最期のメッセージ
総司令官の直属の部下にあたるのが、総司令官の執務室で働く執務官。
最高司令官の直属だからという理由かはわからないが、
配給される備品などもなかなかいいものが揃っている。
与えられている机などもなかなか広く、使い勝手も良い。
スキンブルシャンクスは、その広い机一面に決済途中の書類を広げたまま
食堂から届けられた昼食を、噛み砕いては嚥下するという作業を繰り返していた。
もうお昼時を完全に過ぎている、昼食もとおに冷めていた。
年末は忙しいという話だったが、想像以上に悲惨だった。
しかし、こんな仕事だってすぐにおさらばだろう。
うまい具合にジョージからの信頼も得て、後は時機を待つのみ。
今朝とれたばかりだと、先ほど食堂の食事係が嬉々として話していた焼き魚を
機械的に口に運びつつぼんやりと考え事をしていた。
ジョージら、この執務室の面々は簡単に欺けるとしても、
そうそううまいことばかりではない。
マンカストラップたちの居所はわかっている、彼らが帰ってこれば連絡は取れる。
しかし、問題はグロールタイガーの他の部下たちだ。
どこにいるのか、何をしているのか、さっぱりわからない。
連絡のとりようもない。
どこかで暴れているという話は全く入ってこない。
この先ずっと大人しくしているとは思えないのだが。
特に、グロールタイガーと長年組んでいたグランブスキンのことは気にかかる。
獰猛な男だ、ともすればグロールタイガー自身よりも冷酷で残忍な一面がある。
「スキンブル」
どうしたものか。
グランブスキンも大勢部下を連れていたはずだから、
そのうち動きがあると思っていたが今のところその気配はない。
「おい、スキンブル!」
「わっ!は、はい!お呼びですか!?」
ほぼ骨だけになった焼き魚を書類の上に落としそうになるほど慌てて
スキンブルシャンクスは立ち上がって振り向いた。
「何もそう慌てることはあるまい」
呼んだ方も少し驚いたのか、苦笑を浮かべるジョージの姿があった。
彼の席のすぐ傍に書類を抱えたジェリーロラムが立っている。
「スキンブルシャンクスさん、お客さんがいらっしゃっているわ。
たまたま近くに来たそうよ、時間があるならお会いしたいとおっしゃっていたわ」
事務的な口調で告げるジェリーロラム。
「わかりました、ありがとうございます」
誰だろう、そう思いながらスキンブルシャンクスはジョージに目を向けた。
「総司令官、少し外してもかまいませんか?」
「ああ、かまわない。こっちも相当忙しいからあまり長い時間だと困るが、
毎日よく働いてくれているからな。少しくらい気分転換してくるといい」
「申し訳ございません、できるだけ早めに戻ります」
敬礼をするスキンブルシャンクスにジョージは頷いた。
全くもって気の良い上司だ。
「お客さんは食堂で待っていらっしゃるわ」
「そうですか。では、行って参ります」
八割がた食べ終えた昼食の容器に蓋をして、スキンブルシャンクスは部屋を出た。
ジェリーロラムは客と言っていたが、アポもないし誰だかさっぱりわからない。
食堂に行くのはいいが、誰が客かわかるのかと思いつつ。
「スキンブル、久しぶり」
深めの帽子をすっぽりとかぶった小柄な青年が手を振っている。
聞き覚えのある声だった。
少し緊張しながら近づくと、座っていた青年がすっと顔を上げた。
「クアクソー?」
「そうだよ、久々だね」
子供のような笑顔を見せるクアクソー。
突然の再会にスキンブルシャンクスは驚きを隠せない。
クアクソーはミストフェリーズの双子の弟で、グランブスキンの部下だった。
どうやって連絡を取ろうかと思っていたところに訪ねてきてくれるとは偶然だ。
「よくここが分かったね」
スキンブルシャンクスがクアクソーの前の席に腰を下ろしながら言う。
「うん。彼女が教えに来てくれたんだ。
船長は死んじゃったから、僕らには好きにするようにってさ」
「へえ。彼女がね」
自然と声を潜めて話す。
突然現れ去って行った魅惑の女性のことを。
グロールタイガーを骨抜きにしたセイレーン。
「兄貴やスキンブルたちが何をしようとしてるかは知ってる。
ちょっと、外に出て話そうよ」
「そうだね」
座ったばかりだったが、スキンブルシャンクスは立ち上がり
クアクソーも彼に続いて棟の外へと出た。
業務時間中だからほとんど軍員もいないけれど、どこで何を聞かれるかわからない。
ここで作戦が水の泡になるのだけは避けなければならない。
ふたりして防波堤の方にゆっくりと歩いて行く。
「グランブスキンは死んだ」
冷たい貿易風の中、ふと立ち止まってクアクソーは呟くように言った。
「驚かないんだね。知ってた?」
「ううん、知らない。けど、何となくそんな気がしてたのかもしれない」
「そっか」
好きなようにしろと言われた。
だからグランブスキンは派手に弔いをしたのだ。たった独りで。
「たぶん海軍のどこかの司令部の出張所だと思うんだけど。
一番近い所にあったからね、そこに乗り込んで海軍のやつら斬って回って。
最後は海軍にやられたんだけどさ、もともとそれを覚悟で乗り込んだみたいだ」
「グランブスキンだったら・・・そうするんだろうね」
「うん」
海のさざめきに耳を傾けながら、ふたりはまた歩き出した。
「ねえ、スキンブル」
「ん?」
「あんまり無茶するなよ」
目を合わせることもなく、顔を見ることもなく、ただ言葉を交わす。
「ちょっとは無茶すると思うよ。やりたいことがあるから」
「止めはしないよ」
「ありがとう。軍に入ってまだ数か月だけどね、嫌というほどわかるよ。
軍にとって海賊は絶対に許されない存在なんだってね。
生き方の違いってふうには見てないんだ、悪でしかない」
苦笑を浮かべながらスキンブルシャンクスは独り言のように呟く。
つま先が割れた貝殻を蹴とばした。
「生きるために奪う、モノであっても命であっても。
そりゃあ相容れないだろうね」
クアクソーも皮肉気な笑みを浮かべた。
「気になるんだ」
防波堤に立って、クアクソーがぽつりと言った。
何が、とスキンブルシャンクスは彼の横顔を見る。
今は帽子に隠れているが、彼の耳はきちんと二つ揃っている。
兄のミストフェリーズは左耳が欠けている。
「グランブスキンのこと、スキンブルに伝わってないことだよ。
あんなに派手に暴れて、殺ったのもひとりふたりじゃない。
どこかで情報が止まってるんだ、意図的なのかはわからないけど」
「確かに、ちょっと引っかかるね。だけどさ、考えても仕方ないよ。
僕らはもう危険な航海に出ちゃったんだ、今さら引き返せない。
やれるところまでやるつもりだよ」
「力は貸す。僕らだって頭失っちゃってどうしたものか困ってるんだ。
スキンブルたちの航海が成功したら・・・その時はまた一緒に海に出ようよ」
確約のない約束。
それでも、スキンブルシャンクスはしっかりと頷いた。
「スキンブル」
止むことのない風、絶え間ない波音、その間を縫って
クアクソーの声がスキンブルシャンクスの耳に届く。
「死ぬなよ」
穏やかな微笑みを浮かべたスキンブルシャンクスは、またしっかりと頷いた。
死ぬなよ。
グランブスキンは最後にそう言った。
ついてこようとする部下を制し、いつものようにニヤリと口許を歪めて。
それが、残された最期のメッセージ。
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