序幕

ようこそ!

最終更新日: 2018-11-11
テキストサイズ 小 |中 |大 |

HOME > Gallery > Navy > Navy_sec2 > 序幕

序幕

「失礼いたします、ビル・ベイリーです」

夕刻、総司令官の執務室に入ってきたのは連絡員のビル・ベイリー。

「部隊寄港のご報告です。第一艦艇部隊、ギルバート隊長以下16名只今帰港致しました」
「そうか、ギルバート部隊が戻ったか。
 ビル、もし緊急の用など無いなら出迎えてくれ」

ジョージは、手元にある資料から目も上げずに言った。
そこに、遠慮がちに口を挟んだのは司令官のメグ。

「総司令官、出迎えの当番はスキンブルにあたっておりますが」
「その通りです、総司令官。少尉のお手を煩わすわけにはいきません」

続くように、スキンブルシャンクスが立ち上がってそういった。
ジョージは思わず仕事の手を止め、少しばかり逡巡した。
確かに、スキンブルシャンクスの言うことは正論だ。

「いやまあ、しかしだな。今は仕事も立て込んでいるし、その、
 ビルもたまには違う仕事をしたほうが刺激になるだろう」

我ながら何とくだらない言い訳だろうかと、ジョージは少し情けなくなった。
それでも、グロールタイガーの腹心だと思われるスキンブルシャンクスを
仇のギルバートのもとに遣るのは不安だ。

「それも一理ありますね。どうです、ビルとスキンブルの両方に行ってもらっては。
 それなら、ひとりでするより少しは早く業務に戻れるでしょう?」

何も知らないメグが微笑んで言った。

「そうだな、それがいい。ビル、スキンブル、いいか?」
「はい、異論はございません」
「畏まりました」

まさか、厭ですとは言えまい。
ビル・ベイリーが一緒なら下手なことはできないはずだ。
何とかなるかとジョージは安堵の息を吐いた。



長い廊下を、スキンブルシャンクスは無言で歩いて行く。
数歩前をビル・ベイリーが歩いていた。
どうしたものか、とスキンブルシャンクスは思案していた。
出迎え当番を外されかかったときは相当に焦った。
何とか当番は外されなかったものの、とんだ邪魔が入ってしまった。

制服の内側には睡眠薬の小瓶が隠されている。
少し前、薬品棚から失敬したものだ。
クアクソーらが巻き起こしてくれた商船襲撃騒動のおかげで、
本部内の警備が手薄になっていたこともあり楽な仕事だった。

クアクソーたちは、先日ミストフェリーズらに接触したらしい。
一連の商船襲撃騒動の延長で、偶然を装ってギルバート部隊に乗り込んだという。
偶然も何も、もともとの目的がミストフェリーズらとの接触だったのだから
回りくどい方法だったといえば全くその通りだ。
海に出てストレスを発散するという別の目的もあったようだが。
その別の目的を楽しむことに比重が傾いていたような気さえする。

――― 睡眠薬をね、飲み物に混ぜて欲しいんだってさ。
――― 兄さんたちが間違えて飲まないように気をつけてね。
――― 合図は「報告書の提出」
――― 場所は

もうやるしかないのだ。
邪魔なものは取り除くだけ。
スキンブルシャンクスは、服の上からそっと小瓶に触れた。

「ビル・ベイリー少尉」

前を歩く青年の名を呼ぶ。
誰も見てはいない。
例の商船襲撃事件に警備部隊が駆り出されているせいで、衛兵が少ないのだ。

「ん?どうした?」

ビル・ベイリーが振り向く。
次の瞬間、彼の身体はスキンブルシャンクスの腕の中に崩れ落ちていた。

「き、さま・・・何の、つもり、だ」
「まだ、僕も捨てたもんじゃないね」

鳩尾に食い込んだ拳を離し、不敵な笑みを浮かべる。
ビル・ベイリーは意識を手放しぐったりとしている。
小柄な身体をひょいと抱えると、滅多に使われない第二控え室に放り込んだ。
かなり強く食らわせたから暫く目覚めることはないはずだ。
目覚めたとて、まともに動けるとは思えない。

「さあて。久しぶりだね、ギルバート」

低く、呟かれた言葉。
がちゃりと控室の扉を閉めると、スキンブルシャンクスは外に向かって歩き出した。





ギルバート部隊の面々がぱらぱらと船から降りてくる。
その中に、遠目にも見慣れた姿がある。

「なかなか様になっちゃってるじゃないか」

建物の扉を押し開き、スキンブルシャンクスはくすくすと笑った。
今はまだ、海軍総司令部の優秀な執務官の顔をしなくてはならない。
ぴしっと制服の襟を正し颯爽と歩みを進めた。



本部の入っている棟から歩いてくる白い制服を認め、
ギルバートは隊員たちをさっと整列させた。

白い制服は総司令部執務官。
迎えに出てくれたのだろう。

「第一艦艇部隊、ただいま帰還いたしました」

敬礼をし、型どおりのセリフを吐くギルバート。
歩いてきた執務官は、ふわりと微笑んでやはり敬礼をした。

「ギルバート隊長、第一艦艇部隊のみなさん、任務遂行お疲れ様です。
 お疲れでしょうが、隊長は帰港報告を行ってください。
 隊員の皆さんは本部棟の第一控え室でお待ちください」

こちらも型どおりの労いのセリフを並べる。
ギルバートは畏まりましたと言って、くるりと隊員たちに向き直った。

「皆さんは執務官のおっしゃったとおりに第一控え室で待っていてください。
 カッサンドラは僕と一緒に来てください。
 荷物の整理などは一息ついてからにしますので」

隊員たちはそろって敬礼をし、本部棟に向かって歩き始めた。
マンカストラップがちらりとスキンブルシャンクスを見やった。
スキンブルシャンクスは微かに頷いて、本部棟に向けて駈け出した。

胸が高鳴る。
大物相手に豪快に襲撃をしかけるような高揚感。
傾いた太陽が朱に染まり始めた。
緋色の未来を予感させるかのように。





「失礼いたします」

控室の思い思いの場所でくつろいでいた隊員たちは揃って声のした方に目を向けた。
カップの載ったトレーを手に立っているのは先ほどの執務官だ。

「お茶を召し上がってください」
「ああ、ありがとう」

スキンブルシャンクスの言葉に答えたのは痩身の男性。
机の並びを長方形の四辺に例えるなら、
彼はスキンブルシャンクスのいる場所と対角線上に座っている。
彼がこの中では一番偉いのかと思ってぐるりと視線を巡らせる。
肩章で判断する限り、彼は中尉だ。
しかし、その彼の隣にいる男は大尉のようだ。
不機嫌なのか相当な仏頂面でスキンブルシャンクスのことなどまるで見ていない。

「どうぞ」

それでも、スキンブルシャンクスは一番肩書きが上だと思われる者から順に
琥珀色の液体を湛えた白いカップを配ってゆく。
不機嫌な面構えの男も、別段怒っている様子もなく普通に礼を口にした。
先ほどの痩身の男も、強面のままで慇懃に礼を述べた。

「見ない顔だな、新入りか?」

無表情でどこか茫洋とした雰囲気の男の傍に立った時、
不意にそう言われてスキンブルシャンクスはきょとんとした。
緋色の目が印象的な立派な体躯の男だ。

「一年ほど前に海軍総司令部の執務官に就任いたしました」
「そうか。それなら知らなくて当然か。マンカスたちと同時期だな。
 知り合いじゃないのか?」
「え・・・いえ。もしかしたら会っているのかもしれませんが」

ふうんそうか、とその大柄な男は言った。
何気ない質問だったのだろうが、予期せぬ問いは必要以上の狼狽をもたらす。
大いに焦ったスキンブルシャンクスは、その焦りを気取られぬよう
いつもの爽やかな笑顔を必死に保っていた。
もちろん、マンカストラップたちも内心穏やかではなかった。

最初に持ってきたカップを全部配り終えて、
残っているカップを取りにいったん部屋を辞した時は深々と溜息を吐いた。
どうやら少々浮足立っているようだ。
そして、残ったカップを配り終えると左脇にトレーを抱え
扉付近でぴしっと姿勢を正して言った。

「では、隊長がいらっしゃるまでこちらでお寛ぎください。
 一年目の隊員のみなさんは報告書を総務部まで提出してください。
 東回廊は現在修理中ですので、別の場所から回ってください。以上です」
「了解いたしました、お疲れ様です」

やはり痩身の男が労いの言葉をかける。
誰もあんな不便な回廊使わないわと、小柄な女性隊員が呟いている。
そうねえと、スレンダーな白衣の女性隊員が同意した。
元々雨風に曝されて荒れ放題だった東外回廊は前年の大雨と高波でものの見事に大破したのだ。
ここに至ってようやく海軍も整備する気になったらしい。
そんな会話を耳にしながら、スキンブルシャンクスは部屋を辞した。

大丈夫、うまくいく。
隊員たちは確かにカップに口を付けていた。
薬が効き始めるまで多少のタイムラグはあるが、その方がいい。
即効性だとかえって怪しまれるだろう。
スキンブルシャンクスは給湯室隅に立てかけておいた剣を腰に帯びた。

「弔い合戦だよ、船長」





「ああ、まだちゃんと整備されてなかったんですね」
「整備中と言ってましたしね」

総務部によって必要な書類を提出してから、
ギルバートはカッサンドラを伴って控室に向かっていた。
整備中だけれどもうそろそろ東回廊が使えるかもしれない、と
総務部員のジェリーロラムは言ったのだが整備はされていなかった。

「まあ、歩けるからいいでしょう」

控え室へはここを通るのが一番早いのだ。
今更引き返して迂回するのも面倒になったギルバートは
道が無いのもおかまいなしに回廊に踏み入れた。

黄昏の日差しを受けて、水平線が朱に染まり始めた。
その赤い光に何かが煌めいた。
ふと、ギルバートは足を止める。
カッサンドラも立ち止まった、そして剣の柄に手を掛ける。

「お疲れ様です」

すっかり耳に馴染んだ声。
逆光に浮かび上がる影は四つ。
ギルバートは眼を細めた。
そんなことをしなくてもわかっている、その影の正体くらいは。
全く無駄の無い動作でギルバートが剣を抜いた。
その瞬間。
隣にあった副官の小柄な身体が声も立てずに地に沈んだ。

「カッサ!?」

近づいてくる影を充分に警戒しながら、ギルバートはカッサンドラの名を呼ぶ。

「大丈夫だよ」

背後からの声。
つい先ほど聞いたばかりの声音。
ギルバートが睨むような視線を送った先には、朱に濡れた短剣を手にした青年がいる。
白い制服の、そう、先ほど出迎えてくれた執務官。

「君が素直にやられてくれれば彼女くらい助けてあげてもいい。
 長引くと大変だよ、大きい血管は切ってないけど確実に流れ出ちゃってるからね」

ギルバートはぞっとした。
笑みを湛えて言うような台詞じゃない。
それに、この青年の青い眼はあまりに冷たい。

「始めようよ、ギルバート。
 聡明な君ならわかるよね、僕らがここにいる理由くらい」

ギルバートは、再び四つのシルエットに目を向けた。
マンカストラップ、ラム・タム・タガー、ミストフェリーズ、マンゴジェリー。

「貴方たちはやはり」

グロールタイガーの一味なのですね、とギルバートは呟くように言った。

「さすが、気づいてたんだね。
 そっちのカッサンドラは気づいてるだろうなと思ってたけど」

耳慣れたミストフェリーズの声。

「さあ、始めよう。誰かが来るといけない。
 あんただってそこのカッサンドラを死なせたくはないだろう?」

低く太い声はマンカストラップ。
そのがっちりした手には大ぶりの太刀が握られている。

ギルバートは一度、足もとに倒れこんでいるカッサンドラに目をやり、
大きく息を吐き出しながら剣を構えた。

「それでいい」

夕凪。
静かな海が赤々と染まりゆく。

救えるか。
生き延びられるか。

すべてが朱に染まる中、戦いの幕が開く。






▲ ページトップへ

milk_btn_prev.png

milk_btn_next.png