籠居
第七艦艇部隊は基本的に遊軍扱いだ。
その自由度は驚くほど高く、隊長の権限がかなり強い。
最低限の海技師さえ乗せていれば、あとはどのように編成しようと隊長の自由。
加えて、申請さえしておけばどこで何をしようと仕事は隊長に一任される。
例えば、軍医上がりの変り種バーネット隊長が率いる艦艇は
多くの腕の好い医師と非常に整った医療設備を船に備え、動く病院と言われている。
海戦の多い海域を巡回しては、負傷した軍員たちを助けている。
また、様々な能力に秀でた技師を擁し、船の修理から爆弾の製造までをやってのける
コクラーソン隊長の部隊などもある。
そういった第七艦艇部隊の中でも、随一の戦闘能力を持つとされるのがヴィクターの軍。
常に海戦の近くにあって、いざという時には指揮をも執る。
そんな風だから、ヴィクターの軍は一度中央を離れてしまうと、
次に戻るのは半年後というありさまだった。
「邪魔するぞ!」
執務室の昼休みが終わり、業務が再開されてすぐ。
部屋の扉が勢いよく開かれた。
「あ・・・」
誰が声を上げたかはわからない。
執務室の全員が驚きに固まったことだけは確実だ。
入ってきたのは、つい数週間前に海に出て行ったばかりのヴィクター。
こんなに早く戻ってくることなど、今までにないことだった。
「司令官、ジョージは・・・ジョージ総司令官はどこだ?」
執務員たちが唖然としていることを気にすることもなく、
ヴィクターは主のいない執務机を睨むようにして訊ねた。
「私は存じておりません。ビル少尉が知っているかと思いますが」
答えたのはメグ司令官。
ヴィクターは厳しい表情で彼女に向きなおった。
「ではビル少尉はどこにいる?」
「今なら情報統括部の研究室か執務控室にいるはずです」
「情報統括部か、何だって?」
不可解な単語でも聞いたかのように、ヴィクターは眉を寄せた。
ほとんど戻らないヴィクターは、どの部署がどこにあるかきちんと把握していない。
メグはそれに気付いたようだ。
「東棟にある情報統括部の研究室か執務控室です。
お待ちいただけるようでしたら、ビル少尉を呼ばせますが」
「頼む。ここでは迷惑だろうから第二控室を使おう、そこに呼んでくれ」
「畏まりました」
メグはそう言うと、すぐにひとりの軍員を呼びに向かわせた。
「失礼いたします」
「おう、ビル。入ってこい、扉は閉めてくれよ」
控室で待っていたヴィクターは、やってきたビル・ベイリーに手招きをする。
「お疲れ様です、ヴィクター准将」
ビル・ベイリーは敬礼をすると、言われるままに席に着く。
「急に呼び出してすまんな。
ジョージからの手紙が届いた、帰ってきてほしいというんだ。
メグがビルならジョージの居場所を知っていると言っていたが、何があった?」
ヴィクターは一通の手紙を取り出し、真剣な眼差しで問う。
戻ってきてほしい、そんな簡潔な一文しか書かれていなかったが
字の払いに少々癖のあるジョージの筆跡だった。
「申し訳ございません。その手紙は私の友達に頼んで書いてもらったものです。
総司令官が出したことにした方が確実に読んでいただけると思いまして。
それに、その方が確実に届けてもらえるでしょうし」
「それじゃあこの手紙は、実際にはビルが出したんだな?
ここまでして俺を呼んだ理由を聞かせてもらおう」
ヴィクターが鋭い視線を目の前の青年に向ける。
ビル・ベイリーは警戒するようにあたりを見回し、声を潜めて言った。
「総司令官はかなり体調を崩されています。
ここ最近は執務にも出てきませんし、誰とも会おうとなさいません。
食事もあまり摂っていらっしゃらないようで、私にはどうすることもできず・・・」
「ふうん。ビルでも駄目か。メグは?」
「駄目でした。お会いになろうともしません」
ヴィクターは考え込むように腕を組んだ。
普段から、周りに心配をかけないようにしているジョージのことだ。
よっぽどのことがあったのだろうということは想像に難くない。
「放っておいて埒があかないなら強行突破だな。直接会ってこよう。
で、ジョージはどこにいるんだ?」
言いつつ立ち上がったヴィクターは、
少し立ち上がるのが遅れたビル・ベイリーを見下ろす形で尋ねる。
「准将の官舎におられます」
「俺の官舎?俺でさえ使ってないのに何でジョージが入れるんだ?」
「鍵を預けていかれたのは准将でしょう?」
ビル・ベイリーが一本の鍵をヴィクターの目の前にかざす。
いつだったか、ヴィクターが官舎の支給を受けた時。
使わない上に、鍵は絶対なくす自信があると言ってジョージに預けたのだ。
ヴィクター自身すっかり忘れていたようだが。
「・・・そんなこともあった気がするな。俺の家は隠れ家じゃねえっての」
ぶつぶつと言いつつ、ヴィクターは鍵を受け取る。
自分の家の場所すらあまり記憶にない。
支給を受けて一応は見に行ったが、それ以降踏み入れたかどうかすら定かでない。
「とりあえず行ってくる。ビル、エキゾチカには後で俺の家に来るよう伝えてくれ」
「畏まりました。よろしくお願いします」
早足で去ってゆく背中に、ビル・ベイリーは敬礼をする。
ヴィクターは眉を顰めたまま、自分の家へと急ぐ。
普段から可愛がっているビル・ベイリーや、絶対の信頼を置いているメグですら
追い詰められているらしいジョージを掬いあげることができないでいるという。
一体何が親友をそこまで追い込んだのか、ヴィクターには見当がつかない。
「・・・!?」
ふと、ヴィクターは足を止めた。
ちらりと茂みの方を見やって、それからまた大股で歩き出す。
蟹が懸命に鋏を振りかざしている。
まだ就業時間中。
近くに軍員たちの姿はない。
短い影だけが、彼に遅れることなくついてきていた。
暗褐色の窓掛けが、重く外と家の中を隔てている。
もはや、昼か夜かわからない。
うつうつと、重い思考に引きずられるようにして夢と現を行き来する。
ジョージはぐったりと身体を柔らかな布団に預けていた。
枕もとには、ビル・ベイリーが運んできてくれた食事が手つかずのまま置いてある。
まともに食べていなかった。
途切れ途切れに浅い夢を見る。
耳の奥にざわりと波のさざめきが聞こえた。
「ああ、竜か。そういうことなのか・・・」
掠れた呟きを洩らし、ジョージは眼を閉じた。
波のさざめきの間に声が聞こえてくる。
記憶の彼方の懐かしい声。
それは、何年も前に亡くなった祖父のずっしりと重く響くあの声。
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