嫡流

ようこそ!

最終更新日: 2018-11-11
テキストサイズ 小 |中 |大 |

HOME > Gallery > Navy > Navy_sec3 > 嫡流

嫡流

外の回廊に飛び出したジョージは、海に面した砂地にギルバートの姿を認めた。
彼の前には、スキンブルシャンクスらグロールタイガーの部下と思われる男たち。
どのように軍に潜りこんだのか。
内通者でもいたか。
あのカーバケッティという名の参謀の読みは当たっていたのだろうか。

「遅かった・・・」

ジョージはきりっと唇を噛み、呻くようにつぶやいた。
ヴィクターからグロールタイガー直下の精鋭が潜り込んでいる可能性があると
聞かされたのは少し前のこと。
それを忘れていたわけではない。危惧してもいた。
しかし、この海軍総司令部があり、数多くの軍員が揃うこの場所で
このような事態になるとは思っていなかった。

「ギルバート、もう少し頑張れよ」

ギルバートの足元には動かないふたりの隊員。
今ここで、ジョージが飛び出ていったところで事態は好転することはない。
それならば、少し時間をロスしてでも助けを呼びに行くことが最良の選択か。
参謀本部直下の警備兵の待機室はここからそれほど遠くない。

ジョージは、ギルバートたちに背を向けて走り出そうとした。
その時、不意に耳に入った言葉に彼の足が止まる。

「・・・ジンギス、だと?」

陽が落ちる。
光がわずかに残っているだけ。
ごうと風が鳴り、海がさざめく。

それでも、ギルバートたちの会話は不思議なほどはっきりと聞きとれる。
確かに、ジョージには聞こえた。

「ギルバートが・・・ジンギスの、子孫?」

ジンギス。
その名は知りすぎていた。
己が一族を名門に押し上げた、誇り高き先祖ジェームスが葬った男。

「・・・まさか、信じられん」

ジンギスの子孫がいたのか。
その血は絶えたのではなかったか。
その子孫が、今になってここにいるとは。
それがギルバートだというのか。
何もかもが現実味を帯びていない。

ジョージ自身はジェームスの嫡流だ。
あまりに皮肉な偶然、否、宿命か。
ジンギスとジェームス。
共に、一国の優秀な将だった。
その嫡流が、今またこんなところで出会うことになろうとは。

呆然と海賊たちとの対峙を傍目に立ち尽くしていたジョージは、
ギルバートの胸に煌めくものを見て息を飲んだ。
あれは。
そう、あれは。

身体が震え、吐き気すらする。
どうすればいいのか思考がついてこない。
冷や汗が背を伝う。

「総司令官?どうなさいましたか?」

ふらふらと、蒼白な顔で歩くジョージを呼ぶ声。
子どものような声がする。

「わたくし、特殊工作員のパウンシヴァルと申します。
ご気分が優れないご様子ですが、医務局までお供致しましょうか」

焦点の定まらぬ目で声の主を探す。
心配そうな顔をしているのは、見知らぬ小柄な軍員。
参謀本部の制服を身に纏っている。

「いや、何でもない」

落ち着け。
自制はきく。
幼いころから名家の嫡子として育てられたゆえに。
ジョージは大きく息を吐き出した。
今するべきことは一つ。

「医務局にから医師を呼んできてくれ。重傷者がいる」
「畏まりました!」

敬礼をして、パウンシヴァルという若者は医務局に向かって走り出した。










幼い頃から、貧しくて苦しい生活だった。
かつて、部族の誇りだったジンギスの命をシャム国海軍に奪われた時から。
国が敗れ、シャム国の一部として併呑され、安住の地を追われたその時からずっと。
あろうことか、シャム国の海軍はジンギスの名を貶めた。
彼の死から、今に至るまで絶えることなく。
貧困と屈辱。
怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ。
海で生きてきた者が山奥に追われ、生きる糧を失った。
痩せた土地で薬草を育て、藁細工に明け暮れ、ようやく今日を生きながらえる。
表向きはそのような生活を送りながら、裏では暗殺を家業とする。
落ちぶれてしまったものだ。
死の臭いが纏わりつく己の手を見つめ、哀しそうに呟く者がいた。

ジンギスを謀殺したのは、海軍でも随一の名参謀と言われたジェームス。
当時、大切な妻を失ったばかりのジンギスの弱みに付け込む卑怯な手段で。
その妻の死とて、シャム国海軍が糸を引いていたのだと後で知った。

汚いことをする。
そんなことを言わせるわけにはいかなかった。
シャム国はだから、ジンギスを悪としジェームスを正義と歴史に刻むことで
領海を広げるための手段を選ばない謀殺を正当化しようとしてきたのだ。
実際、それはうまくいっていた。
シャム国に育った者たちのほとんどは疑ったこともない。
ジンギスが大悪党だと語る自国の歴史を。

確かに、ジンギスは海賊の頭領だった。
生きるために、彼は海賊になる道を選んだのだ。
もともと豊かな国ではなくて、日々の暮らしに困る者も少なくなかった。
普段は漁をして暮らし、飢えた時には一族郎党を率いて商船や輸送船を襲った。
得たものは貧しい者たちに分け与えた。
彼は英雄だった。
国も、そんな彼に目をつけた。
海を守る者として、ジンギスを位置づけた。
優秀な男だった。
皆が彼に惹かれ、彼を慕い、共に戦った。
国の発展と領海の拡大は彼の才能があってこそだった。
当時、一大勢力だったシャム国さえ手を焼いたのだ。
誰もが彼のことを誇りに思っていた。
彼の死後、国は戦に負けた。
"ジンギスがいれば"
その思いは、敗北の恥辱と怨恨を呑み、深い怨嗟へと収斂していった。







ギルバートは、海に帰る海賊たちの背を見送っていた。
血のように緋かった海も、今は深い藍を湛えている。
手にしていた棒を砂地に置いたギルバートは、
動かないカッサンドラとランパスキャットの傍に屈みこんだ。
建物から漏れる明かりを頼りに、傷の具合を確かめながら声をかける。
カッサンドラは既に意識がない。

「隊長」
「ランパス、喋らないでください」

掠れた声でギルバートに話しかけるランパスキャット。
ギルバートは、首を振ってそれを止めようとする。
汗と血に塗れた服の上からぐっと抑え込んで止血を試みる。

「なかなかの駆け引きでしたね」
「まったく、貴方は無茶をする」
「なに、戦闘訓練だ。これで次に進めるだろう」

そうですねと、ギルバートは微かにほほ笑んで立ち上がった。
これ以上、痛みに鈍感なこの男に喋らせてはいけない。
喋るたびに生温いものがギルバートの手を濡らすのだ。

「医師を呼んできます、少しだけ待っていて下さい。
 動いちゃだめですよ。治ったらたくさん働いてもらう予定ですからね」

一刻も早く。
そう思いつつも、ギルバートはもう一度海を振り返った。
 ――― ギルバート、お前はジンギスにそっくりだね
 ――― 我々の怒りを晴らしておくれよ、ギルバート
かつて、故郷出るまでずっと聞かされていた言葉が耳の奥に聞こえる。
自分は部族の怒りを背負ってここにきた。
それを、全く疑うことはなかったのだ。
そう、そのはずだった。

「急ぎましょう」

自分に言って、ギルバートは連絡室へ向かおうとする。
その時、数名の軍医がこちらに向かって駆けてきた。

「誰かが呼んでくれたのでしょうか・・・」

ということは、誰かに見られていたのか。
そして、聞かれていたのだろうか。
先ほどの、あの会話は。




▲ ページトップへ

milk_btn_prev.png

milk_btn_next.png