運命の縮図

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最終更新日: 2018-11-11
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運命の縮図

時という目に見えぬ巨大な流れの中で、命は生まれ潰えてゆく。
永遠など存在せぬというように、国も生まれては消えてゆく。
時に天変地異で、時に戦で、時に革命で。

「勝者は正義となり、敗者は悪となる。
 そういうものかもしれない。国の確固たる基盤を築くには
 きっとその国が正義である歴史が必要なんだ」

夜風に吹かれ、ジョージはぽつりぽつりと話し出した。
連日のように紛糾する会議の中で、味方は少しずつ増えていた。
あともう少しで、約束を果たすためのスタートラインに立てる。

「総司令官は国の安定を望んでいらっしゃるのでしょう?」
「正義を盾にした歴史を道具にする時期はもう過ぎたんだ。
 この国は強くなった。成熟した国に独りよがりな歴史はいらない。
 ビル、この国の草創期は終わった。もうおとなにならなくては、な」

少し散歩しようか、と言うジョージにビル・ベイリーは眉を寄せて
お身体に障りますと控えめに諫める。

「ずっと座っているほうが堪えるというものだ。
 せっかく外に出てきたのだから立っているだけじゃつまらないし。
 一緒に来てくれるだろう?」
「わたくしが断れないとおわかりの上でおっしゃっていますね?」

ジョージは満足げに微笑んで、それじゃあ行こうかと言った。
総司令官たる男が我侭を言える数少ない相手が自分であると
自覚しているビル・ベイリーは、結局黙って付いていくことにした。
ちらりと振り返った連絡員の視線に気づいて衛兵が追ってくる。

「この国は物質的にという意味でかなり豊かだと思う。
 多くの国を制圧し、戦いに明け暮れた歴史の上に私たちがいて
 その勝利こそ我らを豊かにしてくれた」
「物質的に、ですか」
「そう、物質は豊かだ。食べ物も土地もたくさんある。
 次は、この国に生きる者たち自身が内面的に豊かになっていい。
 そのために多くを考え、悩み、理解する機会がもっと必要だ」

ゆっくりと歩くジョージの半歩ほど後ろで
ビル・ベイリーは何を意見するわけでもなく、ただ耳を傾けている。
後方を歩く衛兵たちは、ぎりぎり声の届かない距離で警戒していた。

「休ませてもらっている間に、私はそんなことを考えていた。
 どうすれば私たちは成長し、この国が真に豊かになるのかと。
 国が急に変わるのは無理でも、海軍はもう変わらなければならない」

ざわざわと黒い海が鳴る。
変わるべきときが来ているのだと、何かがジョージに訴えていた。

「この世界の出来事は善と悪で容易に語れると、ビルは思うか?」
「いいえ。善悪というのは物事の一面に過ぎないと思います。
 善か悪で全ての事象が片付くなど、分別があれば子どもでも考えません」
「そうだろうなあ」

足は止めないまま、ジョージは黒々とした海に目を向ける。

「それなのになぜ、この国の海に刻まれた歴史の中で
 我々は善で敵対するものは悪でなくてはならないのかと、
 そんな疑問を持っている者などほとんどいないのだろうな」

ゆっくりと歩む上官の言葉に何も返す言葉が浮かばず、ビル・ベイリーは足許に目を落とした。
それには構わず、ジョージは坦々と話を続ける。

「この国に住む者たちとその祖先が辿ってきた歴史は一つじゃない。
 私たちの祖先は遥か西の島からこの地に来た。知っていよう?」
「はい。強大な武力でこの辺りにあった小国を吸収して
 初期は多かった内乱も現在では収まりつつあると」
「そう、この国を作った者たちは強かで賢かったのだと思う。
 この地の宗教を認め、自分たちの文化を押し付けはしなかった。
 それでも、徐々にこの国は一つになりつつある」

時が経ち、血は混じり、多数に寄りかかる方が生き易いのは当然のこと。
征服者は国の基準となり、征服者の歴史が国の歴史となった。

「国の歴史を知るのはいいことだ。
 だが、見て聞いたことをそのまま真実にしてしまってはいけない」
「どういう、ことでしょうか」
「過去を決めるのは自分自身でなくてはいけないということだ」

困惑気味に眉を寄せたビル・ベイリーは、救いを求めるように
長い療養で少しやつれたジョージの横顔を見上げた。

「過去は・・・個々に決められるものでしょうか」
「事実は必ずある。だが、残された記録や記憶からそれが見つけられるか?
 限りなく事実に近づくことができても、それが本当かは誰もわからない。
 しかし、私たちはいずれ何かを真実と決めなければならない」

過去の時間の中で生み出されたものが今を作っているのだとすれば、
確かにあったはずの過去が曖昧では、今が揺らいでしまう。

「征服者が綴る歴史と、被征服者が語る歴史があって、
 国の歴史は無論前者になるわけだが、なあビル。 ビルはどちらの歴史が正しいと思う?」
「・・・どちらも正しいのだと思います。
 一方にしてみればもう一方は正しくは見えないのでしょうけれど」
「そういうことだ。語る者の立場によって歴史は全く違ってくる。
 どれが真実なのか、私たちは自分で考えなければならない」

違うだろうか、とどこか遠くを見つめたままジョージは問いかけた。
それが誰に向けられた問いなのか、ビル・ベイリーには判りかねたが、
それでも疑問を零さずにはいられなかった。

「それはとても難しいことではないでしょうか。
 教えられたことを鵜呑みにしないと言うのはいいのです。
 ただ、真実を見つける方法がわたしにはわかりません」
「そうだなあ。海軍の門を叩く者たちは子供ではないのに、
 我々は子供にするように過去の出来事を教えるだけだった。
 歴史を学ぶ方法を、まずは教えなければならなかったのだろう」

資料を読むことも、実地に赴くことも、識者の話を聞くことも含めて、
歴史を学ぶ手法を教えることで、誰もが自分で過去を考えることができる。

「この国のように、価値観の違う者たちが近々と暮らしているところで
 たった一つの歴史を押しつけることは大変危険なんだ。
 敗者である少数部族たちが悪の歴史を教えることになりかねないからな」
「そうですね。言われてみれば、その通りかもしれません」
「そう。もう、シャム族の歴史だけが正しいなどと言ってはいられない。
 そんなことをしていては他の大国にも笑われるだろう。未熟な国だ、とな」

ジェームスとジンギスが出会い、ジンギスが屠られ彼は悪となった。
その時から、シャム国の善と正義の歴史は始まった。
その善と正義の歴史は、確かに草創期にあった国に誇りを齎し国を固めるのに役立った。
ジョージとギルバートが出会うことで、歴史はまた変わる。
過去にあった出来事が変わるわけではない。
善の歴史を押しつけるのではなく、異なるものを理解し受け入れるべき時が来ているのだ。
こうして国はまた少し、内側から豊かになれる。
望むと望まないとに係わらず、ジェームスが叩き落としたジンギスとその一族の誇りは
時間を掛けてゆっくりと回復していくだろう。
後の世には、この出来事が善と悪で語られることもなくなるはずだ。

「そう、変わるんだ。それは私の仕事であって・・・約束でもある」

独り言のようなジョージの言葉に、ビル・ベイリーが不思議そうな顔をする。
それを気にせず歩き続けるジョージの視線の先で、何者かが身じろいだ。
よく訓練された衛兵たちがさっとジョージの周りを取り囲む。

「君たち、大丈夫だ。彼女は中央軍の女性だから」

失礼致しました、と低い声がして衛兵たちが警戒を緩めた。
ジョージは暗がりに佇む影に向かって歩きながら声を掛ける。

「何をしているんだ?」

既に誰かが来たことには気付いていたらしい女性は、
それが総司令と知って驚いたように瞠目した。
白い制服をまとったジョージに対して、彼女は闇に混じる黒い制服に身を包んでいる。
丈の短いズボンからは細い足がスラリと伸びていた。

「良い夜だな」
「星が美しいのです」

敬礼していた手をおろし、女性は空に目を向けた。

「星を見ていたのか?そうか、ギルバート隊長のところには航海天文学士がいたのだったな」

何気なく言われたことに吃驚したのか、女性が弾かれたようにジョージを振り返った。

「なぜご存知なのですか?」
「ああ、当たりだな。いや、知っていたのはギルバート隊長のところに
 珍しい役職の若い女性隊員がいることだけだ。
 それと、中央軍で短パンを採用しているのは彼の部隊くらいだからすぐわかったよ」
「大変理論的ですね。シラバブです、おっしゃる通りギルバート部隊の航海天文学士の」

隣に立つ総司令官を見上げ、シラバブは臆することなく言った。

「シラバブか。星を見て何かわかったか?」
「そうですね」

シラバブは濃紺の空に散りばめられたら数多の煌めきに目を向ける。
若く青い星。成熟した白い星。燃え尽きんばかりの赤い星。その間を縫うように進む星。

「良い知らせがありそうです」
「良い知らせ?それは、今年の誕生祭が晴れそうだとか、そういうことか?」

気象の専門チームも星を見る。
星の運行で長期的な天候が予測できるらしいとジョージは聞いている。
そういうことではないのですが、とシラバブは束の間の逡巡に目を伏せた。

「聞かせては貰えないか?君の言う良い知らせが何なのか」
「それでは」

シラバブが夜空の彼方を指すと、ジョージもそちらに顔を向ける。

「現在、西で大きい戦になりつつありますね」
「そうだな。頭の痛いことだ」
「意外に頭痛はすぐに治まりそうですよ。
 向こうの大将の宿星が墜ちそうです。あと数日かそれくらいで」

華奢な女性隊員が見ている星がどれかすらわからないジョージは、
当然彼女が発する言葉の意味を理解することはできない。

「どういうことだ?」
「勝つのです、味方が勝利するのです」
「勝つ?しかし、戦局が泥沼化しそうな状況と報告を受けているぞ」

ひと月程前に始まった戦の状況が悪くなる一方で、
それに業を煮やしたヴィクターが部隊を率いて援軍に出向いたのは半月程前だった。
距離や時期、天候を考えれば、数日前には戦場に着いているはずだ。

「何が起こっているかはわかりません。ただ、一つだけ言えるのは
 この戦がすぐにでも終極を迎えそうだということだけです。
 敵方の将が命を落とすことで」
「ふうん。だとすれば、私はヴィクター准将を信じて待てばいいのだな。
 ん?どうした、私は何か変なことを言ったか?」

驚いたような顔をしているシラバブの方を見て、ジョージが小さく首を傾げる。

「なぜ、何も疑われないのです?」
「疑う?」

不思議そうに問い返したジョージは、やがて僅かに笑った。

「君のそれは占星術というやつだろう?文献で浚ったことはあるがよくは判らない。
 判らないのになぜ疑わなければならんのだ?
 疑うなら疑うだけの根拠が必要だ。私には何ら君を疑う理由が無い」
「そのお言葉にはいささか無理があるように聞こえます」

シラバブは苦笑を浮かべて言った。

「判らないのであればなおのこと、疑ってかかるものだと思います」
「そうだな」

小さく呟いて、ジョージは暗い海の彼方に目をやった。
ひたすらに黒いうねりが広がり、遥か向こうにあるはずの水平線は空と一体になって見えない。
見えなくても、同じ空の下で友は戦っているのだ。

「疑わないのではないかもしれない。ただ、信じたいのだろうな。
 戦が終われば、彼は無事に戻って来てくれるだろう」
「ええ、必ず」
「ありがたい。私はずっと不安だったのかもしれない。
 だが、君の占星術のおかげで私は信じて待つことができそうだ。
 また話を聞かせてもらおう。私はそろそろ戻るが、あまり遅くならないようにな」
「恐縮です」





海から離れていくジョージを敬礼で見送ったシラバブは、
彼が来る前と同じようにまた静かに星空を見上げた。

空に二つの妖星が現れ、その光交わる時。
歴史の転換点が訪れる。
ふたりの英雄が世に生まれ、出会う時。
時の流れの中に、新たに里標石が置かれるのだ。

「同じ時を生きる私にはまだ見えなくても、後の時代に生きる誰かの目には
 転換点がはっきりと見えるのかもしれません」
「そうだな」

闇の向こうから声がした。
黒い制服が暗い夜に紛れて見えなかったのか、ジョージは気付かなかったが
そこにずっとコリコパットは座っていた。
星を観に行くと言ったシラバブに、夜は危ないからと付いてきてくれたのだ。

「隊長に出会った時、第七宮に宿星を持つ英雄は彼だと直感的に確信しました。
 そして、もうひとりの英雄は誰なのだろうとずっと考えていたんです」
「ふうん。英雄か、何かいい響きだよな」

英雄。
いつか、誰かの中で大切な意味を持つ存在になってゆく者。

「そうだ、バブ。明日灯篭流しなんだけど、知ってた?」
「ええ、勿論。行かれるのですか?」
「いやあ行ってみたいんだけどさ。なんかひとりって行きにくいし、
 一緒に行ってくれないか?」

いつもと同じ、何の裏もない笑顔を見せてコリコパットはシラバブを誘う。
灯篭流しは、シャム国ができる前からこの辺りに伝わる慣習で、
今ではすっかりシャム国の大きな行事の一つとなっている。

「私でいいのですか?」
「うん、バブがよければ。バブに彼氏とかいるんなら別の誰か探すけど」
「いいえ、予定はありませんよ」

じゃあ約束だ、などと言って少年のように無邪気に笑うコリコパットを見ながら
シラバブはほんの少し残念な気持ちを味わっていた。

「・・・きっとこのままでは、私の気持ちには気付いていただけないのでしょうね」
「うん?何か言ったか?」
「いえ、何も。そろそろ戻りましょうか。お付き合いありがとうございます」

シラバブとコリコパットは並んで歩き出した。
波が寄せて返す音を聞きながら、言葉を交わすこともなく宿舎に向かう。

「まだ明かりが付いてるな。総司令部って忙しいんだろうなあ」

総司令部棟の横を歩きながら、ふとコリコパットが呟く。
誰かの影が窓から僅かに見えている。
ジョージはまだ、完全には仕事に復帰できていないと聞く。
総司令部の面々は毎日目が回るほど忙しいのだろう。

「さっきは吃驚したよな。まさか総司令官が来るなんてさ。
 しかも、隊長と総司令官てすっげえ似てると思うんだ」
「そうですね、私もそう思いました。
 隊長も総司令官も、私の言うことを決して馬鹿にせず信じたいとおっしゃった。
 おふたりの星は、とても似た輝きを持っているんですよ」

この星に生まれおち、その日から彼らは英雄の運命を生き始めた。
彼らは合い見え、国が歩む道にマイル・ストーンを積み上げる。

星空という運命の縮図。
そこに輝く二つの英雄星を仰ぎ、シラバブは目を細めた。

「やはりあなたが、もうひとりの英雄だったのですね」



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