講師

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最終更新日: 2018-11-11
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講師

カーバケッティは大きくため息を吐いた。
並んで歩いていたコリコパットは嫌そうに視線だけを隣の男に向ける。

「朝っぱらからしけた空気作るなよ」
「んなこと言っても溌剌としてられるかってんだ」

ふたりは今、学生たちの待つ教室に向かっていた。
本来の肩書はギルバート部隊の参謀官と整備士。
しかし、グロールタイガー戦で大けがを負ったあと、
意識がはっきりしたころには既にギルバートらは任務に戻っていた。
置いてけぼりを食った感がある。

「くそっ・・・あいつら本当に馬鹿だからな」
「学生が最初から賢かったらこっちの立場がないじゃん」
「しっかし本気で頭悪い!考えることをしないんだ」

カーバケッティは、なんとか大声で叫びだすのは押さえているようだ。
コリコパットには何故彼がそこまで苛立っているのかよくわからない。
元はと言えば、他の部隊で働かないかと言われたのをふたりして断ったのが
こうして授業補佐として学生の相手をする原因となったのだ。

「よう、カーバ。ご機嫌斜めじゃないか」
「げっ・・・プラトー大佐」

あっさりと追い付いてきた大柄な体躯をやや見上げる格好で
カーバケッティはバツが悪そうに口許を引き攣らせた。

「大佐はこれから授業ですか?」

相手が誰だろうと物怖じしないコリコパットが問いかけると、
プラトーは肩をすくめて模造刀を目の前に持ち上げてみせた。

「研究生の剣術基礎演習だ、おそろしくつまらんが気を遣う」
「あー・・・研究生が相手じゃしょうがないですね」

研究生は、海技や海上戦闘のノウハウを学ぶこの学校においての一年生だ。
戦闘系の学科でなくても剣術基礎は受けなければならない必須授業。
一年生だから剣の扱いに慣れていない。
ここが兵科の水兵を育てる学校であれば、少々手荒に剣術を叩きこむこともできる。
しかし、ここは主に技術を教える学校だから荒っぽい真似はできない。
ある程度の型を教えながら怪我をさせないように進めていく授業は、
講師にとっては気疲れする以外の何物でもない。

プラトーの本職は中央特殊部隊の隊長だ。
海軍内でも随一の長身と怪力を誇る若き大佐。
中央特殊部隊の隊員は、援軍や業務支援に赴くという任務以外に
こんなふうに学生相手に講師や補佐を務めなければならない。

「まったく、頭が痛いよ」
「大佐の頭痛の原因は学生だけじゃないんでしょう?」
「よくわかっているな」

プラトーが振り返ったので、カーバケッティとコリコパットもつられて振り向いた。
真っすぐな廊下の向こうの方で学生にたかられているのはアドミータス。
彼はプラトーの部下にあたる。もとは同期生らしい。

「俺が言うのもなんだが・・・あいつは頭が悪い。
 ただ、学生からはやたら好かれてるし剣の腕は文句なしだ」
「困ったやつだが可愛いやつだってことですね」

コリコパットがさらりとプラトーの気持ちを代弁する。
プラトーは否定しないことで遠まわしにそれを肯定すると、
今度はニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。

「お前たちはどこの授業だ?」

コリコパットは、自分の手元を見て持ち物を確認してから言った。
学生に返却するレポートは忘れずに持ってきている。

「俺は練習生の整備演習の補佐です。カーバは確か調理演習の補佐に入るはずですよ」

カーバケッティの表情が目に見えてどんよりと曇った。
調理演習は研究生の必修授業だ。
調理師系の船員でなくとも調理の技術はある程度身につけなければならないのだ。
調理師の乗っていない船だってけっこうある。遠征する戦闘部隊にはほとんどいない。

「どうしたカーバケッティ、暗いぞ。
 なんだなんだ、調理師顔負けの腕だと聞いているがそうなのか?」

プラトーは、カーバケッティの沈黙を肯定と受け取って、
そうかそうかならば是非今度ごちそうにならなければ、などと独りごちている。
参謀であるはずのカーバケッティだが、
本業を活かした授業補佐への声は全く掛からない。
奇抜な作戦ばっかりぶち上げる変わり者だということを誰もが知っているのだ。
グロールタイガーに仕掛けた大胆な作戦もかなり影響している。
まさかあのギルバートがこんな奇抜な作戦をぶち上げるなんて、と誰もが驚いたが、
その出所がカーバケッティだと知れるや皆がなんとなく納得したという。

「あ、そうだ」

思い出したようにプラトーがポクンと手を打った。

「この間話した海上実習の件だが」
「ああ、どうかしたんですか?」

カーバケッティは、自分の声に刺々しさを感じつつ先を促す。
研究生の海上実習に付き合ってほしいと、頭を下げられたのはつい数日前だ。
講師としてなかなか有能なカーバケッティとコリコパットに、
どうしても頼みたいということで渋々首を縦に振ったのだが。

「ギルバート部隊がこちらに戻ってくる時期と重なる可能性がある」
「え、それじゃあ・・・」
「復帰は保証するそうだから心配はいらん。それを伝えなければと思っていたんだ」
「ああそうですか」

萎れた声でぼそぼそと呟いたカーバケッティ。
復帰を理由に海上実習を断るという目論見はほんの一瞬で崩れ去った。

「じゃあ、授業頑張れよ。おい、アド!お前たちも!始まるぞ!」

振り向いて、未だ戯れるアドミータスと学生に怒鳴ると
プラトーはご機嫌で剣を振り振り演習場に向かって行った。

「カーバ、もうちょっとの辛抱だって。あの嵐の航海を思えば屁でもない」
「比較にならん。というより、俺は何も覚えてない」
「ま、そうなんだけど・・・早く戻りたいな」

思いがけずコリコパットの声はしんみりとしていた。

「どうして、そんなに戻りたいんだ?」
「今更聞くんだ?」
「まあ・・・なんとなく、な」

ふうん、と呟いてコリコパットはちらと窓の外に見える海に目をやった。

「初めて航海に出て、その時に初めて仲間を一度にたくさん失って。
 カーバは知らないだろうけど、ギル隊長がずっと生き残ったみんなを支えてた。
 生きて帰ろうって、ずっと言ってくれた」
「まあ、俺は乗り込んできた海賊どもに手ひどくやられて早々と意識飛ばしてたからな。
 それで、その時のことへの恩返しってわけか?」
「そうじゃないとは言わないけど、ちょっと違う。
 隊長が言ったんだ、今の部隊を編成するって決まった時にさ。
 誰も失わないって、そう言ったから俺は隊長について行くって決めた。
 俺だって、仲間を失うのは絶対嫌だったから」

ギルバートの傍にいたい。
コリコパットの中では、ギルバートを守ることがほぼイコールで仲間を守ることなのだ。
その辺は理屈ではないと彼は言う。

「カーバはなんで?」
「俺は隊長を見た時から、動ける限り隊長に尽くすんだろうと直感で感じた。
 隊長は少数部族の出身だ、俺も少数部族だ。
 俺は俺の部族を誇りと思っている、だが周りの差別感情は感じざるをえない」

カーバケッティは苦笑を浮かべ、コリコパットを見た。

「隊長はジンギスにそっくりだって話はしたと思う。
 ジンギスは英雄だ。彼は各地の少数部族に勇気を与えてくれた」
「でも、隊長は似ていてもジンギスじゃない」
「わかってる。それでも、確かにジンギスの血を引いている。
 守りたいんだ、誇り高いその血を。コリコにはわからないかもしれないけどさ。
 そしていつか、ジンギスはすごい男だったって堂々と言えたら気持ちいいだろ」

それに、とややトーンダウンして続ける。

「隊長しか俺を参謀として扱ってくれない」

付けたしのようだが、最後のセリフが本音なのだろうとコリコパットは思った。
実際、作戦会議を開いてもカーバケッティの奇怪な作戦には
ギルバート以外の全員が眉間にしわを寄せて首を横に振る。
それでも、隊長がゴーサインを出せばそれがまかり通るのだから恐ろしいのだ。

「あーあ、早く戻りたい」
「全くだ。剣と包丁を同列に扱う学生の相手はもうウンザリだ」
「物覚えの悪い学生は立たせておいていいのかな」

ふたりして深々と息を吐くと、
コリコパットは燦々と朝の陽光が降り注ぐ整備場に足を向け
カーバケッティは建物の奥まったところにある調理実習室へと向かった。
こうしてまた、長い一日が始まる。






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