AC-09:何者をも

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最終更新日: 2018-11-11
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09:何者をも -拒みはしない-

時が経つにつれ雲が切れてきたのか、辺りは一気に明るくなり始めた。
見慣れない黒猫と白猫の姿を認め、やって来たディミータは脚を止めた。
白い朝の光がディミータの首輪にある鋲に反射して煌めいている。

「ようこそ、オールドデュトロノミーのおわす街へ。
 私はディミータ。街の秩序を護る者よ」
「おはよう、ディミータ。僕はミストフェリーズ、彷徨える黒猫だ。
 よかったら僕らの話を聞いて欲しい」
「わかったわ。ここでいい?」
「もちろ・・・え?」

頷く途中で止まった中途半端な体勢のまま、ミストフェリーズは何度か瞬いた。
そして、探るかのようにそろりと目を上げる。

「やけにあっさりだね。僕らの噂、耳に入っていると思うけど」
「聞いたからこそよ。討ち入りみたいに突然来たなら追い出すかもしれないけれど、
 予め来るとわかっていたならどう対応するか考えておくものでしょう?」
「そういうものなのかな」

どこの街でも大抵、噂が広まって話などまるで聞いて貰えない。
ここ最近は噂に尾ヒレが付いて問答無用で叩き出されることも多かった。
ミストフェリーズとその仲間たちは拒まれることに慣れすぎて、
全く拒否されないとかえって動揺するほどになっていた。
呆然とするミストフェリーズの隣で、ヴィクトリアはおかしそうにクスッと笑う。

「それで、話は何?」
「ああ、話ねって、え?もう話すの?最初は当たり障りのない世間話とかしないの?」
「あまりお喋りは得意じゃないの。世間話がしたいのなら後で口達者な友達を紹介するわ」

そういう問題ではないと思ったのはミストフェリーズだけでは無いが、
誰もディミータに直接そのようには言わない。

「私は貴方の話したいことが聞ければそれでいいの」

確かに喋るのは得意では無さそうだとミストフェリーズは小さく溜め息を吐いた。
街を預かる雌猫はそうぞう以上に生真面目にできているようで、
口調は柔らかいのに表情は硬いままで感情が読めないのだ。
こういう相手との駆け引きは、数多の経験を持つミストフェリーズであっても厄介だった。
どうせ厄介であるのならと、ミストフェリーズは直球を投げることにした。

「それじゃあ早速本題に入ることにするよ。
 僕らはこの街で暮らしてゆきたい、認めてくれないかな」
「力尽くで自分たちの居場所を作ろうとは思わないの?
 貴方たちにはそうするだけの力があると聞いているわ」
「そういうのは厭なんだ、それにそうしたいならわざわざ話なんてする必要もない。
 僕は心穏やかでいたいんだよ、普通の猫でいたい」

普通の猫でないのだから普通の猫のようにはなれない、
そういうものなのだとミストフェリーズは諦めて長い時の中を生きてきた。
それでも、その想いはつのる一方で消えてはくれないまま今に至る。

「貴方の願い、確かに聞き届けたわ」

ディミータは表情を変えないまま静かに言う。

「私は誰を拒むつもりもないわ、街の秩序を乱さない限りね。
 たった一つの条件が息苦しいと思うなら立ち去って」
「秩序ね、猫って気ままな生き物だと思っていたんだけどなあ。
 聞くからに息苦しそうな響きだけど、実際はそうでもないのかもね。
 ヴィクもそう思わないかい?」

突然話を振られたヴィクトリアは少し驚いたように目を丸くしたものの、
そうねと言ってふわりと微笑んだ。

「さっきここで派手でセクシーな豹柄の猫に会ったの。
 彼、とても自由気ままに生きていて全然息苦しそうではなかったわ。
 彼が立ち去らないのだもの、きっと大丈夫よ」
「そう、タガーに会ったのね。迷惑掛けなかった?」
「ミストと子供みたいな言い争いをしていたけれど、迷惑ではなかったわ」

子供みたいなは余計だよとミストフェリーズが抗議の声を上げるの聞いて、
漸くディミータは僅からながら口許を弛めた。

「さっきも言ったけれど私は貴方たちを拒むつもりはないわ。
 ただ、貴方の仲間には好戦的な猫たちもいると聞いているのだけど」
「僕たちは誰かのテリトリーを荒らすつもりはない。
 確かに喧嘩っ早いのはいるけど、理由もなく暴力を振るったりはしないよ。
 せっかくだから一緒に来た仲間を紹介しておくよ、長い付き合いになるだろうしね」

ミストフェリーズがゴミ山の方に向いて尻尾を振ると、
山のてっぺんからよく似た雌猫と雄猫が全く同じタイミング、所作で飛び降りてきた。
着地のタイミングも完璧に揃っている。
それに続いて銀縞のと白黒ぶちの雄猫たちが降りてくる。
小柄なミストフェリーズの後ろに立っているということを差し引いても、
黒猫以外の三匹の雄猫はかなり大柄で実戦向きな体つきをしている。

「随分立派な体つきね。マキャクラスの猫はそんなにいないと思っていたわ」
「マキャに比べれば少し細身だけど」

ジェリーロラムはひたすら感心しているようだが、
ディミータは努めて冷静に黒猫とその仲間たちを見ている。
筋肉の鎧を纏ったようなマキャヴィティに比べれば目の前の雄猫たちは可愛いものだ。
可愛いものだと思えるディミータやジェリーロラムはさておき、
常日頃小柄なことを気にしているギルバートは呻くことしかできない。

「僕の隣にいるのはヴィクトリア。後ろの双子はカッサンドラとタンブルブルータス。
 そこの縞猫がマンカストラップでこっちのぶち猫はランパスキャット」

紹介されてヴィクトリアは可憐に微笑み、カッサンドラは姿勢を正してやはり笑みを浮かべる。
マンカストラップも知的な顔に笑みを乗せ、ランパスキャットはニヤリとした。

「あと一名はまた今度。よろしくね、ディミータ」
「よろしく、ミストフェリーズ」

幽かな笑みを浮かべたディミータは、何かに気付いたように耳を動かした。
ディミータの後ろから一匹の猫が走ってくるのが見えて、
ミストフェリーズたちは揃って視線をそちらに向けた。
息せき切って走ってきたのは地味な色合いの三毛猫だ。

「ちょうど良かったわ、カーバ」
「良かったって、何がだ?」

噂の黒猫たちが突然やって来たと聞かされたカーバケッティは慌てて駆けつけたのだが、
一触即発どころかフレンドリーな雰囲気さえ漂っていることに困惑しているようだ。

「ミストフェリーズに、黒猫の彼ね、彼に世間話ができる友達を紹介すると約束したの。
 私はこれから用事があるからカーバよろしくね」
「え?いや、ちょっと待て。話が全然見えない」

戸惑って辺りを見回すカーバケッティに、ジェリーロラムが何故かニコリと笑いかける。
うまくやってねと、言葉はなくても伝わってくるかのような笑顔だ。
さすが、一流女優は表情一つで多くを語ってみせるものだ。
カーバケッティの困惑などお構いなしに、ディミータは黒猫に向き直った。

「紹介するわ。街の護り手のカーバケッティよ。
 彼は面白いことをたくさん知っているの、世間話だってできるわ。
 用心深いところがあるから取っつきにくいかもしれないけれどね」
「彼?そう、雄猫なんだ。珍しい三毛の雄が複数いるなんてね。
 おっと、挨拶が先だね。僕はミストフェリーズ。よろしく、カーバケッティ」
「ああ、よろしく」

愛想の良い黒猫に面食らったように口籠もったカーバケッティだが、
そこは持ち前のジェントルマン精神で来訪者をもてなすしかないとすぐに割り切った。

「他の奴等の紹介はまだだよな?よし、まずはそこからだ。
 ついでにテリトリーも教えるから面倒は起こさないでくれよ」
「気を付けるよ。ところでディミータ、君は忙しいのかい?」
「ええ、役目があるの。聞きたいことがあればカーバに言伝をしておいて。
 貴方たちにとってこの街が良い場所であることを祈っているわ」

ディミータは静かにそう言うと、ジェリーロラムを促してミストフェリーズらに背を向ける。
ここに残ると主張する幼い仔猫をジェリーロラムが宥める声を聞きながら、
ミストフェリーズは思いがけないディミータの言葉を脳内で繰り返した。
受け入れられるというのはこういうことなのかと、歓びよりも戸惑いが膨らんでゆく。

「ディミータ」

仕方なく仔猫を残して歩いて行こうとする茜色の雌猫を呼び止めたのは、
言葉を失って立ち尽くすミストフェリーズではなくマンカストラップだった。
名を呼ばれたディミータは振り返って小さく首を傾げた。

「感謝する、ディミータ。他の皆にも礼を言う。ありがとう」

感謝の言葉にただ頷いたディミータは、ジェリーロラムと共に足早に去ってゆく。

「堂々としていて実に美しい女性だ」
「彼女に惚れるなよ」

眼を細めてディミータを見送ったマンカストラップにカーバケッティが厳しい口調で言う。

「何だ、あんたの彼女なのか?」
「彼女?とんでもない。俺は彼女を護る者だ。
 ディミは俺を街の護り手と言ったが厳密にはそうじゃない。俺が護るのはディミだ」
「なんだ、保護者か」

ふむ、とマンカストラップは頷いたが、カーバケッティはがっくりと項垂れた。

「違う。彼女は祭司だ。誰かと結ばれるわけにはいかない。
 余計な手出しをされては困るんだ、だから惚れるなと言った」
「なるほど」

マンカストラップはそう呟いたものの、
腑に落ちない表情でディミータが去っていった方に顔を向けた。


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