里標石を積むもの

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最終更新日: 2018-11-11
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里標石を積むもの

ジョージは、白く柔らかな枕を抱くようにしてボンヤリと天井を見ていた。
傍らに置かれている食事には手を付けていない。

「今日で何日目だろうか・・・」

独り言を洩らして気を紛らわせる。
際限無く苦悩の淵に沈んでいってしまう己を現実にとどめるために。

「ギルバート、か」

飛び抜けて優秀な学生がいる。
最初はそんな噂を耳にした。
士官学生の頃から実習で入った部隊で手柄を立て、
海賊に遭い嵐に巻き込まれながら生還したこともある。
本当に優秀だったのだ。
周りからの信頼も厚く、普段は非常に穏やかで冷静だった。
だからこそ、ジョージは彼を学生上がりで即隊長に就任させた。
あの優秀さは、密かにしかし確実に受け継がれてきたジンギスの血脈に拠るのだろうか。

「どうすればいい?」

誰に問うでもないが、自分に問うても答えは出ない。
処分することはできる。
謀略の危険がある、その一言で追放は可能だ。
ジョージは海軍でトップの位置にいるのだから。
そうでなくても、グロールタイガーの手下を逃がしたという不手際で罪に問うこともできる。

「何が正しい」

自分の立場を考えるのならば、ギルバートのことなど構わぬ方が良い。
私事で執務を滞らせてはならない。
今の状況ですら芳しくないというのに、さらに事態を悪化させかねない。
しかし、この地位に在ることが必然なのだとしたら。

トップに立つには若すぎる、例えどれだけ優秀と認められていても。

名家と言われるこの一門の礎を築いたのは、かつての名参謀ジェームス。
あのジンギスとの一戦のあと、彼はシャム国海軍のトップにまで上り詰めた。
その末裔であるジョージが、今またトップにいる。
そして、ジェームスに屠られた大海賊ジンギスの血を受け継ぐ者が現れた。
世の物事は全て偶然だという。
偶然という点と点をつなぎ合わせ、必然と嘯いているのだと。

しかし、やはり必然というものはあるとジョージは思っている。
いや、思いたいのかもしれない。
自分の意志はある、どうしたいかは自分が一番知っている。
だからこそ、ギルバートに手を出せずにいる。
ただ、己の立場だって弁えている。

「とんだ置き土産だな、ジェームス将軍」

過去に生きたジェームスが置いていったもの。
シャム国と言うとてつもなく大きいもの。
そして、小さく力のない怨恨の種。
それは、長い長い時の中で次第に大きく育ってきたのだろう。

ずるずると、泥に沈んでいくような息苦しさを覚えて。
今日もまた、このまま陽が落ちるのだろうと思ったその刹那。
カチャリという、乾いた音がジョージの耳に届いた。










「ジェームスはね、本来ジェムズと言われていたそうよ。
どっちが本名でどっちが愛称なのか、なぜかよくわからないらしいのよ」

病室のベッドに座り、カッサンドラは言った。

「そうですか。GEMSでジェムズですか?」

窓際で花を生けていたシラバブが、手を止めて尋ねる。

「そのはずよ。宝石という意味かしらね」
「そうですか・・・宝石、確かにそうなのかもしれません。
 いえ、実際は違うのでしょう。
 ジェームスが本名、ジェムズが真の名前なのではないでしょうか」

花瓶に花を挿し込み、シラバブは暗くなり始めた窓の外に目をやった。
言葉の真意を尋ねようとカッサンドラが疑問を口にするより早く、
シラバブが再び口を開いた。

「省略法をご存じですか」
「文章から単語の頭文字を抜き出して新しい単語を作るとかいうものかしら?」
「さすがに知っていらっしゃいますね。それじゃないかと思うのです」

根拠はないですが、とシラバブは呟くように言った。

「カーバケッティさんあたりに聞けば、もしかしたらわかるかもしれません」

カーバケッティは本ばかり読んでいる。
それも、文学と呼ばれる類のものではない。
一般には古文書と言われるようなものや、歴史書が多い。
参謀だから兵法書を読んでいることももちろんあるが。

彼はそういったことを仕事にする家系の生まれだそうだ。
王族に近い流れを汲む少数部族で、王宮の歴史官兼書誌学者を歴任しているという。
実際、彼の兄は現在王宮で勤めているらしい。

「まだ未解読のままの文献はたくさんあるはずですから、
 それらを紐解いていけばいずれはわかることでしょう」
「そうね。確か、カーバも不思議がっていたわ。
 ジェムズというのを全部大文字で記した文献がいくつかあるって。
 その省略法とかいうのを使っているとすれば、それもおかしくない話ね」
「そうだとするなら、やはり彼はジェームスと名づけられたのでしょう。
 そして、国を広げる間にジェムズと呼ばれるようになった。
 後世の私たちは、その真意を知らずに宝と解釈をした」

そんなところかしら、とカッサンドラは呟いた。
そんなところではないでしょうかとシラバブは言った。

「αβ第七宮に二つの妖星が現れるとき、歴史の転換点が訪れます」

占星術だろうか。
カッサンドラは静かにシラバブの言葉に耳を傾ける。

「二つの妖星は、つまりふたりの英雄を表しています。
今再び第七宮で二つの星が重なろうとしています」

そう言って、シラバブはくるりとカッサンドラの方に向き直った。

「かつて、ジェームスとジンギスが出会った時のように」

少しだけ低く囁かれたその声に、カッサンドラの表情が強張る。

「・・・知っているの?隊長とジンギスの関係を」
「聞きました。隊長から」

いつものトーンに戻って、シラバブが微笑む。
そして、再び窓の向こう側を眺めて口を開いた。

「隊長が何を考えているのか、私にそこまではわかりません。
 第七宮の二つの星の候補は数多くいます。
 グロールタイガーやグリドルボーンも当てはまります」
「彼らじゃなかったわけね?」
「はい。それならばきっと、かつて出会った英雄たちの血を引く者たちが
 今また歴史の転換点を作ろうとしているのではないかと思うのです。
 彼らが、新たな歴史のマイル・ストーンを積もうとしているのではないでしょうか」

シラバブはどこまでわかっているのだろう。
カッサンドラの中にそんな疑問が生まれる。
ただ、ギルバートがジンギスとの関係を話したのだとしたら、
それは全面的にシラバブを信じたということ。

「バブは、ジンギスのことを知っているの?」
「あまりよくわかっていません。
 ただ、隊長が自分の出生を話して下さったということは、
 隊長は知ってほしかったのだと思います」

真実を知ることが、例えどれほど困難であったとしても。
ジンギスの誇りを守ることは、ギルバートの部族の救いとなる。

「隊長は、これはタリスマンだと言って首飾りを見せてくださいました」
「そう。何か説明はしてもらった?」
「いいえ。解釈は任せると言われましたので」

タリスマンと言ったのか。
竜と蛇が絡み合った銀細工。
確かにそうかもしれない、とカッサンドラは思う。
代々彼の血筋に受け継がれてきた家宝だ。
そしてそれは、彼らが誇りある一族である証でもある。
誇りを守るもの ――― タリスマンか。

「どう解釈したか聞かせてほしいわ」
「まだうまく考えはまとまっていませんが」

言いながら、シラバブはベッドの傍にある椅子に腰を下ろした。

「竜というのは水神と密接な係わりがあります。
 いえ、水神そのものと考えているところも多いでしょうね」
「そうね。ちなみにシャム国ではそういった信仰はないわ。
 むしろ、竜は死と恐怖の象徴として恐れられているくらいよ。
 かつて、シャム国に併?された国々ではそうじゃないかもしれないけれど」
「私はその、隊長の出身部族というのは水神として竜を信仰していたのではないかと、
 そういう風に考えてみたんです。蛇は竜の遣いですし」

考えながら話すシラバブを見ながらカッサンドラは笑みを深めた。
やはり、この若い隊員は優秀だ。
かなり近い線を行っている。

「バブはあのタリスマンの価値を知っている?」
「いえ、あのようなものは初めて知ったので価値までは」
「あれはね、伝説級の宝物なのよ。少しでも知っている者にとっては垂涎の品よね。
 今はなくなってしまった、というよりシャム国に併呑されてしまった国の
 創国に係わるというのだから本当に伝説かもしれないわ」

そんなものが実際にあるなどと、カッサンドラは信じていなかった。
せいぜい、滅びた国の神話程度に思っていたのだ。
だが。
それはただの創世神話ではない。
国造りの話だ。
事実を昇華して神話のような体裁をとっていることは往々にしてあることだ。

「これはカーバからの受け売りなんだけど、
 隊長やジンギスを輩出した部族というのがシャム族と違うのは知っているわね?」
「ええ、知っています」
「彼ら自身はロンシェン族と名乗っていて、他国の史書にもそう書かれているわ」
「ロンシェン・・・」

シラバブは口の中で幾度かその単語を繰り返した。
耳慣れない響きだった。

「ロンシェンというのは他国の言葉をそのまま発音しているらしくて、
 意味としては竜神、海の神を表しているそうよ」
「海の神?自分たちが神だと主張しているのですか?」
「そうじゃないわ。彼らを神 ――― 守り神と言ったのはもっと東の国よ。
 ロンシェンの男を船に乗せると船は沈まないって言われていたそうで、
 だから航海の守り神という意味をこめてロンシェンと呼んだらしいわ」

海の機嫌を良く知っていた。
潮の流れを読むのが滅法上手だった。
いち早く嵐の気配を察知することができた。

「そうですか。航海の守り神とまで言われたのですね。
 では、隊長のタリスマンも海の守り神を象徴するものなんですね?」
「それがちょっと違うのよ」

カッサンドラは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「まだ、何かあるのですか?」
「残念ながらあるのよ。でも、そうね、これは私が教えなくてもいいわね。
 バブならきっと自力で辿り着けるはずだから」

にこりと微笑みかけられたシラバブは、
それは無理だと言い返すこともできずに曖昧な笑みを返した。

「あの・・・ヒントだけでもいただけますか?」
「ヒント?そうねえ」

少しばかり天井を睨むようにして考えていたカッサンドラは、
そのスミレ色の瞳をシラバブに向けて言った。

「貴種流離譚」
「きしゅりゅうりたん?」
「・・・のちょっと変形版」

意味不明だ。
シラバブは思い切り眉尻を下げたが、カッサンドラはやはり微笑んでいるだけだ。
これ以上聞いたところで適当にはぐらかされるのだろう。

「知るのは大変なことよ。そして大切なこと。
 知ったことが全て真実ではなくて、その中から自分が選んだものが真実になるの」
「覚えておきます」

真実は選ぶことができる。
真実は自分で見極めろと、ギルバートはそう言いたかったのだろうか。

「それじゃあ、私はしばらく休むわ」
「はい。ゆっくりお休みください」

カッサンドラが布団に潜り込んだのを見届けてから、
シラバブは再び立ち上がって窓辺に歩み寄った。

「まだまだ知らないことばかりですね」

窓の外でウミネコが鳴いた。
まるで、シラバブの言葉に相槌を打つかのように。




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