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最終更新日: 2018-11-11
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新しい年を迎えた。
海の上での誕生祭と新年、実感がわかない。
歳月の感覚が薄くなってしまうのだ。

「良い匂いですね。これが毎年楽しみで」

ギルバートは早々と食堂を兼ねた船室にやってきて言った。
ジェニエニドッツとジェミマが朝早くから料理に腕を振るっている。

「隊長、食べすぎないで下さいよ」
「気をつけます」

先に食堂でセッティングなどを手伝っていたタントミールが釘をさす。
身体に似合わず大食漢のギルバートには、言うだけ無駄かも知れないが。

「昨日まで決算で瀕死状態だったし、開放感があるな」
「毎年こうなんですよ」

タントミールと共に手伝っていたマンカストラップがしみじみと言うと、
ギルバートはふうっとため息を吐いた。
さきほど、司令部勤めの連絡員が決算書類を集めに来ていた。
遠征軍でない限り、こうして新年早々取り立ての使者がやってくるのだ。
そうは言っても、陸から離れるほど取り立ては数日遅れたりするわけだが
この第一艦艇部隊はほぼ例外なく新年の朝に取り立てが行われる。
決算が終わっていなければそれ相応のペナルティもあるらしい。

「普段からやっておけばいいのに」
「じゃあ、貴方がやってください」

マンゴジェリーの独り言にはギルバートが鋭く切り返し、
これでもカッサンドラやヴィクトリアがいるからまだましなのだとつけたした。

「ミストは?」

タントミールが問うと、マンゴジェリーはまだ寝てると答えた。

「彼は計算が得意だし、領収書を捌くのも上手で助かりました」
「隊長が寝かしてくれないって半泣きでしたけど」

マンカストラップは昨夜のミストフェリーズを思い出しつつ僅かに眉を寄せたが、
おかげで早く決算を済ませることができたギルバートは涼しい顔だ。

「食事時には起こしてあげましょう」

柔らかい笑顔をギルバートが浮かべたのと同時に、
船室の扉が開いてボンバルリーナとディミータが入ってきた。
ふたりとも両手いっぱいに何かを抱えている。

「洗濯物?」
「ええ、そうよ」

タントミールの問いかけにごく短い返事をして、
ボンバルリーナは抱えていたものを床の空いたスペースに放りだした。
続いて、ディミータもその上に持っていたものを乱雑に落とした。

「帯じゃないですか。これ、洗たくできるんですね」
「大抵のものは洗たくできますよ」
「しわしわになりますけどね」

床に放られたモノを摘み上げたギルバートは、
ディミータの言った通りしわしわになっているそれを広げて見ている。

帯、戦闘着の前に付いている目の模様の飾り布だ。
これを見れば、役職や所属、階級なども分かると言われているが
ハッキリ言って邪魔だなどと、隊員たちからの評価はすこぶる悪い。

「目の模様は悪趣味だと思うわ」
「だいたい、この帯の情報ってどう読み取るかわからないし」
「え?この帯に情報が入ってるのか?」

ディミータとボンバルリーナの会話にマンカストラップが混じる。
知らなければ本当に意味がない。

「目の色が情報ですよ。上から階級、所属、役職、勤続年数、功績数です」
「隊長、何で知ってるんです?」
「そういうことも勉強しますから」

心底驚いた顔をするディミータに、ギルバートは少し気分を害したらしい。
ちょっとだけむくれてみせる姿は、年齢以上に幼く見える。

「じゃあ、この帯の情報って何です?」

マンカストラップは興味を持ったらしく、一つ持ち上げてギルバートに見せた。

「たぶん・・・バブのですね」
「何で自信なさそうなんです?」
「さっき言ったとおり、上から三つ目の目の色が役職なんですけど、
 航海天文学士なんてそうそういないですから見覚えがないんですよ。
 記憶も朧ですしね。なんせ勉強したのは学生の頃ですから」

「これ、ちょっと珍しいな。鮮やかな色だ」

いつの間にか、傍にきて洗濯物を伸ばして広げていたマンゴジェリーが呟いた。
手際よくしわが伸ばされ、これならアイロンも掛けやすい。

「何が鮮やかなの?」
「この一番下の目の色。ほとんどみんな白で、これは黒でこれが灰色。
 でもさ、これだけ橙色だから鮮やかだなって」
「鮮やかだけど随分色あせてるわよ」
「これだけ杜撰に扱われたら色も抜けるだろうさ」

何が杜撰よと、マンゴジェリーに食ってかかるディミータと
止めておけと間に割って入るマンカストラップ。
ボンバルリーナは微笑んでそれを見守っている。
と、ギルバートがふと呟いた。

「ランパスのものですね、これ」
「それはわかりやすいんですか?」

話に入ってきたのはタントミール。
ギルバートは頷くと、手に取った帯の一番下の目を指し示した。

「これは功績の数を表します、一定数功績がカウントされれば目の色が変わります。
 白の次が灰色、その次が黒です。橙色となるとさらにそれより上ですね。
 これだけ功績数を上げているのはランパスくらいですから」
「功績の数と位って原則的には比例するって聞きましたけど。
 ランパスって大尉ですよね、カッサや隊長より下でしょう?」
「あくまで原則なので例外はかなりいっぱいあります。
 僕も例外の一種ですよ、位の割に功績が少ないんです」

ギルバートは士官学校を出て即隊長就任だった。
隊長になるには中佐の位が必要で、それを与えられたわけだ。
功績数は後から追ってくることになる。

「ランパスってずっと大尉じゃないですか。どうしてなんです?」
「彼は面倒だからと言ってますけど、実は僕も理由は知りません」

ボンバルリーナの質問に困ったような笑顔で答えて、ギルバートは手にした帯を置いた。

「ところで、そのランパスはどこです?」

姿が見えない。
彼もよく食べる男だから、もうここに来ていてもおかしくないのだが。
タンブルブルータスとシラバブは外で見張りをしているし、マキャヴィティは舵取り、
深夜の見張り担当だったヴィクトリアはまだ寝ているだろうし、
カッサンドラは雑作業を片づけているはずだ。
ラム・タム・タガーには先ほど武器庫の確認を頼んだ。

「彼、たぶん寝てますよ。貫徹ですし、体調も良くないみたいで」
「そう言えば・・・」

ディミータが僅かに眉を寄せている。
ギルバートも何か思い当たることがあったのか、小さくうなずいている。

「じゃあ、様子を見に行ってきましょう。
 マンゴ、アイロンがけ頼みますよ。そういうの得意そうですし」
「え・・・ちょっと、隊長!?」

マンゴジェリーに反論する間を与えずにギルバートは船室を後にした。
マンカストラップの豪快な笑い声が響いてくる。
何事もないかのように、新しい年が幕を開けた。





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