10:驚愕 -わからないことばかり-
「あれ?ディミとジェリーは?」
ボンバルリーナを連れてジャンクヤードにやって来たコリコパットは、
そこにリーダーたちがいないことを見て取って眉を寄せた。
そこにいるのはカーバケッティとシラバブ、そして噂の黒猫たちだ。
「話し合いが終わったから教会に戻った」
「もう終わったって?」
ディミータのことだ、喧嘩になるようなことはするまいとコリコパットは思っていたが、
目的もわからず得体も知れない黒猫の一団と話し合いをして、
遠回りをしただけの彼が着くまでに終わってしまったとはどういうことか。
「彼らの要求はこの街で暮らすこと」
「なるほどね」
「で、ディミはそれを受け入れた」
カーバケッティの説明にコリコパットは頷き、首を傾げた。
「それだけ?」
「それだけ」
「ディミの中では既に結論が出ていたという訳ね」
戸惑うばかりのコリコパットの後ろでボンバルリーナは納得したようだった。
「ディミが認めたならいいけど。そんでカーバとバブは何してたんだ?」
「ああ、俺は」「デートです!」
何か言いかけたカーバケッティをシラバブの弾んだ声が遮った。
「デート?カーバと!?」「どうしてカーバと!?」
コリコパットとボンバルリーナはほぼ同時に声を上げる。
ぎょっとして一歩後退ったコリコパットにカーバケッティが鋭い視線を向けた。
「何でそんなに驚くんだよ!俺だと悪いか?というかそんな訳ないだろう!?
幼子の言うことを真に受けるんじゃない」
「俺もあんたがその仔猫とデートすんのかと思った」
暢気な声にカーバケッティは思わずそちらを睨み付けた。
睨まれた白黒ぶち猫は平然としている。
「恋仲と言うよりは保護者っぽいけど」
「子供の世話はギルとジェミマで腹一杯だ」
溜め息を吐いたカーバケッティは、再びコリコパットたちに向き直った。
「俺はこれからミストフェリーズたちに街を案内するつもりだ。
コリコとボンバルは一緒に来るか?」
「一緒でも良いけれど、女は女同士の方が楽しいんじゃない?
あなたたちがよければ私と一緒に行かない?
私はボンバルリーナよ、ディミータとはとても仲良しなの」
男共がうっとりするような笑みを浮かべたボンバルリーナは
小柄な雌猫と美しい白猫に順に目を向けた。
「ありがとう、それなら一緒に行きたいわ。私はカッサンドラ、よろしく」
「私も行くわ。ヴィクトリアよ、よろしくね」
カッサンドラは寄り添っていたタンブルブルータスを見て一つ頷き、
ヴィクトリアは隣のミストフェリーズに頬を擦り寄せると、
雄猫たちの傍を離れてボンバルリーナと共に歩き出した。
「バブはどうする?」
「私は遠慮します。カッサンドラさん、ヴィクトリアさん、今度また遊んで下さい」
「そうね。今度色々教えてね」
カッサンドラとヴィクトリア無邪気な仔猫には微笑んでジャンクヤードから出て行った。
後に残ったのは華のない男ばかり。
シラバブは勿論女の子だが、華と言うには幼すぎる。
「さて、行くか。まずはスキンブルに会いに行こうかな」
「カーバ、スキンブルは昨日の列車で北に向かったぞ」
「そうだった・・・か?あー、そうか残念だな」
スキンブルシャンクスは明るいし博識だ。
初対面の相手を警戒させない笑顔と爽やかさで新しい仲間とも打ち解けられるはずだが、
当ての外れたカーバケッティは小さく唸った。
「そのスキンブルとかいう猫は凄い奴なのか?」
「変わってるんだ、夜行列車のアイドル猫でね、とかくすごく良い奴でさ。
誰とでも即お友達になれる特殊スキルを持っている」
マンカストラップの質問にカーバケッティは半ば反射的に答えていた。
「要するに良い奴なんだな」
「短く言うとそうなるな。仕方ない、他の雄猫から先に会いに行くか。
と言ってもなあ、他って誰がいる?」
カーバケッティはコリコパットに訊ねた。
あまり自分自身では考えたく無いのはげんなりしそうだからだ。
コリコパットに聞いても出てくる答えは一緒なのだが。
「あとはマキャ、ギル、タガー、ガス、バストファさん。そんで長老」
「ギルはさっきまでここにいた。バストファさんはまた今度だな。
ガスは今公演中だろう?となるとマキャかタガーだな」
「タガーと呼ばれている猫なら早くに会ったよ」
ミストフェリーズが口を挟む。
その声にはどこかしら不満げな響きがある。
「もう会っていたのか。じゃあマキャしか残ってないじゃないか。
とりあえず満月は通り過ぎたからいいか」
ぶつぶつと独りごちて、カーバケッティは仕方ないかと背筋を伸ばした。
「取りあえず順番に案内しよう、気になる場所があったら言ってくれ。
誰かのテリトリーじゃなけりゃ塒にしてもらってかまわないから」
「寛容なんだね」
「ディミが認めたんだ、誰も文句は言わない筈だ。行こうか」
「ねえ」
歩き出そうとしたカーバケッティは、持ち上げていた脚を下ろして振り向いた。
ミストフェリーズが眉を顰めている。
「彼女が言ったから君らは何でも従うのかい?
僕らのこと、気持ち悪いとか怖いとか思っても文句が言えないんだ」
「そういう意味じゃない。ディミはこの街を支配しているんじゃない。
俺たちはディミに重大な決断を任せてきたけど、全てが正しい判断だったとは思わない。
でも、ディミの決断には理由があったし、その理由が自分勝手なものだったことはない」
「君たちのリーダーはよっぽど信頼されているんだね。
彼女にとってはプレッシャーのように思えるけどそんなことはないのかな」
険しかった表情をゆるめたミストフェリーズに、
カーバケッティは苦笑にも似た笑みを向けた。
「想像を絶するプレッシャーだろうけど、そんなものたぶんもう感じちゃいない。
行こう、暫くこの街にいたらあんたたちもディミのこと好きになる」
「もう大好きだよ。キスしたいくらいだ」
ミストフェリーズはそう言うと、他の猫たちを促して歩き始めた。
コリコパットも一緒に行くことにしたのか、一団の後ろについてゆく。
「ちょっと待って下さい!」
取り残されそうになったシラバブが慌てて一団に追いつき、がばっと飛びついた。
白黒のぶち猫に。
「バブ!?」
「な、何だよ。保護者ならあっちだぞ」
幼い仔猫とは言え、今まで雌猫に抱きつかれたことなどなかったランパスキャットは
明らかに狼狽えた様子で幼子を押しのけようとした。
「シラバブです、バブでいいですよ。私のヒーローさん。
ランパスキャットさんというのですね。
この前は助けていただいてありがとうございます。お礼にデートして下さい!」
「デートってそっち!?」
本日最大の衝撃がコリコパットを襲った。
あんぐりと口を開けてクリーム色の尻尾が跳ねるのを見ている。
「そこはお礼じゃなくてお願いじゃないのか?」
皆が驚きに固まる中、冷静でいられたのはタンブルブルータスだけのようだ。
「タンブル、突っ込むところはそこじゃないぞ」
何とか立ち直ろうとマンカストラップが頭を振り振り言う。
「もしかして、ランパスが助けた仔猫ってあの子なのかな?
助けた相手の顔なんてランパスは少しも覚えてないんだろうね。
我が弟ながら記憶力の悪さはフォローのしようがない程だし」
「ランパスがヒーローか。世も末だな」
「おい兄貴!マンカスも!俺のことバカにする前にこの子供なんとかしてくれよ」
力任せに引っ剥がすこともできず、ランパスキャットは困り果てていた。
仔猫相手だからか、いつもは有り余っている力も出せないままだ。
「いっそ、その子供に案内してもらったらどうだ?」
タンブルブルータスがぼそりと提案すると、ミストフェリーズが一も二もなく頷いた。
「それがいいよ。友好を深めるチャンスだしね。
ランパス、問題を起こすなよ。挨拶はきちんとして、お礼はしっかり、いいかい?」
「俺はもうガキじゃないし、それくらいわかっている。
というか、何でもうこの子供と行くことが決定してるんだよ」
「シラバブだよ、さっきそう言ってただろう?ちゃんと名前で呼んであげなよ。
さて、そうと決まれば僕らはさっさと行こうか」
くるりと仔猫とぶち猫に背を向けて、ミストフェリーズはカーバケッティを促した。
少しばかり躊躇ったカーバケッティは、しかし結局何も異議は挟まなかった。
「ミスト、本当に良かったのか?ランパスは暴走すると危険だ」
マンカストラップが小声で話し掛けると、ミストフェリーズは小さく溜め息を吐いた。
どこか表情が曇っている。
「大丈夫、暴走したくてもできないよ。シラバブとかいう仔猫の傍だとね」
「どういうことだ?」
「そのうちわかるよ。とにかく今はこの街に馴染むことに専念しよう」
頷いたマンカストラップは、カーバケッティの隣に並んで歩き始めた。
その整った顔立ちに真面目な表情を乗せていることが多いマンカストラップは
一見して堅物のように思われがちだがコミュニケーション力は並々ならぬ物がある。
暫く歩く内に、話していたカーバケッティの表情が和らいでいったのがその証拠だ。
一方でミストフェリーズはコリコパットと言葉を交わし、
短い時間の中で「ミスト」「コリコ」と呼び交わすくらいには打ち解けていた。
コリコパットも真面目な顔をしていれば綺麗な面持ちも手伝ってか冷たい印象だが、
話をすれば快活で陽気な若者だということがわかる。
「この街の猫たちは、今まで会った猫たちと大いに違うように思えるよ。
先にあったタガーという猫もそうだし、さっきのシラバブもね」
「今から会う猫も変わってる。彼は本当に不思議な猫だ。
ミストたちも不思議な力を持っていると聞いているけど、この街にもいるんだ」
「不思議な力というのは否定しないけど、それを持っているのは僕だけだからね。
カッサには予見の力が少しあるけど、タンブルはいたって普通の猫・・・じゃないか。
そっか、僕らを受け入れてくれた理由の一部がわかったよ」
ディミータも街の猫たちも、不思議な力を変に怖がってはいないのだ。
元々街に力を持つ猫がいるなら不可解なことではない。
「この時間帯はここらにいると思うんだけどな。マキャ、いないか?」
駅に続くそこそこ大きな道から一本中に入ったこの辺りは驚くほど静かだ。
マキャヴィティはいつもこの辺りで狩りをしたり餌を探してきて食事をしている。
雨の日と、満月の翌朝以外は大抵。
「呼んだか?」
低い声がして、縁石の向こうから黄色い猫がのそりと顔を覗かせた。
しきりに口周りを舐めているから食事をしていたのかもしれない。
「マキャ、朝っぱらから邪魔して悪いな。新しい仲間が増えたんだ」
「そうか」
特に困るでもなく嬉しがるでもなく、マキャヴィティは黒猫たちに目を向けた。
ミストフェリーズも、不思議な力があるという猫をそれとなく観察する。
かなり大柄だという事以外に特徴があるとしたら緋色の双眸くらいの物だ。
「紹介しよう、マキャヴィティだ」
「「マキャヴィティ!?」」
ミストフェリーズとマンカストラップの声が揃う。
タンブルブルータスの片眉が僅かに持ち上がったのを見たのはコリコパットだけだ。
「あの犯罪界のナポレオンと有名な?」
「俺は有名なんだな」
驚く新参の猫たちを前に、マキャヴィティはなぜか二度ほど頷いた。