新しい日々

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最終更新日: 2018-11-11
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新しい日々

「平和よねえ・・・平和っていいわぁ」

レンチ片手にぼんやりと海を眺めながら、ランペルティーザが言った。
きつかった日差しも徐々に優しくなってきた。
ゆるやかに吹き抜ける風が気持ちいい。

「海賊が出るなんて、誰が言ったのかしら」
「たぶん、海賊なんて出ないだろうな」

ランペルティーザの独り言に入ってきたのはマンゴジェリー。
ゆらりと向きをかえ、船の柵に靠れかかるように青い空を仰いでいる。

「この辺は海賊の出るような海域じゃないだろう?」
「・・・でしょうね」

ランペルティーザはもともと海賊だった。
だから、海賊がえり好みしそうな場所は何となく知っている。

「前の戦闘でこの船の隊員が怪我したんだろう?
 みんな治りきってないからなるべく戦闘は避けたいって
 隊長さんが言ってるみたいだけど」
「海賊討伐の司令は無視ね、でも隊長らしいって言えばそれまでだし。
 で?新しい参謀官は隊長の司令通りに海賊を避けようとしているのね?」
「だろうな」

航路決定は基本的に海技士のボンバルリーナが担当している。
ただ、戦闘などが絡んでくると参謀も航路決定に一枚嚙むことになる。

「ところでマンゴ、船倉の点検終わったの?」

ランペルティーザの問いに、マンゴジェリーがぎくりと肩を揺らした。

「い、今から・・・」
「そうね、早めに行ってちょうだい。早めに、ね」

ランペルティーザの手の中でレンチが不気味に煌いた。
引き攣った笑いを残し、マンゴジェリーは慌てて船室に姿を消した。






「う~ん、もうちょっとだけきつく締めて大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」

マンカストラップの脚にテーピングを施しているのはディミータ。
少しでも楽に動けるようにしておけば、いざという時に心強い。

「これで、どう?ちょっと歩いてみて」
「おう」

ディミータに言われ、マンカストラップは立ち上がってその辺りを歩いてみる。

「この前とちょっと変えたか?」
「ええ、少しだけね。どんな感じ?」
「悪くない、随分と動きやすい感じもするし。ありがとう」

爽やかな笑顔で素直に礼を述べてくるマンカストラップに、
ディミータも自然と笑顔を零す。
しかし、その笑顔も束の間。
本を読んでいるランパスキャットに向けられた視線はいつものように鋭い。

「ランパス!」

カンと響く声に驚いたのはマンカストラップ。
ランパスキャットはと言えば、何事かと緩慢に本から目を上げただけ。

「休みなさいって言ってるでしょう?」
「・・・こうして休んでいるが」
「違うっ!身体横にして休めろって言ってるの!」

落ち着き払っている男に向けて、ディミータが何かを投げる。
寸分の狂いなくそれは、先ほど使っていたテーピング用テープは、彼の額にヒットした。

「痛・・・っ!」

首をすくめ、額に手をやったのはやっぱりマンカストラップ。
ぶつけられた当事者は平然としたものだ。
本を取り上げられて少々不満そうではあったが。

「心配させないで。傷が治りきってないの、そう言ったでしょう?」
「わかった、すまない」

のっそりと立ち上がり、ランパスキャットは隣の船室に向かう。
彼が完治しなければ、同じ操舵手のマキャヴィティに負担がかかる。
そのマキャヴィティだって、ようやく怪我が治ったところなのだ。

怒ったような、心配しているような、複雑な表情のディミータ。
マンカストラップはふっと呟いた。

「優しいんだな」
「な・・・何言ってるのよ!?」

真っ赤になったディミータに、マンカストラップは微苦笑を浮かべる。

「みんな無茶ばっかりするから、ちゃんと体調管理してあげないとダメなの」

そっぽを向いてボソボソと言う軍医に、
マンカストラップは苦笑の色を一層濃くするのだった。






ドンッ・・・と腹に響く音。
驚いたのは、真剣に打ち合わせをしていたボンバルリーナとマキャヴィティ。
操舵室で海図を広げながら、航路について話し合っていたところだった。

「何かが爆発したような音だったが」
「何かしら・・・調理場しか考えられないんだけど」

爆発しそうな火気のあるものは積んでいない。
ボンバルリーナが形の良い眉を寄せると、
マキャヴィティが思い出したとばかりに呟いた。

「あいつ、新入りのミストフェリーズだったか?
 爆発物でも作ってるのかもしれん。出発前にいろいろ買っていたから」
「ふうん・・・とりあえず様子見てくるわ」
「ああ、頼んだ」

ボンバルリーナが操舵室を出るのを見送って、
マキャヴィティの眼は再び海図に向いた。



「・・・で?原因は貴方?」

甲板に座り込んでいる新入り隊員を見やって、ボンバルリーナは呆れた声を出した。
ぷすぷすと煙を上げている筒の前で、へらっと笑うのはミストフェリーズ。
マキャヴィティの予想はばっちり当たっていたようだ。

「誤爆しちゃった」

あはは、と笑う彼に反省の色は無さそうだ。
そんな彼の前で呆気にとられて固まっているのはヴィクトリアとジェミマ。
爆発物の製造過程でも見学に来ていたのだろう。

「全く、船沈めないでよ」
「大丈夫だよ。そんな物騒なものは船では作ったりしないし。
 それに、危険なものはちゃんと調剤して作るからさ」
「何よそれ。じゃあ今は目分量で調剤していたの?」

さらに呆れかえったボンバルリーナに睨まれても、
ミストフェリーズはやっぱりへらりと笑っただけ。

「あ、そうだ。これあげるよ」

ごそごそと、制服の内側から何かを取り出して差し出すミストフェリーズ。
手の上のものは、白い陽の光を浴びてきらりと光っている。

「何これ・・・銀細工?」

差し出されたものを手にとって、ボンバルリーナが呟くように言った。
カナリヤをかたどったそれは、細部まで手の込んだ銀細工に思われた。

「さすが、ボンバルリーナだね。ジェミマなんか屑鉄とか言うんだよ」
「へえ・・・」

ボンバルリーナがジェミマに目を向けると、彼女はアタフタと言い訳を始めた。

「こんなものいつも持ち歩いているの?」
「そういうわけじゃないさ。作ったらすぐに使っちゃうこと多いし」
「作る?銀細工を?」

そんな技術もあったのかと、ボンバルリーナは首を捻った。
だとしたら、どうして船乗りなどになったのかと疑問を抱くのは当然だろう。

「作るって言っても磨いたり削ったりするわけじゃないんだ。
 さっきヴィクとジェミマには見せてあげたんだけど、ね?」
「ええ、そうね」

ヴィクトリアに同意を得て、満足そうなミストフェリーズ。
どうやら、彼はヴィクトリアがお気に入りのようだ。
ヴィクトリアだって、珍しく興味を示している。

「どうやって作るの?」
「俗に言う錬金術ってやつだよ」
「胡散臭いわね」

あっさりと言ってのけたボンバルリーナ。
それもそうだろう、そんなの成功したという話は聞いたことがない。

「今度見せてあげるよ。百聞は一見にしかずってね」
「・・・楽しみにしているわ」

どうやら本気で言っているようだが、ボンバルリーナにはまだ信じられない。
しかし、見せてくれるというならここで真偽の議論を交わすのも無駄だろう。

「とりあえず、これは貰っておくわ」
「うん。また要るなら言ってね」

船室に戻っていくボンバルリーナをにこやかに見送るミストフェリーズ。
焦げくさい筒の底では、まだ何かが燻っているらしく煙は細く昇り続けていた。






「こりゃどうも。手入れはどうも苦手で」
「手入れ大変だもんね。私だってよくわからないから怖々やってるんだけど」

ラム・タム・タガーの左手首から先は義手になっている。
近年登場した義手というものは、なかなか使える。
しかし、手入れは大変だし使いこなすのも意外に難しいようだ。

「モノを掴むくらいはできるの?」

手入れを担当しているタントミールも興味津々。
タガーはかなり器用なようで、特に使いにくいなどと文句も聞かない。

「掴むくらいはできる。あんまり役には立たねえけど」
「それはそうでしょうね」

神経の通らない義肢を動かすことに気を回すくらいなら、
そんなもの無くてもできることをしたいという兵士は相当数いる。
それでも、義肢だって捨てたもんじゃないとタントミールは思っているのだ。
そんな彼女の横で、タガーはタンブルブルータスと打ち合わせ中。

「この航路ならもうちょっと水抜いた方がいいかもな」
「いや、港でけっこう荷積みをする予定だからそれから考えた方がいい」

排水トン数を話し合っている真っ最中だったらしい。
タンブルブルータスが数字を書きなぐっている傍から、
タガーはそこそこ気の利いたアドバイスを挟んでいる。

「タガー、手袋返しておくわ。問題は無しよ」
「おう、サンキュ」

タガーは手袋をはめながらニッと笑う。
タントミールも微笑んで、用具箱を整理して立ち上がった。
振り返ってみれば、タガーは真剣な表情で何やら議論を交わしている。

「ちょっとだけ・・・カッコいいかも」

タントミールの呟きは、ミストフェリーズの再度の誤爆に吹き消されたのだった。



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