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最終更新日: 2018-11-11
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「辞令。本日付。
 転属、南方司令部所属第一艦艇部隊ギルバート隊所属隊員を中央司令部に転属とする。
 解職、南方司令部所属第一艦艇部隊ギルバート隊所属隊員の任務を解く。
 任命、南方司令部所属第一艦艇部隊ギルバート隊所属隊員を特殊部隊員に任ずる」

愕然としている隊員たちを前に、ギルバートは坦々と書簡を読みあげていく。
メグがギルバートに手渡した書簡は、この辞令だった。
驚くべき内容とも言えたし、当然と言えば当然の処置でもあったが、
事情を知らない大方の隊員たちにとっては寝耳に水もいいところだ。

「総司令部司令。本日付。
 中央司令部所属特殊部隊ギルバート隊隊員は、海技学校において後進育成に励むこと。
 なお、教科担当については総務部発行の付属書に記載がある通りとする」

隊員たちが呆然としている中、ギルバートは手にしていた書簡を机に置いて、
別の紙を一枚取り出した。

「制服は既に総務が発注してくれているようですが、届くのは明後日以降だそうです。
 仕事は明日からあるそうなので、突然ですがよろしくお願いします」

まだ本調子ではないギルバートは、手にした紙をのろのろと広げ始める。
整列して立っているランペルティーザが隣のジェミマを突っついた。

「ねえ、中央の制服ってどんなだっけ?」
「確か黒だったはずよ。カッコいいんだけど暑そう」
「黒かぁ、あたし似合うかなあ?」

ギルバートが紙を広げるのに手間取っている間に、隊員たちは新たな制服について盛り上がる。

「引き締まって見えるからいいわね」
「何言ってるのタント、それ以上引き締まってどうするのよ」
「黒ってのは何にだって合うからいいな」

それじゃあ、とランペルティーザはぱっと手を広げてその場を仕切った。

「誰が一番似合うと思う?」

つまらない連絡会よりも余程真剣に、隊員たちは悩み始めた。
ギルバートは相変わらず紙を広げようと苦心しているようだが、
見ようによってはただ司令を目にするのを厭っているだけのようでもあった。
だからなのか、カッサンドラすらギルバートに手を貸そうとはしない。

「ヴィクはいいかもしれないわね」
「そう?私はタンブルやカッサが素敵だと思うのだけど」
「私、これは自信があるんですよ」

盛り上がりの中で胸を張ったのはシラバブ。
部隊最年少の口から出てくる名前はいったい誰かと、皆が注目する。

「ランパスキャットさんですよ、絶対よく似合います」
「だよな!俺も思った!」

同意見が嬉しかったのか、コリコパットが顔を輝かせる。

「だってさ、良かったなランパ・・・ん?」
「どうしたのカーバ」

不意に真顔になったカーバケッティにタントミールが声を掛けた。

「いや、ランパスがいないなと思って」
「あら、そう言えばマキャもいないわ」

大きいのがいない。
辺りを見回すタントミールと、ひとり残った長身の男の目が合う。
長躯をほこるタンブルブルータスはおもむろに口を開いた。

「ボンバルは数日前からいないが」

一気に部屋が静まり返った。
今まで言わなかった彼はどうかしているが、気付かなかった周りもどうかしている。

「ああ、なるほど」
「何です隊長、何か聞いているのですか?」

ギルバートの独りごとを耳にしたカーバケッティが振り向く。

「いえ、僕はずっと寝ていたので何も聞いていませんが。
 ただ、今日は妙に圧迫感が小さいと思っていたんです。
 ランパスとマキャがいないだけで、こんなにも解放感があるんですね」
「断りもなく部下がいなくなったことに対するコメントがそれですか?」
「ですがカーバ、ボンバルたちは子どもじゃないんですよ。
 放っておいたってお腹が空けば食べるだろうし、眠くなれば寝ますよ」

全く見当違いの答えが返って来て、カーバケッティはがっくりと項垂れた。
憂うべきは部下が無断でいなくなったことであって、部下の健康状態ではないはずだ。

「あの・・・」

妙な雰囲気の中で、言いにくそうにヴィクトリアが口を開いた。

「どうしました?」
「ボンバルなんですけど、秘密任務で暫く部隊を離れると聞いています。
 任務内容は勿論聞けませんし、帰る時期はわからないそうです。
 隊長が寝込んでおられたので、元気になってからお伝えするよう言われていました」

秘密任務であれば、司令の出所や任務内容、任務の期間などがはっきりしないのは当然だ。
しかし、特殊工作員でもないボンバルリーナに秘密任務が課されるのは異例と言える。
釈然としない様子で眉を寄せるギルバートに、今度はカッサンドラが言う。

「マキャについては私が聞いています。護衛任務ということで、任務票を渡されました。
 ただ、任務内容については伏せられているのでよくわかりません」
「マキャも、ですか?あまり持っていかれると僕らの任務に差し障るんですけど」
「とは言っても、既に出てしまったのでどうしようもないですが。
 それに、マキャの任務も総司令部司令だったので断ることはできませんでした」

総司令部司令ということは、大方ジョージの意思が働いているとわかるだけに、
ギルバートは戸惑ったようにカッサンドラに目を向けた。

「総司令官は仕事に出ていないと言いませんでしたか?」
「その通りですが、総司令部司令自体が出せないわけではありません。
 あまり心配なさらず、まずは体調を整えて下さい」
「そうですね。ランパスのことは誰か聞いていますか?」

隊員たちの顔を見回すギルバートと、目が合った瞬間に気まずそうに視線を逸らしたのは
先ほどまでずっと枕元に付き添ってくれていたディミータ。

「ディミ、知っていますね?」

確信を持って問いかけられれば、隠し事の上手くない彼女はすぐ顔に出る。
諦めたように、ディミータは小さくため息をついた。

「ランパスは医務局ですよ。回復が思わしくないので強制的に戻しました」
「そう、ですか」

表情を硬くしたディミータの様子に引っ掛かりを覚えつつも、
ギルバートは頷くだけに留めておいてようやく手許の紙を広げて内容を読み上げ始めた。

「総司令部司令。本日付。
 明日より当月が終了するまでを期間として、外部募集軍員の研修を担当すること。
 詳細は総務部運営局まで問合せるように。以上」

しんとした部屋に、空を滑ってゆくウミネコの声が聞こえてくる。
暫く紙を見つめていたギルバートが、ふと思い立ったように顔を上げた。

「タンブル、ランペル。貴方たちは外部募集で入ってきていますね?
 どんなものだったか覚えていますよね、当然。すぐに計画書を書いてください」
「そんなもの覚えているわけがない」

タンブルブルータスが不満を鳴らすが、それに構っている場合ではない。
誰も研修など担当したことがなく、唯一可能性のあったマキャヴィティはここにいない。

「バブも手伝ってください、基礎研修は新卒の初期研修と内容はかぶるはずです。
 貴女は優秀だから研修内容を覚えているでしょう?」
「・・・頑張ります」

この状況で断りがきくはずもないと、シラバブは既に悟っているようだ。

「では、カッサとヴィクは総務へ詳しいことを聞きに行ってください。
 他の皆さんは、ふたりが戻り次第準備に入ってください。
 健闘を祈ります、解散!」

びしっと隊員たちが敬礼をする。
頭で何を考えていようと、これはもう条件反射的に身についてしまった行為のようだ。
早速飛び出していくカッサンドラとヴィクトリアを見送り、
てきぱきと準備を始めるシラバブを頼もしいと見やってから、
ギルバートは自室に戻るために広げた紙を回収しようと手を伸ばした。
しかし、目測を誤ったのか手は紙に届かず指は空を掴む。

「隊長、まだ顔色が良くないですよ。というか、さっきより悪くなっていますね。
 これは持っていきますから部屋で休んでください」

傍に来たディミータが紙の回収しながら言う。

「気にしすぎですよ隊長。この任務に関しては、総司令官の特別な意図など感じませんよ。
 中央に転属になったのは隊長を目の届くところで監視するためかもしれません。
 ただ、研修担当は嫌がらせでもなんでもなく本当に担い手が不足していたのかと」
「まったく、貴女たちはどうして僕の考えていることがわかるんでしょうね」
「私たちがどれほど貴方を見てきたか、わかっていらっしゃるでしょう」

結局、全ての紙をさっさと回収して先に歩き始めたのはディミータで、
ギルバートはその背を追うように自室に向かった。

「ありがとうございます、ディミ。
 僕は少し休みますのでランパスの様子でも見てきて下さい」
「いえ、必要ありません。彼はいませんから」

寝台の上に乗ろうとしていたギルバートは、動きを止めてディミータを振り返る。
そして、布団に乗り上げていた片足を下ろして微苦笑を浮かべた。

「やはり先ほど言っていたことは嘘でしたか」
「見抜かれていることはわかっていました。
 ただ、これは隊長にとっては嘘ですが周りにとっては真実でなくてはなりません」
「彼がこの場所にいることにしなければならないのですね?
 それでは、彼は実際のところどこに?」

書簡をきれいに巻き直していたディミータがその手を止める。
僅かばかりの躊躇いで一瞬の沈黙が下りる。

「彼の叔父のところだそうです」
「叔父?それは・・・」
「ええ、ご想像の通りです。彼は叔父である陸軍将に会いに行ったんですよ」









「ヴィクター、この書簡は事後にメグに渡してくれ」

あの夜が訪れる前の日。
それは満月が地平線に顔をのぞかせ始めた時分だった。
ジョージは最後の準備をしていた。
それは、救う決心を実行するための準備だった。

「ジョージ、俺は奴にお前を殺させないぞ」
「思う通りにするといいさ、ヴィクター。しかし、ギルバートを殺すことは許さない」

紙に文字を書き続けていたジョージは、ふと手を止めた。

「それでも、ギルバートが海軍そのものを恨み滅ぼしたいと考えているのなら
 その時は息の根を止めても構わない。
 そうなってしまえばきっと、私の手に負えるものではない」
「さっきから聞いてりゃ、お前は奴にやられること前提に話してんじゃねえか?」
「彼は相当強い。武術の腕は立つし、精神的にもなかなか崩れないだろう。
 武器を取って私がまともに戦える可能性など無に等しいさ。
 だが、負けにいくわけじゃない。私は彼に伝えることがあるし聞くべきことがある」

その後ジョージはひたすら文字を書き続け、総司令官の印を押して紙を巻いた。

「事が済んだらこれをアロンゾ中佐に渡してほしい。彼には既に事情は話してある」
「アロンゾ中佐?こっちに来てんのか?でも、なんでまたあの坊ちゃんに?」
「いやいや、彼はあれで相当切れ者だぞ。好感が持てる男だしな。
 中佐にはギルバートの故郷に使者として赴いてもらうことにした。
 護衛はギルバート部隊の男性隊員を充てるよう手配済みだ」

さらりとジョージが話した内容は、しかし、かなりの問題発言だった。
どこぞの山奥に使者を送るなど、独断で決行していいようなことではない。

「ヴィクター、これは秘密裡に行うものだから悟られない様に気を付けてくれ。
 あくまで私の意思を伝えて貰うだけで、海軍として手を打つのはもう少し後だ」
「お前さっき総司令官の印押したじゃねえか。あれが海軍の意思じゃないって与太は通じねえぞ」
「後戻りできないようにしたまでだ。私は海軍を動かす、絶対にな。
 あと、アロンゾ司令官の不在は違和感があるからバカンスということにしておいた。
 ギルバート部隊に彼女がいるそうでな、彼女にも仕事を振ったから怪しまれないだろう」

国家機密からそこらの軍員の恋模様まで、ジョージは実に様々なことを知っている。
意図的に情報を集めてはいるのだろうが、ヴィクターは時折驚きを通り越して呆れるのだ。

「アロンゾ中佐は彼女とバカンスですって言っておくのか?」
「あそこは仲良しで有名だ。周りもそうは疑わんだろう。
 実際には別のところに行ってもらっている彼女には申し訳ないんだが、丁度いいものでね。
 そうそう王宮に繋がりをもった軍員なんていないからな」
「はあ?王宮って、国王のいるとこかよ。何でまたそんなとこに用があるんだよ?」

ついていけないとばかりにヴィクターは首を振る。
ジョージは幽かに笑みを浮かべた。

「ごめんなさいと言うだけで本当に部族一つを救うことなんてできると思うか?
 英雄を貶めることをやめ、彼らに生活の糧を与えなければ恨みなどすぐ蘇るさ。
 彼らに誇りを取り戻し、生きる糧を見つけさせること。それが私の決心だ」





「ご立派なこと言ってたじゃねえか。早く復活して何とかしてみせろよ」

医務局の奥まったところにある、面会謝絶のプレートがかかった小じんまりした部屋。
そこの寝台で、蒼白な顔色のジョージが静かに呼吸を繰り返している。
ヴィクターは枕元の木製のいすに座って呟くように言った。
窓の外に見える月は齢二十となっていた。
あの夜から、総司令官でもある親友は目を開けていない。

「ああそうだ。ランパス大尉は出発したそうだ。
 お前の言った通り医務局で養生してるって話になってるが、本当にうまくいくのか?」

王宮との繋がりは、海軍よりも陸軍の方が強い。
宮廷警備にも陸軍が兵を出している。
その陸軍から助言をもらえればことは進めやすい、というのがジョージの考えだった。
例によって陸海軍はそれほど仲が良くない上に水面下で話を進めるためには、
事情を知っていてかつ陸軍の准将と血縁のランパスキャットの存在はありがたいのだ。

「まあいいか。お前はうまくやるんだろうさ。もうちょっと待つから早く目を覚ませよ」

早く前に進ませてやってくれ。
天に祈ることなど生まれて初めてだと言うことに、ヴィクターは勿論気付いていない。




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