権謀
「総司令官殿!火急の用件でございます!」
扉の外から聞きなれた声がする。
いつになく急いでいるようだ。
ジョージは入るようにと声を掛けた。
「失礼いたします!ビル・ベイリーです。
参謀本部長より伝言及び書簡を預かっております!」
扉を入ったところで立ち止まり、ぴしりと敬礼する連絡員のビル・ベイリー。
急いできただろうに、ほとんど息が上がっていないのは日頃から走り回っているせいか。
「わかった、見せてくれ」
ビル・ベイリーは、黙々と仕事をしている執務官らの間を抜け
書類が山と積まれたジョージの机の方に歩いて行った。
「こちらです」
「うむ」
ジョージは、手渡された紙の封を器用に解いて目を通し始めた。
すぐに眉間に皺が寄るのをビル・ベイリーは見た。
「まったく、何だってこう厄介なことが起こるんだ。それで、参謀本部長は何と?」
「はい、本部長殿は緊急に作戦会議の場を設けていただきたいのとことでした」
「それはまあ、そうだろうな・・・ことは急を要するだろう。
仕方ない、なるべく意見を入れたいから作戦総会を開こう」
かさかさと、書類棚の中から何かの紙を抜き取ったジョージは
潰れかけたペン先にインクを付けて何かしら書き込んでいる。
会議を開くための書類、といったところか。
「よし、参謀本部並びに中央特殊部隊、及び中央で休暇中の各部隊に伝達。
一時間後に本部棟大会議室で作戦総会を開く。
参謀本部の佐官以上、各部隊隊長及び参謀長に召集を掛ける」
「畏まりました」
ビル・ベイリーは伝達を復唱すると、敬礼して部屋を出て行った。
それを見送って、ジョージは深くため息を吐いた。
「スキンブル、総務まで行って会議室の手配と準備を指示してくれ。
メグ司令官、総司令次官のところに話を通してきてくれ。
エルンスト中佐、私は今から参謀本部に赴くから部屋は任せる」
三つの返事を聞きながら、ジョージはペンや紙を持って部屋を出た。
異常な事態だった。
海賊の出没など日常茶飯事だが、何かがおかしい。
やりかけていた仕事をキリのよいところで止めたジョージが会議室に向かうと、
既に参謀本部長や何名かの各部隊長、参謀長がそこにいた。
海図を囲んでああでもないこうでもないと言い合っている。
「あ、総司令官」
気付いて振り向いたプラトーがさっと敬礼をした。
その声に、全員が顔を上げて一斉に敬礼をする。
ジョージは頷くことでそれに応えて、参謀本部長の傍に歩み寄った。
「変なことが起こっているな」
「はい、なかなか奇怪な事態です」
商船が次々と海賊に襲われているという。
それぞれの被害は軽微なものだというが、
こう頻発していては通商はもちろん、国交にまで影響が出かねない。
招集された面々が集まるにつれ、
不思議だ、おかしい、という呟きがあちこちで起こった。
「さて、それでは緊急の作戦総会を開催する。
まず、参謀本部長から現在の状況を説明してもらう。
それから皆に意見を聞くから、緊急事態だと心して臨んでほしい」
ジョージの言葉に、静かな会議室の空気がぴりりと引き締まる。
その中でおもむろに立ち上がった参謀本部長は、恰幅の良いベテラン参謀だ。
前に吊るされた大きな海図の前に立って、指し棒で示しながら説明を始めた。
「・・・というふうに、手口は全て似通っている。
こう被害が多いのも問題だが、最も大きな問題は」
参謀本部長は渋い顔で集まった面々をぐるりと見渡し、
最後にジョージに向けてお手上げとばかりに頭を振った。
「わが海軍がその現場を一度たりとも押えられていないことでしょうな。
まったく、軍の船がいないことを見越しての犯行としか思えない」
「確かに。どこかで巡航の予定が外部に漏れているのかもしれん。
ともかく、これを踏まえて何か意見はないか?」
ジョージがゆっくりと視線を巡らせる。
皆、それぞれに眉間に皺を寄せたり、海図を睨んだりしている。
「・・・手口から考えるに」
溜息とともに口を開いたのは、参謀本部の幹部らが陣取った隣に座っていた男。
気だるそうに椅子に凭れているが、目つきばかりはいやに鋭い。
「何か意見があるのか、ヴィクター准将」
「ああ。おそらくグロールタイガーの残党だろう。
しかも、話を聞く限りグランブスキンの手口にかなり似ている」
「そういえば・・・グロールタイガーの手勢は野放し状態だな。
皆、ヴィクター准将の意見をどう考える?」
問いかけに、会議室が少しざわめいた。
グランブスキンは戦闘を好む性質で、ぶつかった部隊も少なくない。
豪快に戦う一方で、盗みだけなら少数精鋭を用いることもある変幻自在の一味だ。
「間違いないと思います」
ざわついていた会議室の末席の方から、きっぱりとした声が言った。
ジョージが目を向けると、プラトーの隣にいた男と視線がぶつかった。
「えっと・・・君は確か」
「カーバケッティ、ギルバート部隊の参謀です」
「そうだ、負傷して航海に出られなかったのだったな。
グロールタイガーと最後に戦ったのはギルバート隊長の部隊だ、
色々と調べていたのだろうな?」
部屋中の目が一斉にカーバケッティに向いた。
これがあの、変わり者と言われる参謀なのかという好奇の視線も少なくない。
「グランブスキンの小部隊とは何度か剣を交えていますが、
ヴィクター准将のおっしゃった通り、手口は今回の一連の事件と似ています」
カーバケッティは、その手元にある分厚い紙の束をめくりながら言う。
「残党にまで手を回しきれなかった私どもにも責任はありますが・・・
今の状況を考えると、情報は意図的に外部に漏らされているのではないかと」
「つまり、内通者がいると?」
問うたジョージの目がすっと細くなった。
会議室の空気が凍りつく。
「・・・可能性があるということです」
低く押し出されたカーバケッティの言葉で、その場に一瞬の沈黙が下りた。
「ふざけるな、証拠もないのに内通者がいるなどと!」
「ったく、煩いな。内通者がいないという証拠もないだろうが。
考えてもみろ、巡航予定はあくまで予定でかなりの確率で狂いが生じる。
それなのに海賊どもはきっちり軍の動きを把握している」
頭に血が上った若手の参謀官を一蹴して、
ヴィクターはジョージとその周りの参謀たちに目を向けた。
「よそ者が軍の中に入り込んで、日々の巡航状況を知ろうなんてまず不可能だ。
だが、軍内部のものなら巡航状況なんてすぐにわかる。
内通者はいないと考えるよりいると考える方がいいだろう」
「そうだな、常により悪い状況を考えるべきだからな。
巡航状況を流しているだけなら、今は内通者探しより状況打破が先だ。
どうすればいいと思う?」
ジョージはとにかく柔軟で頭の回転が速い。
無駄な議論に時間は割かず、何をすべきで何が最優先かを常に考えている。
「・・・巡航数を増やすことでしょうな。
情報を流しても、軍の船が増えればいずれかちあうだろう」
「妥当な策ですね」
一部隊の隊長が呟くように言った言葉に、どこかの参謀長が同意した。
参謀本部長は、どうするのかとジョージを見やった。
「異論のある者は?」
ジョージは各々の顔を見るように、ゆっくりと視線を巡らせる。
大方の軍員は頷くことで、提案への同意を示した。
「よし、異論は無いな。では、さしあたり巡航数増で対応する。
参謀本部長、警備部長、どれくらい出せる?」
「休暇部隊に協力してもらっても5、6部隊が限度でしょうな。
戦闘が多くかなりの数が遠征していますからね」
「部隊がそれだけ出るなら警備部隊はせいぜい1、2部隊です。
それ以上はこの本部の警備が薄くなりすぎます」
参謀本部長と警備部長はそれぞれに苦い表情だ。
分かりきっていたことだけに、ジョージにも頭の痛い話だ。
無意識に額に手を当て、暫し考え込んでから口を開いた。
「心配もあるが、ともかくこの事態を打破することが先決だ。
参謀本部長、ここにいる中から5部隊を急遽出航準備させて下さい。
警備部隊も2部隊編成してください、近海の警備に当てます」
「「畏まりました」」
参謀本部長と警備部長は声を揃える。
「サンミゲル隊長、ヴェラスコ隊長、ジベルティ隊長とプラトー隊長、
休暇のところ悪いがチャハイー隊長と、聞いた通りだ。
すぐに戻って出航準備をしてくれ、様々な手配はこちらで済ませる」
参謀本部長は5部隊の隊長をすぐさま指名した。
中央特殊部隊3隊と休暇中の部隊、及び第七艦艇部隊だ。
指名された隊長らは敬礼と共にすぐさま立ち上がり、会議室を後にした。
それを追うように、その部隊の参謀長らも部屋を出てゆく。
「情報統括部長、すぐに配置場所を決めるから残ってくれ。
よし、参謀官らは解散だ。隊長は残るように。
警備部長、部隊編成をしたらすぐに知らせに来てくれ」
てきぱきと指示を下してゆくジョージ。
それとともに、本部内は慌ただしく動き始めた。
中央特殊部隊の突然の出航で専門学校の授業は穴だらけだ。
それをどう埋めるか、大量の資料と睨めっこしつつ
ジェリーロラムは薄く笑みを浮かべた。
「これで良いのかしら?グリドルボーン」
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