AC-21:守りたいもの

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最終更新日: 2018-11-11
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21:守りたいもの -それぞれの理由-

遠い昔はもっと牧歌的な風景に囲まれて生きていた。
長い時をかけ、河を越え、石造りの朽ちかけた城の傍で暮らし、
街中でねずみを追いかけ、うっそうとした森で眠ったりもした。
賑やかな町で過ごすこともあれば、人などは寄り付かない場所を塒に選んだりもした。
ある時、海にたどり着いた。
その時、ミストフェリーズには弟も妹もいなかった。
独りでひっそりと、人間たちが「列車」と呼ぶものに乗り込んだ。
耳障りな音を意識の外に追い出し、その時ミストフェリーズは束の間夢を見た。
誰かが呼んでいる、ただそれだけの夢を。
それでもなぜか、幸せだった。



列車がトンネルを出たとき、海はもう見えなかった。



それから幾年過ぎたのか。
ミストフェリーズは弟を得た。

その弟はある日、見知らぬ仔猫を連れてきて友達だと言った。
幼くても、その瞳は賢者が宿すべき不思議な力を持っていた。
得体の知れない力だった。
大きくて強くあるべきその力は、しかしまだ未熟であった。
それでも確かに、そこには選定者のみが持つ力の片鱗が潜んでいた。
永遠へ命の道を開くのは選定者の役割であるが、
その道を閉ざすのもまた選定者である。

「僕はね、お前のことが心配なんだ」

ミストフェリーズは先だけ白い尻尾を揺らしながら言った。
ひらひらと動く尻尾に夢中になっていた白黒ぶちの仔猫は、その声が聞こえたのか
大きな耳をぴんと立ててミストフェリーズを見上げた。
世が悪魔と呼び習わす者の血を引く黒猫は長命であった。
いつ尽きるともわからない時の中で、目の前の仔猫は一体何番目の兄弟かもわからない。
ただ、一つ言えることがあった。
この弟にも、その前にいた妹や弟たちにも、縁者としての愛情は持ち合わせている。
世界が勝手に悪魔というレッテルを貼り付けた血筋にも、
誰しもと同じように暖かな血が流れ愛も情も通っている。

「お前は力を持っているね。僕と同じような力だ。
 その力はお前を守ってくれるけれど、お前にたくさんの不幸を与える。
 僕にお前の力をくれるかい?その代わり、僕がお前を守ってあげるから」

ぶちの仔猫はよくわからないまま何度か瞬きをして、こくりと頷いた。
まだろくに口もきけないほどに幼い。
それでも、黒猫に何かを求められているということはわかったのだろう。

「それじゃあ約束だ。これは契約だよ、ランパス」
「やくそく?」
「そう、約束。これでお前は普通の猫のように見えるし、
 お前の友達だって普通の猫として一緒に大きくなることができる」

ミストフェリーズはいつも、弟や妹が普通の猫として暮らせるように心を砕いてきた。
さほど力を持たない弟妹たちには独りで生きてゆける知恵を与え、
何がしかの力を持つ弟妹たちにはその力の制御する術を教えてきた。
それをずっと繰り返すはずだった。
しかし、今度ばかりは少し事情が違う。
選定者がいる、それもとても近いところに。
いずれその存在が脅威となる可能性もある。救いとなる可能性も。
見極めるには時間が必要だった。
選定者が彼自身と弟に脅威をもたらす存在ならば、その力を封じておけばいい。
今ならまだそれができた、選定者自身がその役割を自覚していない子供の今は。
契約によって能力の委譲ができるようになる、それがミストフェリーズの能力だ。
彼はどんな力も手に入れることができたし手放すこともできるのだ。
だが、それも契約ができる相手ならばという制約がつく。
選定者とは契約できない。

「自分を護る力は残しておくようにしよう、それがいい。
 お前は魔法にも病気や怪我にも強くなる。丈夫で強い雄猫になれるんだ」

力のある猫たちと契約し、手に入れた力で選定者の能力を封じる。
どんな形で契約を取り付けるかの算段も無いまま、ミストフェリーズはそう決めた。

「ランパス。旅に出ようか」
「たび?どこに?」
「当て所の無い旅さ。友達を探すんだ。友達が増えるときっと楽しい」

かしかしと身体をかいて、白と黒の仔猫は興味が無いようにふうんと言った。
どんな血をひいていても猫は猫、群れることは好きではないのだろう。

「マンカスも?」
「勿論だよ、ランパスの友達だからね。一緒に行こう」
「おうちがあるんだ」
「男は冒険に出るものなんだ。冒険が嫌ならマンカスは帰ればいい。
 帰る場所があると思えば旅はもっと楽しい」

黒と銀の縞模様が綺麗な仔猫のマンカストラップについて、
ミストフェリーズは当然いくつもの情報を集めていた。
だから、マンカストラップが付いて来ることも決して帰らないことも確信していた。
家猫には家猫の幸せがある。
マンカストラップは家にいて幸せになるために生まれてきたのではない。
ただそれだけのことだ。

「お前にはマンカスが必要なんだよ、ランパス。
 自分で自分の力を抑えきれなくなっても、あの仔がいれば大丈夫だ。
 ただ、力を抑えるためにお前を世界から追放することもできる」

ぶちの仔猫は首を傾げて目を瞬いた。
仔猫らしく大きな目だが、僅かに釣りあがった眦に好戦的な部分が垣間見える。

「早速行こうか、ランパス。まずはマンカスを迎えに行こう。
 狩りの仕方も喧嘩の仕方も旅をしながら教えてあげる」

幼い弟が持つ力を、まだ目覚めぬ力を預かり受け、
同じように幼い縞の仔猫も引き連れてミストフェリーズは北へと向かった。
いつ終わるとも知れない、目的地もわからない旅は長く続いた。
やがてぶちの仔猫は屈強な雄猫に、縞の仔猫は聡明な雄猫に育っていった。
いつしか彷徨える悪魔の一団と恐れられるようになり、仲間も増えた。
時々、選定者に訊ねたくなった。
この旅に終わりは訪れるのか、と。

「もうすぐ、この旅も終わるかもしれない。何かに呼ばれている気がする」

マンゴジェリーを仲間に迎えて少し経ったある日。
マンカストラップは次の街へと向かう道すがらぽつりと呟いた。










「僕は守りたいものを守る、それが僕の生き甲斐だからね」
「あなたが守りたいものは私が守りたいものでもあるわ。
 あなたの願いは私の願いなのよ、私たちの間に争う理由は何一つ無いわ」
「ディミータ、君は優しすぎる。厄介な犯罪王を見捨てればそれで済むのに。
 僕みたいなやっかいなのを抱え込んでもまだ説得しようとしているし」

ミストフェリーズは冷笑を浮かべてディミータと目を合わせた。

「僕たちはいつも追いやられ、遠ざけられてきたからね。
 卑屈になっているのかもしれないと時々自分でも思うんだ。
 この場所で生きて死んで行きたいのに、君を信じ切ることができない」
「最初から信じ合えるなんて私は思っていないわ。
 スキンブルやランペルと違って、私はすぐには誰かと友達にはなれないし。
 だから、今すぐ信じてとは言わない。でも、わかり合おうとすることはできるわ」
「ディミータ」

言い募るディミータをミストフェリーズは静かに遮った。

「ありがとう。僕に手を差し伸べてくれて。
 でも、どうしようもないよ。僕にだってこの苛立ちは抑えきれないんだ」

笑みを消したミストフェリーズの双眸は金色に輝いている。

「シュヴァルツガイスト」

黒猫が呟いた声には何の感情も籠もっていない。
それなのに、相対していたディミータは反射的に一歩退いた。
ミストフェリーズの手許にぽつんと浮かんだ闇色の影は、
月明かりに照らされたジャンクヤードの中であっという間に大きく膨張し、
まるで生きているかのように蠢いている。
光を飲み込むような漆黒だ。

「あれ・・・何?」

目を瞠ったままランペルティーザは誰にともなく問いかける。

「ミストの祖先かもしれんな」

こんな時でもタンブルブルータスは落ち着き払っている。

「ミストの祖先なんて悪魔って話じゃない!」
「だから、そうかもしれんと言っている」

悪魔なんて誰も見たことがない。
そんなものが存在しているのか、実のところタンブルブルータスは半信半疑だ。
世の大半が悪魔と呼べば悪魔というラベルが付くのだと思う程度だ。

「シラバブはこれにどう挑むんだろうな。興味深い」
「タンブルって冷たいくらい冷静よね。バブはわたしより小さいのよ。
 あんな真っ黒なのにどう挑むかなんて考えられないわ」

ランペルティーザは不安そうにシラバブの方に目を向けた。
つられるようにタンブルブルータスも顔を向ける。
シラバブは光を集めていた。
小さな身体が輝いて見えるほどだ。

「ミストは本気でマキャを倒したりバブを攻撃したりしないでしょう?」
「さあな。何かだけを標的にしそうな気配はないが、
 あれだけ犯罪王に挑発されたし、ここに来るまでのストレスもあるからな」

ランペルティーザとタンブルブルータス、そして他の猫たちが見守る中、
光を纏ったシラバブはいつもと変わらない様子でニコリとしてみせた。

「こういうのを力があふれる感じというのですね」

そう言ったシラバブの前に白い光が集まり始める。

「カリーナ・ファイレ」

シラバブはまるで話し掛けるかのように何ごとか唱えた。
その瞬間、光は弾けて大きくなってゆく。

「お見事」
「ありがとうございます」

ミストフェリーズもシラバブも、互いの出方を探っているのではない。
もう準備は整った。

「ディミータが待てと言ったから待った。もう十分のようだね。
 犯罪王もそろそろ覚悟はできているかな」
「あなたに守りたいものがあるように、わたしにもあります。
 何でもおもいどおりにはならないものです」
「そんなこと、知ってるよ。だって僕はこの力を手放すことすらできない。
 彩りに満ちた世界の中で生きることもできない。
 君には想像もできない世界で僕は生きてきた。さあ、手加減はなしだよ」

にやりとして、ミストフェリーズはゴミの山に駆け上った。

「アングリフ!」

鋭い声が黒い影に命令を下す。
黒の塊は振りかぶるように動きマキャヴィティらがいるところに殺到した。

「フェアフェルメ!」

シラバブの高い声が響き、光が影を遮るように展開する。
ぶつかったところから闇が消え光も潰えてゆく。
何の駆け引きも無い、ただ純粋なパワーのぶつかり合いだ。





「天使と悪魔かの力。結構なことだ」

ジャンクヤードの入り口に立ったままマンゴジェリーは息を潜めていた。
天使とは何か、悪魔とはどんなものか、マンゴジェリーは知らない。
それでいい、天使も悪魔も記号に過ぎないのだから。

「これで、ようやく」

マンゴジェリーはディミータを救いたかった。
気が強く愛らしい妹を、決して不幸にはしないと幼い頃に決心したのだ。
それなのに、彼女は人間に捕らえられ、紆余曲折を経て今は祭司の重責を負っている。
ディミータが祭司になってからあまりに長い時が流れた。
それでも、マンゴジェリーは昔の決意を捨てたことはなかった。
ミストフェリーズと出会ったのは偶然なのか必然なのかは未だに判然としない。
生来、祭司という責務を負っていたマンゴジェリーの秘めたる力を
ミストフェリーズは必要だと言い、傍にいることになったのだ。
そして仲間たちと出会った。
焦燥の中にいた彼を呼び止めたカッサンドラと、双子のタンブルブルータス。
美しい白猫のヴィクトリア。
暴れん坊で軽率なところはあるが、気の良いランパスキャット。
どこか品が良く眉目秀麗なマンカストラップ。

「大丈夫、大丈夫だ。こんなことで終わったりはしない」

マンゴジェリーは知っていた。
ミストフェリーズが大きな力を持っていることは勿論。
カッサンドラが未来を予知できることも、
タンブルブルータスが相手の心を読めることも、
ランパスキャットが無類の強さを誇る理由も。
そして、マンカストラップの封じられた力も。
教えられたわけではない、全て感じ取ったものだ。
生まれながらにして祭司であるというのはこういうことなのだ、
何かを感じ取る力がとにかく優れている。
ディミータにも、多少そう言う部分はあるがマンゴジェリーほどではない。

「もうすぐだ」

闇と光が闘っている、信じがたい光景が目の前にある。
これは派手な序章なのだとマンゴジェリーは思った。
序章は長くは続かない。






ふと、静けさが辺りを支配した。
否、そのように感じられただけだ。

光と闇が瞬時にして消えた。

その時のエネルギーが大きすぎたのか
耳の奥に膜を張ったかのように突如何も聞こえなくなった。
誰もが戸惑ったように辺りを見回し、顔を見合わせた。
互いの名を呼び合うが聞こえない。

「・・・終わったね。僕の勝ちかな」
「いいえ、きっとわたしの勝ちです」

ミストフェリーズとシラバブには、周りの音はよく聞こえていた。
穏やかに微笑み合う。
皆が音を失っているのは束の間だ。
音さえ戻れば全ては元通りだ。



元通りになるはずだ。


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