03:隠密 -街一番の事情通?-
「ねえ、ジェリーはどう思う?」
「うーん・・・」
考え込む振りをしているが、ジェリーロラムの意識は半分以上別のことに向いている。
別のことを考えていても絶対にばれないのは彼女の類い希な演技力に拠る所が大きい。
「タントはギルのことどう思うのよ」
面倒見の良いジェリーロラムは今まで色々な相談を受けてきた。
真剣な悩みから惚気まで、それはもう様々なことを日々聞いてきた。
今は大抵の相談事には自動的に返事ができるくらいだ。
考え事をしながら相談に乗れるなんて離れ業もやってのける。
「どうって、真面目そうだけど明るくてそれに可愛いと思うわ。
でも、突然付き合ってと言われてもこの間知り合ったばかりだし・・・」
「まあ彼は猪突猛進だし、一目惚れで一気に告白しちゃうなんて彼らしいわ。
悪くないと思うなら付き合ってみたら?良い子よ、そこは保証できる」
「そ、そうよね。うん、そうよね」
先ほどジェリーロラムを訪ねて来たタントミールは、
どうやら昨日辺りにギルバートから付き合って欲しいと言われたようなのだ。
ギルバートは礼儀正しい好青年で、ジェリーロラムと同じ劇場で俳優を目指している。
熱心に練習しているが演技も歌もパッとしないあたりが微笑ましいところで、
彼はアクション一本に絞ろうかと思い悩んでいる。
そんなギルバートが恋をするような年頃を迎えたのかと、ジェリーロラムとしては感慨深いが、
その相手がつい最近街に来たばかりの神秘的な雌猫となると手放しでは喜べなかった。
「今度ギルの出る舞台があるから招待するわ。それでね」
「なあに?」
「ちょっと気になるのよ。劇場って街外れにあるでしょう?
最近変な噂があって、不気味な猫の一団が出没するとか何とか」
「そうなの?」
タントミールはその小さな頭をこてんと傾けた。
演技では無さそうだとジェリーロラムは踏んだが、よく知らない相手に油断は禁物だ。
彼女が余所の街で噂になっている黒猫一味の仲間でないと断定はできない。
とかく不可解な噂は多いが、黒猫たちに関する正確な情報は圧倒的に少ない。
元々飼われ猫だったというタントミールが何の経緯で街に来たのかも判らない今、
少しでも怪しいものは警戒するに越したことはないのだ。
「彷徨える黒猫族の噂、聞いたことない?」
「うーん・・・私、家からほとんど出たことがなかったし。よくわからないわ。
その、何だかよくわからない名前の猫たちがどうかしたの?」
「いいえ、どうもしないわ。最近よく聞くから何かなと思ってね」
やはり関係は無いのかとジェリーロラムが思い始めた矢先、
入り口の方から彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「今日は誰か来る予定だったの?ごめんなさい、お邪魔しちゃって」
「いいえ、約束なんて無いわ。でも、ヒトのいる生活と違って私たち猫はきまぐれで
みんな好な時にここに来るし、私も訪ねちゃうのよ。ちょっと待っていて」
「ええ・・・」
ぱっと立ち上がると、ジェリーロラムはさほど広くない出口から這い出した。
昼下がりの陽気が降り注ぐ中、コリコパットとジェミマが立っている。
「こんにちは、ジェリー」
「こんにちは、ジェミマ。良いお天気ね」
「うん。こないだのお話しの続きを聞かせて貰いたくて来たんだけど」
「大歓迎よ。ジェミマほど物語を楽しんでくれる子は他にいないもの。
中にタントもいるわ、入って待っていてちょうだい」
ジェリーロラムが身体をずらすと、ジェミマはお邪魔しますと言って入っていった。
それを見届けて、ジェリーロラムはコリコパットに向き直った。
「お帰り、時間が掛かっていたのね。お疲れ様」
「うん、結局見つけられなかった。俺の行った方は見当違いだったみたいだ。
噂は色々あって、初めて聞くようなこともあったけど真偽は検証できなかった」
「仕方ないわね、この後のことはまた話し合いましょう」
収穫があまりなかった所為か、コリコパットはかなり疲れた様子だった。
いつもは屈託のない笑顔を見せているが、今日は笑顔も少なめだ。
真面目な顔つきをしているとかなりハンサムだとジェミマが言っていたが、
それに関してはジェリーロラムも異存はない。
明るい笑顔は、それはそれで母性本能をくすぐる可愛らしさだ。
幼い頃から面倒を見てきたジェリーロラムの贔屓目を抜きにしても、
彼が雌猫たちから可愛がられているのは事実だ。
「そういえば、バブは?」
「あの子はまだ戻っていないのよ。心配だわ」
ジェリーロラムは女優であり、街の隠密であった。
元々は彼女の演劇の支障でもあるアスパラガスが請けていた仕事だったが、
高齢ということもあり、その役割は愛弟子のジェリーロラムが引き継いでいた。
女優というのは最高の隠れ蓑になっている。
公演毎に様々な猫たちと出会うし、彼女のファンだという猫たちも多い。
興味のある話を何気ない会話の中で聞き出すのは造作もないことだった。
彼女が劇場を拠点に情報収集を図るのに対し、
ジェリーロラムから情報収集のイロハを学ぶコリコパットとシラバブは
自ら必要な場所に出向いては情報を集め歩く役割を担っている。
若くて誰の懐にでもスルリと入っていけるコリコパットとシラバブは、
有能なジェリーロラムの助手となりつつあった。
ただ、坦々と役目を果たすコリコパットと違って、幼いシラバブには問題がある。
「また、どこかで何かに巻き込まれていないといいけど」
「バブは好奇心旺盛だからな。もしかしたら今頃大当たりを引いてるかも」
「あの引きの強さは天性のものかしら」
これまで大なり小なり仕事をこなしてきたが、
シラバブが時に大きなヒントや切っ掛けを持って帰ってくることがあった。
少女自身はそこまで深く考えていないようなのだが、
真偽を見抜き的確な判断を下す能力は驚くほどに高い。
この道を究めたアスパラガスでさえ舌を巻くほどだ。
「天使の目が備わっているんだって、ディミがそんなこと言ってた」
「ディミが?珍しいわね、そういうことを言うのは。
例の黒猫の頭領が悪魔の子だと言うなら、バブは天使の子ね」
「だったら面白いけど」
ジェリーロラムとコリコパットは互いに苦笑を浮かべた。
気を揉んでも仕方はない。
「コリコ、休んでいらっしゃい。バブが戻らないと報告にも行けないし」
「うん、わかった。また夜に来るよ」
「ええ、美味しいものを用意しておくわ」
そう言ってジェリーロラムが微笑むと、コリコパットは嬉しそうに破顔した。
どんな役目を負っていたところで、彼はまだまだ食い盛りの青年なのだ。
「楽しみにしてる。じゃあな」
心なしか青年の足取りは軽くなったようだ。
音も立てずに走り去っていく後ろ姿を見送って、ジェリーロラムは小さく溜め息を吐いた。
ジェミマとタントミールを待たせていることを思い出し中に戻ろうと向きを変えた刹那、
小さな足音が近づいてくるのに気付いて立ち止まる。
「ジェリーロラムさん、たいへんです」
振り向いたジェリーロラムの視界に入ったのは、
向こうの方から息せき切って走ってくるクリーム色の少女の姿。
つい今し方話題に上っていたシラバブが戻ってきたのだ。
「お帰り、バブ。何かあったの?」
その慌て方から尋常なことでは無いと眉を顰めたジェリーロラムの前で、
シラバブは立ち止まって息を整え目を上げた。
「わたし、恋をしました」