報復、或いは希求

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最終更新日: 2018-11-11
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報復、或いは希求

風を切る音。
――― ありえない

酷く鈍い音がした。
咄嗟に構えた剣を支える籠手を嵌めたジョージの左腕に、骨まで響くような衝撃が走る。
その衝撃は踏みしめた脚にまで伝わっていく。

「さすが、良い反応だ。これで終わらせることができればよかったが」

低く呟くギルバートの声は、不気味にジョージの耳を震わせる。
真正面で振り上げられた棒をまともに食らわぬよう、飛び退いた判断が間違っていたのではない。
突如軌道を変えたギルバートの得物の動きが、そう。あり得ない。
武器を持たぬジョージの左側から、木の棒が弧を描いて襲いかかってきたのだ。
じわりと厭な汗が浮かぶ。
これが、昔から彼の部族が代々習得してきたという棒術なのか。

「長引くのはよくないな」

ジョージの剣を払いのけ、ギルバートは木の棒を手許に引き戻した。

「仕切り直しだ」

言葉が終らぬうちに、ギルバートの手の中で棒が動く。
一撃目は頭上から。
ジョージが剣で防げばすぐさま左から二つ目の攻撃がくる。
ギルバートの手の中で自在に棒が滑り、三打目は右下から掬いあげるように、
そして軽やかに回転する棒は再び頭上から降ってくる。
得物を自由に操るばかりではない。
身のこなしは、天才的な武術の才を誇る親友以上に鮮やかに見えた。

打ちこまれる一つ一つの攻撃は決して軽くない。
防ぐたびに、剣を持つ手が僅かに疲労してゆく。
避けられるなら避ける。
反撃などとてもできやしない。
防ぎ続けることができるのもいつまでかわからない。

「はっ」

軽い跳躍と共に、ギルバートの得物が鋭く繰り出される。
突くような攻撃。
ジョージは迫りくる木の棒を掬いあげるように剣をふるう。
次の瞬間、払われた木の棒は目にもとまらぬ速さで回転した。

「これまでだ」
「――― っ!」

払った勢いで身体が開いた体勢は、僅かに次の動作を遅らせる。
しまったと思う間もない。
感じたことのない衝撃に目の前が白くなる。
痛みではない。
まさしく、衝撃だった。





「大した精神力だ」

嘲りではない。
思わず口を吐いて出た感嘆。

「一発を食らってなお立っていられる者はまずいないというのに。
 骨の数本はおかしくなっているでしょう?」

綺麗に決まった脇腹への一撃は、確かな手応えがあった。
幼いころから何度も繰り返した訓練の中、相手の骨を砕く感触はもう馴染み深かった。

「僕らはこうして、男も女も関係なく相手を殺す術を教え込まれて育ってきた。
 それでも、相手の命を奪うことを繰り返していては精神がもたない」

浅く呼吸を繰り返しながら、ジョージが僅かに目を上げた。
まともに焦点が定まっているとは思えない。

「だから僕らは、同じように生きている者に対する情を捨てる訓練をする。
 奪う時は迅速を尊ぶ。わが祖先、ジンギスもそう言っていた。
 奪う物が財宝であろうと命であろうと、その訓は守られてきた」

だから。
先の一撃で終わらせるつもりだった。

命を奪い、その報酬で生きる者たちは言う。
苦しめてはいけない。
命を奪うことは生きる手段。
命を奪われる者に対し、我々は何ら恨みを抱いていないのだから。

そう教えられてきた。
事実、己の心は目の前の男を怨んでなどいない。

「それならば」

掠れた声が、風と波の音の合間に聞こえる。
まだ、喋ることができるのか。

「貴方は・・・」

なんという男なのだろうか。
これが、海軍を背負って立つ者の強さなのか。

「ギルバート。なぜ、それならば・・・なぜ、首を、狙わなかった」

途切れ途切れに紡がれる言葉は、しかし思いのほかずっとしっかりした声色をしている。

「貴方が咄嗟に首を守ったから、僕も咄嗟に攻撃箇所を変えた。
 普通ならば守る腕ごと粉砕しているところだが、その籠手がなかなか手強いことは
 最初に貴方がその籠手で剣を支えていたことを見てもわかる」

対ギルバートを想定して準備をしてきたことは明白だった。
棒を受ける動きも、首を守る動作も、普通の戦では使わない。

「どうやら貴方には先天的に武器を使うセンスがありそうだ。
 だからこそ、もう終わらせなければならない」

無用の痛みは与えてはいけない。
相手の苦しみに触れてはいけない。

「なに、そう焦ることも、なかろう」

相変わらずジョージは肩で息をしている。
月明かりにも、時折顔を歪めるのが見て取れた。
それなのに、その口から出てくる言葉は只管冷静だった。

「貴方は本当に恐ろしい。何物にも怯えたりしない」
「いや、ちがう。怖かったさ。ここに、立つまで、随分悩んだ。
 ここに、立って、何か一つでも、負の連鎖を、断ち切りたいと、そう願う、だけ」
「ここまで来てくれたことには驚いているし、感謝もしている。
 だから、僕はこの機会を逃してはならない。仕留め損なっては何も終わらない」

終わらせる。
棒で強く地を打った。
強襲の合図。

ジョージの動きはやはり鈍い。
剣を構える動作にすら激痛を伴うのか、まともな防御の姿勢すら取れていない。

「遅い!」

それでも迎え撃ってくる剣を棒にひっかけて、右腕ごと捩じり上げた。
あり得ない方向に腕を捻り上げられ、ジョージの口から低い呻き声が聞こえる。
間をおかず、手刀を繰り出す。
その一撃は、確かにジョージの顎を捉えた。
声もなく、ジョージの身体は後ろに倒れる。





どさりと重い音がする。
強かに背を打ちつけたジョージは、呼吸もままならない。

「まだ意識があるのか」

苦々しく呟いたギルバートは、ジョージの腕に絡んだままの棒を引き抜いた。
その腕は全く力なく地に堕ちる。

「苦痛を与えたくはない。貴方の身体の痛みは僕の望みじゃない」

ギルバートの手が、すらりと腰に佩いた剣を抜く。
手入れが行き届いた刃は月明りに白く輝いている。

「せめて最期くらい、楽に逝ってもらうとしようか」

鋭い切っ先をジョージの目の前に翳し、ギルバートは微かに笑みを浮かべた。
いつもの穏やかな笑みではなく、そうかといって暗殺者の冷酷な笑いでもない。
何とも曖昧で、ともすれば哀しそうにも見える儚い笑み。

「貴方がつまらない支配者なら、僕はもっと冷酷になれたものを」

もうほとんど見えていないはずのジョージの目は、真っ直ぐギルバートに向けられている。

「全く、斬りにくいことこの上ない」

あと一突き。
奪わなければならないものは、もう手に入ったのも同然だった。

「ギルバート」

息の音の中に僅かに声を聞いて、ギルバートは眉を寄せた。

「何か?」
「これで、満足か」

ぼんやりとした光を帯びるジョージの目を見据え、ギルバートはすいと目を細めた。

「満足はできない。僕が本当に欲しいものは貴方の死ではないから。
 それでも、これが僕と僕の同胞が求めた結果だから立ち止まるわけにはいかない」
「そうか」

ゆっくりと目を閉じて、ジョージは静かに呟いた。
額に浮かぶ汗がその苦しみを雄弁に物語っている。
視線の呪縛がとけたかのように、ギルバートは剣を逆手で握って持ち上げた。
静かに、ジョージの横に膝をつく。

「僕の求めたものがもう少しで手に入るところにあるのに、
 僕の力ではもうこれ以上近づくことはできない。
 この夜が僕らの行く末にどういう結末をもたらすとしても、それはそれで構わない」

苦しげに呼吸を繰り返すジョージからの返事はない。
不規則に上下する胸。
刺し貫けば悲願は達される。
刃先を当てて、狙うべき場所を確かめる。

ここまできたら躊躇いはない。
ギルバートは、振り上げた剣を真っすぐに突き下ろした。



恨みはない。
しかし、理由はある。





鈍い音がして、緋色が月明かりの夜に散った。






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