親友

ようこそ!

最終更新日: 2018-11-11
テキストサイズ 小 |中 |大 |

HOME > Gallery > Navy > Navy_sec3 > 親友

親友

今日は執務室の休業日。
海軍総司令部執務室の最高責任者はジョージ、働くのは執務官と呼ばれる軍員たち。
海軍を纏める位置付けだけにかなりの激務と噂され、事実その通り仕事量が半端ではない。
際限なく続く仕事で軍員たちが倒れないようにと、時折設けられるのが休業日だ。
何せ、執務官らは非番の日ですら休めないこともままあるのだから
それこそ強制的に休ませなければならないという配慮といえる。

ちなみに、執務室が休業のときは大方の仕事を副執務室で代行する。
ここの責任者は総司令次官。
今の総司令時間は広い肩幅にいかつい顎、腕には多くの刀傷があって声も大きく
いかにも前線で戦ってきた感じがする男だが、仕事はいたって堅実と評判は上々。
そんな副執務室では、海上輸送や武器在庫の管理などの執務を中心に行っている。
そのせいか、シャム猫運輸や海軍倉庫と言われ続けて久しい。
武器や食料は戦線にとっては命綱だから、副執務室は戦の要なのだ。



そんな執務室の休業日。
司令官のメグは、いつもより少し遅めの時間に執務室にやってきた。
普段の休業日なら鍵も閉まっていて入ることもできないが、
総司令官のジョージがずっと休んでいるせいで鍵はメグが預かっていた。
彼がいなければ、大佐の地位にあるメグが必然的に部屋のトップになってしまう。
しかも、彼女は総司令官補佐という立場でもある。
どうしても今日までに片付けなければならない案件が数個あって、
昨夜も遅くまで粘ったが結局終わらずに休日返上ということになってしまった。

「参ったわ・・・全然進まない」

疲れたように呟いて、山と積まれた未決済書類を見やる。
燃やすことができればどれほどいいだろう。
いや、むしろ燃えてしまえ。
そんな考えが出てくる時点で、既に彼女は限界なのかもしれない。

「コーヒーでいいか?さっき副執務室に寄ったらくれたんだ」
「あら、ありがとう」

条件反射的にコーヒーカップを受け取って、メグはハタと気付いたように顔をあげた。
今は執務室に彼女ひとりのはずだ。
他の執務官たちには絶対来るなと言ってある。

「休業日まで出勤お疲れ様。欠勤してすまなかった、いろいろ迷惑をかけたな」

聞きなれた柔らかな声。
メグが振り返ると、制服を着たジョージとヴィクターが立っている。

「ジョージ、もう大丈夫なの?」
「ああ、もう平気だ。心配をかけた。メグこそあまり顔色が良くないが」
「当然でしょ、どれだけ働いていると思うの?」

毎日残業に加えて、休日すら返上。
それでもメグは、ホッとしたように穏やかな笑顔を浮かべた。

総司令官のジョージ。
第七艦艇部隊隊長のヴィクター。
そして、総司令官付き司令官のメグ。
彼らは専門学校、士官学校と共に過ごしてきた親友だった。
メグとヴィクターに至っては、血みどろの大喧嘩をやってのけた悪友でもある。
現在、メグの左目が視力を失っているのと
ヴィクターの左目の辺りに大きな十字の傷があるのはその時の名残だ。
普段は上司と部下の関係だが、彼らだけの時は自然と親友に戻る。

「さて、仕事が山積みだな。どれから片付けるかな・・・。
 メグ、急ぎの案件はどれだ?とりあえずそれだけでも終わらせよう」

ジョージは、自分の執務机を埋めている書類をさっさと分類しながら言う。
そして、メグから資料と書類を手渡されると猛然と仕事を片付け始めた。
慣れもあるだろうが、彼の仕事量は他の執務官の比ではない。

「ジョージ、あんまり無理するなよ」
「心配するな、これくらいなら夕方には終わる。
 コーヒーでも飲んでいろヴィクター。西のクアタルとの交易が始まってな、
 これからはコーヒーを普段から飲めるようになるぞ」

目は一切書類から上げないのに、話しかければ必ず返事があるから不思議だと
これまた同期だったプラトーが首を傾げていたことがある。
メグは苦笑交じりにため息をつき、再び書類と格闘を始めた。
日が暮れたら強制的に家に戻してやろうと決めたヴィクターは、
殊のほか苦手なデスクワークに参加することはせずにおとなしく本を読み始めた。



夕日が海を朱に染め始めたころ、きりが良いからとジョージとメグは仕事を終えた。

「今日は上がりだ。明日も忙しい」
「ええ、それじゃあ私は帰って休むわ。ジョージは無理しちゃ駄目よ」
「ありがとう。メグもゆっくり休んでくれ」

荷物をまとめてメグは部屋を出て行こうとする。

「メグ、俺には何もなしか?」

ニヤリと笑い、ヴィクターが声をかけた。
メグは振り返って、ふっと嘲笑のような笑みを浮かべる。

「貴方に掛ける言葉なんて昔からありはしないのよ。
 ジョージの傍にいてあげて。あんまり無理させないでね」

そう言って、メグは扉からさっさと出て行った。
ヴィクターは肩を竦めて呆れたような表情でふんと鼻を鳴らした。

「あいつ、お前の傍にいたいだろうに。素直じゃねえし可愛くねえ」
「素直じゃないのはメグも自覚しているさ」

昔からな。そう呟いて、ジョージは椅子に掛けてあった上着を手に取った。

「なあ、ヴィクター」
「ん?どうした?」

ヴィクターは、残っていた冷めたコーヒーを飲みながらジョージに目を向けた。
ジョージの眼は窓の外、どこか遠くを見ていた。
刻一刻と朱を濃くしていく海ではなく、刻々と暗くなっていく山の方を。

「ギルバートの故郷はあの山の向こうだろう。
 雨も少なく、土地もやせていて食糧事情や治安が良くないところだと聞く」

遠くを指し示し、ジョージは呟くように言葉を押し出していく。
飢えも渇きも裕福に暮らしてきた彼には到底想像できない。

「私はこの想いをどのようにギルバートに伝えられるだろうか。
 解りたいと思う、受け止めたいと思う、この決意をどのように伝えればいいのだろうな」

ストンと下ろされた腕。
その動きを眼で追い、ヴィクターはカップを机に置いて躊躇いつつ口を開いた。

「ギルバートは既に知っている」
「なぜ、わかる?」

驚いたように振り返ったジョージに、
やっぱり気付いていなかったかとヴィクターは少し苦笑した。

「実はこないだ帰ってきた時に、俺を尾行していたやつがいるんだ」
「尾行?ヴィクターを尾行だなんて大胆不敵な、いやそれは今どうでもいいな。
 それにしても尾行って、まさか私の話を聞かれたのか?」
「もちろん聞いているだろうな。特殊工作員のパウンシヴァルって若い奴。
 これがまたギルバートの部下とえらく仲がいいみたいでね」

尾行など考えもしなかった上に気付きもしなかったジョージは空いた口が塞がらない。
しかも、ヴィクターは気づいていた上に既に調べていた。

「ビルとも仲良しみたいだぞ。けっこう頻繁に接触してるみたいだし。
 そのパウンシヴァルってやつが、どうやらギルバートにそっくり情報流したみたいだ」
「ヴィクターはどうやってそれを?」
「俺の部隊を舐めるなよ、天下のヴィクター軍だ。
 二重尾行なんて朝飯前、ちょっとした行動調査が大得意な部下もいる」

ますますジョージの目が丸くなる。
ヴィクターとは仲が良いが、彼の部下で知っていると言えるのはエキゾチカくらいだ。

「俺も将軍職だしな、あっちこっちで戦ってきたから怨みも買ってるだろうし、
 一応俺が行動するときは離れたところから部下が付いてきている。
 まあ滅多なことじゃあ姿も見せないし、俺ですらどこにいんのかわからない」

優秀な特殊工作員が多いとは噂に聞いていたが、事実のようだ。
すごいなと素直な感想を口にしたジョージだが、何かに気づいたのか眉を顰めた。

「パウンシヴァル?もしかして、いや、もしかしなくてもあの時の?
 そうか、その軍員なら私も知っている」

あの時、声をかけて来た小柄な青年は確かにパウンシヴァルと名乗っていた。

「そうか。私が考えているより早く事態は進んでいるんだな。
 帰ろう、ヴィクター。準備をしなければならない」

決意を伝えなければならない。その過程は知らぬうちに通り過ぎていた。
ジョージは静かに窓にかけられたカーテンを引いた。
暗くなった執務室を出ようと背を向けたジョージの背に向けて、ヴィクターは声をかけた。

「ジョージ、お前は知らんだろうがメグが動いている。
 どうやらギルバートの部隊になんらかの探りを入れているみたいだ。
 何をしているかまでは掴めていないが、もしかすると何かに気付いているかもしれん」
「何だと?」

険しい顔で振り向くジョージの動きは、今日一番素早かった。

「言おうか迷ったんだ、お前に心配させるのも嫌だったしな。
 けど、厭な話があってな。ギルバート部隊のあの曲者参謀が動いているらしい」
「あの、男か。ヴィクターに曲者と言わせるとはな」
「感心してどうする。あいつはギルバートに確実に加担しているはずだ。
 いいかジョージ。ギルバートはともかく、グロールタイガーに仕掛けた作戦を見ても、
 あの参謀は目的のためなら手段を選ばない冷徹な部分を持っているぞ」

ヴィクターが何を言おうとしているのか、ジョージには既にわかっていた。
グロールタイガー相手に女を使う作戦は、かつてジェームスが使った作戦を思い出させた。
今となってわかるのは、あれが一つの予兆だったということだ。

「過去にジェームスがジンギスを屠った時、ジンギスの妻を暗殺するという手段を用いた。
 それは作戦だ、国を背負い命を懸けた戦いの中では卑怯と言う言葉など空々しいだけだ。
 だが、もしも今それをギルバートたちが再現しようとしているなら」
「ギルバートの性格からすると考えにくいが、部下が勝手に動く可能性もあるからな。
 まあお前は思うようにやればいい、前も言ったけどな」
「そう、だな。いかんな、こんなことで簡単に揺らいでいては」

ジェームスの取った行動は作戦だと思えるのに。
大切な親友が、無関係なのに傷つけられる可能性を考えるだけで憤りを覚える。
相手の揺さぶりかもしれないと気付いていてもなお。

「ジョージ。同じことを経験しなければ同じ痛みを解ることはできない。
 俺にはそういうメッセージにも思える。
 だからと言ってメグには手を出させるつもりはない、心配するな」
「ほう、お前がメグを守ると言うのか」
「あんなでも一応友達だろうが。だいたい、メグがいないとお前ダメだろ?」

どういう意味だとジョージは呟いて、まあでもそうかもしれんなと小さく笑った。

「大切な存在だよ、メグは。だからヴィクター、よろしく頼む」
「メグにはこのこと黙ってるつもりか?」
「ああ、ことが終わるまでは話すつもりはない。
 お前やメグに何かあったら、私はきっと冷静なままでギルバートに向き合えない。
 どこにも角が立たんように収めてみるかな」

できることならば。
ふっと息を吐いて、ジョージは扉の取っ手に手を伸ばした。

「今日もお前んとこ泊まるぞ」
「好きにしろ。エキゾチカには伝えてあるんだろうな?」
「おう、勿論」

小さく軋む扉を押し開き、ジョージとヴィクターは暗い執務室を後にした。

「市場で食糧を買っていこう」
「お前なあ。大将と准将が買い物に行ったら市場の奴ら固まっちまうぞ」
「しかし、食糧が一切ないんだ。飢えてしまう」

だったら食堂にでも行けばいいのだ。
ヴィクターが反論しようとした時、向こうの方から小柄な影が走り寄って来た。

「総司令官!」
「ああ、ビルか。何かあったか?」
「先ほど訪ねたのですよ。准将宅にお姿が無いので探していたのです」

涙目になって訴えるビル・ベイリーと、慌てて宥めるジョージの声を聞きながら
ヴィクターは刻々と暗さを増してゆく空を仰いだ。
明るい二つの星がいる空に問いかける。

守らなければならない。
何を。誰を。
守りたいものは目の前にある彼の命、その想い。
守らなければならないものは、彼が守りたいもの。
時を超えた復讐劇を終わらせるためにできること。
それは多分。

「ヴィクター!喜べ、ビルが食事を手配してくれるそうだ」

ジョージの嬉々とした声にゆるりと振り向くと、ビル・ベイリーは既に駆け出していた。

「そりゃあ良かった。じゃあ帰ろうぜ」
「そうだな。久々にまともな食事が摂れそうだ」

それは多分、傍にいること。
ヴィクターは己の結論に満足して、歩き始めた。





▲ ページトップへ

milk_btn_prev.png

milk_btn_next.png