下ろした。

「そう急かすなよ、俺だってこれでも疲れてんだぜ。
 一息つかせてくれたっていいじゃねえか」
「だったら休憩してから私を訪ねるべきだ」
「ったく、つれねえ奴だな。まあいい、話ってのは単純だ。
 ジョージ、あの新入りは何て名前だ?いつからいる?」

ヴィクターの目つきが鋭くなった。
話がある、と囁いたあの時のように。

「新入り?ああ、スキンブルか。そう、スキンブルシャンクスだ。
 入ってきたのはこの前の外部募集期だな。
 ヴィクターは会ってなかったのか。彼が何か?」
「ふうん、充分に考えられる話だな。
 入りこむにはお誂え向きの時期だったってわけだ」

砂糖の塊を二つほどカップに放り込み、ヴィクターが呟いた。
甘党ではなかったはずだがやはり疲れているのだろう、甘い物が欲しいのだ。

「何の話だ?私には皆目見当がつかない」
「だよな。全然気づいて無さそうだし、というか何で誰も気づかねえんだ?
 これじゃあやりたい放題じゃねえか」
「ヴィクター、何が言いたい?」

ぶつぶつと言っているヴィクターを前に、ジョージは眉を顰めた。

「いやな、ジョージ。そのスキンブルってのはグロールタイガーの部下なんだ。
 俺も名前は知らなかったけど、どっかで見たことあるんだよな。
 たぶんどこぞの港だったとは思うけど、あん時は酒でも探してたのかな」
「・・・は?」
「は、じゃねえよ。俺は一回敵さんの顔見たら忘れねえの、知ってるだろ?」

上目遣いでじろりと睨まれ、ジョージは曖昧に返事をした。
確かに、ヴィクターの言うことは本当だが俄かには信じがたい。

「だいたい、時期もぴったりじゃねえか。
 グロール殺ったのが獅子宮月の後半、外部募集は処女宮月初めだ。
 どうやって書類ごまかしたかは知らねえが、やってやれねえことはない」
「しかし、さすがにグロールタイガーの部下なら誰か気付くだろう?」
「現に誰も気づいてねえだろうが。これだから海に出ねえ奴らは困るんだよ。
 グロール直下の部下ってのは滅多に姿見せねえんだ。
 俺たちの相手は大方グランブスキン一味さ」

グランブスキンとその部下たちが戦闘専門なんだとヴィクターは言う。
グロールタイガーも派手に暴れるが、強奪という目的があればこそだ。
ただ単に追いかけてきた海軍相手には、戦闘専門の荒くれどもが出てくるのだ。
グロールタイガー直下の部下ともなれば、海軍と言えど見たものは少ない。
隠れているのではなく、ただ出てこないだけなのだが。

「奴ひとりで乗り込んできたとは考えられねえな。
 グロール直下の部下はもうちょいいるだろうし、心当たりはねえのか」
「あ・・・そう、だな」

半ば放心したように椅子に身を沈めていたジョージが額に手をやった。
うまく思考がついてきていないのだ。

「グロールタイガーの部下か・・・うん?もしかすると」
「おお、何か思い出したか?」
「違うかもしれんが」

目を上げたジョージは少々蒼褪めていた。

「・・・何があったか知らねえけど、早目に手を打たねえとまずいかもな。
 何かあってからじゃあ遅いんだ」
「そうだな」

ジョージは考え込むように沈黙してしまった。
それを見て、ヴィクターはぐいっと紅茶を飲みほして立ち上がった。

「ベッド借りるぜ、先に寝る」

帰るつもりはないようだ。
ジョージからの返事は無い。

「お前も早く寝ろよ」

ヴィクターは微動だにしない親友にそう言うと、部屋から出て行った。
不快な静けさが辺りを覆う。
ぬるりと湿った空気に息苦しさを覚えた。

また、獅子宮月が巡ってくる。
討伐から一年、何が起ころうとしているのだろうか。
高く白い天井を仰ぎ、ジョージは重く息を吐いた。







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