ミルクコーヒー
「ランペル、そろそろ起きないかい?」
カーテンを開けながら言うのはジェニエニドッツ。
ランペルティーザは、うーんと小さくベッドの上で呻く。
起きる時間にしては、太陽はあまりに高い位置にある。
窓から差し込んでくる光も強い。
「朝ごはん食べるかい?」
「・・・うん。ありがと、ジェニさん」
もそもそと起き上がり、目をこするランペルティーザ。
疲れが抜けない。
せっかくの休暇だというのに、何かがのしかかってきているかのように体が重いのだ。
あの日。
マンゴジェリーやマンカストラップたちが姿を消したあの日から。
「おはようございます」
ランペルティーザが食堂に行くと、そこにいたのはシラバブだけ。
他の隊員たちはどこに行ったのか、姿も気配もない。
食事や掃除などはジェニエニドッツやジェミマがこなしてくれるから、
ここの隊員たちは呑気に出かけていくことが多い。
ただ、なぜか食事時にはみんな帰ってくるのだが。
シャム猫海軍では、一つの部隊に対して一軒の宿舎が与えられる。
寮みたいなものだが、設備は悪くない。
佐官クラスになると家の支給もあるのだが、養う家族がいなければ大抵は宿舎暮らし。
ただ、食事や洗濯などは自分たちでこなさなければならない。
男がほとんどの軍において、これはけっこう辛いものがある。
「おはよう、バブ」
ランペルティーザは、シラバブの斜め前に腰をおろした。
気を抜くと生欠伸が出る。
「今から朝ごはんですか?」
「そうよ。最近起きれなくてさあ・・・」
欠伸を噛み殺しながらぼやくランペルティーザに、シラバブはクスッと笑った。
「ここ最近、いろいろありましたからね」
「ほんと。いやんなっちゃう」
はあ、とため息をつくランペルティーザのところに、
ジェニエニドッツがプレートを一つとカップを三つもってきた。
「さあ、よくお食べよ」
「ありがと」
他の宿舎ではめったにありつけないような、ちょっと豪華な朝ごはん。
それを見て少し、ランペルティーザは元気を取り戻したようだった。
「バブも飲むといい」
「わあ、ありがとうございます」
シラバブは手渡されたミルクコーヒーを嬉しそうに口に運ぶ。
ほのかに甘くてホッとする、温かなミルクコーヒー。
「わたし、ジェニさんの入れてくれるミルクコーヒーが一番好きだわ」
ランペルティーザがふと呟くように言った。
「そうかい、嬉しいねえ」
カラカラと笑うジェニエニドッツ。
この部隊の母のような存在。
「ご飯もおいしいし、私たちって幸せなのよねー・・・」
ぽつぽつと喋るランペルティーザ。
そして、黙々と食べ進める彼女は、心ここにあらずといった雰囲気だ。
シラバブとジェニエニドッツは顔を見合わせた。
「ランペルティーザ。心配なのですか?」
「へ?何が?」
唐突に心配かと尋ねられ、ランペルティーザはきょとんとシラバブを見る。
「マンゴジェリーたちのこと、心配しているのではありませんか?」
「え・・・それは」
「隊長は詳しいことを話してくれませんし、
どうなったか心配しているのではないかと思ったのですが」
少し、首を傾げるように言うシラバブ。
「・・・そうよ」
かちゃんとフォークを置き、ランペルティーザは目を伏せた。
ギルバートは教えてくれない。
言いにくそうに言葉を濁すなど、普段の彼からは考えられなくて、
強く言って聞き出すことなどできなかった。
「気になりますか?」
「・・・わかるの?」
「ある程度のことならば」
シラバブが言う。
ランペルティーザは目をあげ、その顔をまじまじと見た。
冗談を言っているのではないことはすぐにわかった。
「占星術?」
「そうです。信じる信じないはお任せしますが、聞かれますか?」
問われて、一瞬の逡巡の後ランペルティーザは頷いた。
「当たるのでしょう?」
「99%と自負しています」
ふわりと笑うシラバブ。
つられるように、ランペルティーザも口元を弛める。
「信じるわ」
「ありがとうございます」
シラバブは、冷めきらないうちにとミルクコーヒーを飲み干した。
そして、いつも持ち歩いている紙の巻物をするすると開いた。
「私たちには、誰にでも宿星があります。
天文の運行などから、宿星の主が吉凶のどこにあるかが大方わかります」
そう言いながら、何かを確認するようにシラバブは紙にある記述に指を這わせる。
ランペルティーザは、静かに見守っている。
「マンゴジェリーたちは・・・」
巻物から目をはなして、シラバブはランペルティーザの目を見た。
「みんな元気にしてるはずです、きっといきいきと輝いていますよ」
「そう。良かった」
わかったのは、ただそれだけ。
きっと生きている、それだけで充分だ。
ランペルティーザは、ホッとしたように遅い朝食を再開する。
「わたしね、海賊上がりなの。物心ついた時は海賊船に乗ってた。
ずっとずっと、彼らと一緒に生きていくんだって思ってたわ。
でも、大けがして海軍に助けられてからここにいるの」
ミルクコーヒーを飲み、呟くように話し始めたランペルティーザ。
シラバブとジェニエニドッツは、ただ黙ってそれを聞いていた。
「あの生活に戻りたいと思ったわ。何度も。
海賊って粗削りだし短気だけど、仲間思いだしいいやつらばっかりなのよ」
ほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべ、ランペルティーザは海を見やった。
穏やかな波が陽の光を受けてキラキラ輝いている。
「マンゴたちがグロールタイガーの部下だったって聞いたときに、
何となく海に戻ったんだろうなあって感じたの。
羨ましいわ。わたしができなかったことをあっさりやっちゃったんだし」
というより、とランペルティーザは苦笑いを浮かべた。
「私、たぶんマンゴが海賊やってたのわかってたんだと思うの。
船とか海について語る時も感じていたわ。
きっと彼は海賊だったって疑わなかった。根拠はないけどね」
懐かしい海の生活。
自由奔放で、荒波にもまれながらの常に命がけの暮らし。
それでも、本当に輝いていられた場所。
「時々、今でも思い出すの。
でもね、今はここわたしの居場所だと思っているのよ。
大切な仲間とおいしい料理があるもんね」
ちょっとわざとらしく、明るい笑顔を見せるランペルティーザ。
「そうかい。それは良かったよ」
ジェニエニドッツもニッと笑う。
隣ではシラバブも微笑んでいる。
「あれ、ランペルまだ食べてたの?」
和やかな場に突然飛び込んできた高い声。
多くの袋を提げて宿舎に入ってきたのはジェミマ。
市場まで買い出しに行っていたのだ。
一緒に行っていたタントミールも、ジェミマに続いて大きな箱を抱えて入ってくる。
「そろそろお昼作ろうと思うんだけど」
「そう。それも食べるわ」
ランペルティーザの発言に誰も驚きもしない。
「食べられるときに食べとかないとね」
「それ、隊長がしょっちゅう言ってることよね」
「口癖のようなものじゃない?」
仲間たちが集まれば話が盛り上がる。
ランペルティーザの居場所はここにある。
「もう大丈夫だろうねえ」
「そうですね」
ジェニエニドッツが、楽しそうに笑うランペルティーザを見て呟く。
シラバブはそれに頷いて、手元の紙をくるくると巻いた。
再び、穏やかな日々が戻るように願いながら。
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